第5話 〇〇に感謝しろ!無料アプリが成り立つ理由
「教えてお兄ちゃん!」
「なんだい、妹よ」
「アプリの広告ってどうやって消せるの!? マインスイーパやってたら突然広告バナーが立ち上がって間違ってクリックしちゃったよ! おかげで爆弾踏んじゃって今までの努力が水の泡! あと10個だったのに! しかもNew Gameを押したらまた広告でもううんざり! 本当に邪魔! 広告なんか世の中から消えて欲しい!」
するとお兄ちゃんは胸の辺りを押さえて苦しそうに言った。
「うぐ……お前、僕がWeb広告の仕事もしてるってことを、忘れたのか……」
「あ、そうだった」
「全く、僕にとってはお前が地雷みたいなものだよ……」
「ご、ごめんね、お兄ちゃん。ほら、こないだ言ってた期間限定のハーゲンダッツ買ってきたから」
お兄ちゃんはぶつぶつ言いながらもアイスを受け取る。お兄ちゃんはこう見えて甘いものが大好きなのだ。
「で、アプリの広告を消す方法ってあるの?」
そう尋ねてみると、お兄ちゃんは珍しく浮かない顔をして言った。
「あることにはあるが……あまり期待はしない方がいいだろう」
「なんで? 良いからとりあえず教えてよ!」
「Apple StoreまたはGoogle Playでアドブロッカーと検索してみろ。広告ブロックアプリというやつがいくつか出てくるはずだ」
お兄ちゃんに言われた通り、検索窓にキーワードを入れて検索してみた。すると……
「えーっ! 有料のやつばっかりじゃん」
「そうだろ。それにあまり名前を聞いた事ないアプリばかりで、どれをダウンロードすればいいか一般人なら迷うはずだ」
「うん、そうだね。わざわざ調べるのも面倒臭いや。なんで無料アプリがあんまりないの?」
お兄ちゃんは深いため息を吐く。
「やれやれ……マネタイズという言葉を知ってるか?」
「真似タイツ?」
「なんだそのドラ○もんのひみつ道具みたいなやつは。違う、マネタイズだ。マネはmoneyのマネだよ。サービスを維持するためのお金のやりくり、という意味だ」
「うーん、いまいちピンとこないなぁ」
「ならもう少し噛み砕いてみるか。世の中のあらゆるサービスは人の手を通じて成立する。例えばお前が今日夕飯を食べられたのは母さんが作ってくれたからだし、お前の洋服ダンスに服が綺麗にしまわれているのはこの兄が洗濯物を畳んでやっているからだ」
「えっ!? もしかしてお兄ちゃん、わたしの下着まで畳んでるの!?」
「だがこれはあくまでボランティア精神によるものだ。自らの創作意欲を消化するためにWeb上に小説を無料公開する作家も似たようなもの。心がけは立派だが、これだけではお金は稼げず、生活は成り立たない」
「むしろお金取るよ!?」
「というわけで、世の中に溢れるアプリも必ず誰かが人の手で作っている。もちろん趣味でアプリを作る人もいるが、たくさんの人に使われるアプリに成長させたいと思ったらそれなりに時間・人手・サーバー(アプリを支えるシステム)にかかるコストが発生するようになる。そうなったら収入を得てコストをやりくりしなければいけない。それを”マネタイズする”という」
「なるほどー。でもそれって広告ブロックアプリに有料なやつが多いのとどう関係してるの?」
「フフ……これでようやく本題に入れるな。お前が変にボケるからここまで時間がかかってしまったじゃないか」
「お兄ちゃんこそ変なこと言うから!」
お兄ちゃんは私の言い分を無視して、メガネをかちゃりと掛け直す。
「いいかよく聞け。アプリの収入源の多くは--広告によって成り立っているのだ!!!」
「広告収入? 広告って儲かるの?」
「無料アプリでも広告収入によって月に数百万円稼ぐものもあるそうだぞ」
「す、数百万!? アプリっててっきり課金のやつしか儲からないんだと思ってた……」
「某パズルとドラゴンのゲームのイメージだな。だが実際のところ、課金をするユーザーは全ユーザーの約2%以下という調査データがあったりする。つまり、課金モデルだけに頼っていると、一人の課金ユーザーがゲームをやめてしまうだけで大幅に収入が減ってしまうリスクがあるのだ」
「ひぇーっ。ゲーム会社の存亡を賭けられるほど課金してる人たちって何者なんだろう……」
「それは知らない方が身のためかもしれないな。その点、一定数ユーザーがいるアプリにとって広告は安定した収入になるのだ」
「でも広告ってどうやって稼いでるの?」
「ふむ、では代表的な二種類のアプリ広告について説明しようか」
【インセンティブ型広告】
アプリ内に「おすすめアプリ」と言って別のアプリが紹介されていて、ダウンロードなど特定のアクションをするとポイントや課金アイテムが付与される。
アクションが行われた回数×成果報酬単価(数百円〜千円くらい)=アプリ運営者の収入となる。
【バナー型広告】
アプリ内のバナー枠に広告が表示される。どの広告が表示されるかはユーザーの興味に基づくことが多い。
バナーがクリックされた回数×クリック単価(数十円〜百円くらい)=アプリ運営者の収入となる。
※上記二つは正式名称ではありません。分かりやすく表現しています。
「この二つはお前の使っているアプリにも出ているはずだ。試しにそのファンタジーRPGアプリ『ブラック・クロス』を起動してみなさい」
「うん、起動したよ」
「このゲームは課金アイテム『神石』がキャラの成長やゲームの進行を早める。初回起動時は10個くらい無料で付与されるが、だんだん枯渇していくだろう」
「うん、もう残ってないよ。でもさすがに課金には手を出せないし」
「そんなジリ貧ユーザーの救いとなるのがこのインセンティブ型広告だ。ゲームメニューの中に『アプリインストールで神石ゲット!』とあるだろ」
「あ、わたしこれ使ったことある! 正直他のアプリ興味なかったけど、神石が欲しくてダウンロードしたんだよね」
「そう、お前のそのダウンロード行為がこのアプリの製作者の収入源となるのだ」
「なるほど! 他のアプリをダウンロードしたら、そのアプリを運営している人からお礼のお金がもらえるってことだね」
「ああ、正式には仲介料が取られたりするんだが、だいたいそう思ってもらえばいい」
「それにしてもずいぶんさりげなく自作を宣伝したよね」
「ん、なんのことだ」
「まぁいいや。それで、バナー型広告の方は?」
「これこそお前がマインスイーパで誤クリックした広告のことだな。この形式の広告はクリックされるたびに製作者に収入が入るから、タチの悪いアプリだとわざと間違えてクリックするタイミングでバナーを表示したりする場合もある」
「あーっ、それであんな変な広告の出し方してるんだね!」
「そういうことだ。だが広告が一切なくなったとしたらどうなると思う?」
「うーん、アプリを作ってる人の収入源がなくなっちゃうってことでしょ? そうなったらアプリの運営が続かなくなるよね」
「その通り。つまり便利な無料アプリが使えるのは広告のおかげと言っても過言ではないのだ!」
「そ、そうだったんだね……。あんまりバナーがうっとうしいアプリは使いたくないけど、わたしが広告踏むことで運営の人に収入が入ってアプリが使い続けられると思ったら、なんかそこまで嫌じゃなくなったかも」
「広告を踏んだからといってユーザーがコストを払わなければいけないわけでもないしな」
「あ、もしかして広告ブロックアプリに有料なのが多い理由って……」
「そう。無料アプリの鉄則は広告収入だが、それは広告ブロックアプリのテーマには反するだろ? だからマネタイズするために有料にせざるを得ないんだよ。無料のもたまにあるが、一部の企業の広告だけ表示してその企業から収入を受け取る仕組みになっている場合もあるらしい」
「しかも、もしみんなが広告ブロックアプリを使うようになったとしたら」
「多くのアプリはマネタイズができなくて提供をやめるだろうな。それに、アプリ広告から仲介料をもらっている会社にとっても美味しい話ではない。そうなる前に広告ブロックアプリはアプリストアから消されてしまうだろう」
「それで広告ブロックアプリはあまり有名なやつがないんだね。なんだか今日は一段と賢くなった気がする!」
「はっはっは、励みたまえよ」
「よし! このバナーも積極的にクリックしちゃえ!」
--ポチ。
「あああああああああああーーーーッ!」
「な、何お兄ちゃん、いきなり大きな声出さないでよ」
「それは僕が出している広告だ! 今クリックしたな!? しただろ!? 1クリックあたり100円だ! お前に踏まれるなんて無駄金じゃないか! いいか、今すぐこのフリマアプリで100円以上の買い物をするんだ! そうしないと割に合わない! クライアントに説明しなきゃならないんだぞ!」
「……ああ、やっぱり広告ってうざいなぁ」
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作者のプチ補足(5)
今回はアプリとお金にまつわる少しディープなお話になりました。
アプリに限らず、企業が提供しているサービスであれば世の中に本当に無料なものなど存在しないと思ったほうがいいでしょう。必ず何らかの仕組みでマネタイズしているはずです。Webの世界は無料サービスが多いからこそ、あらゆる知恵を振り絞った広告ビジネスがひしめいているのです。
例えばカクヨムは? 某小説投稿サイトには広告枠がありますが、カクヨムにはありませんね。ということは、別のところでマネタイズする仕組みがあるはずです。それは一体どこにあるのか? 新しいサイトなのでまだまだ全容は見えませんが、そこが某小説投稿サイトとは少し違うところなのかなと思っていたりします。
最後のはWeb広告マンあるあるです。広告をクリックされるたびにコストが発生するので、自社のメンバーが間違ってクリックした際には大バッシング。
Web広告マンたちは広告をクリックしたユーザーがそのサイトやアプリで買い物をしたり資料請求してくれるかを日々数値で追っていたりするのです。
*2016.6.26追記
……とかドヤ顏で語ってたらこんな記事を見つけてしまいましたよ。
・AdverTimes.『ディスプレイ広告で稼ぐ時代が終わる? スマホのユーザー体験が突きつける現実』
http://www.advertimes.com/20160620/article227147/
要約するとですね、ユーザーの広告嫌いが加速しているので、FecebookやGoogleなど本来広告を掲載してお金を稼ぐ企業も広告なしでやっていけるように新しい一手を打とうとしているというお話です。
広告業界の流れは若い女子のメイクの流行と似たような動きをしているようです。とにかく派手で目立てばいい時代から、できるだけナチュラルで主張しすぎない時代へ。
女子のメイクにはめっきり疎い私ですが、IT業界の日々変動の波には必死にしがみついていきたいです。
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