滑り落とされたのは白く輝くもの
ある暑い夏の昼。
近くのスーパーで2ℓの水が6本入っているの箱を買う。
会計を済ませ、冷房がよく効いていたスーパーから外に出た。生温い空気がペタッと肌にまとわりついてくる。アスファルトからは熱気がユラユラしているし、街路樹から聞こえる蝉の大合唱が僕の不快感を跳ね上げた。
—ああ、憂鬱だ。—
一昨日に自転車を壊してしまった僕はこの地獄の中を12kgの液体を抱えて家まで歩かねばならぬ。
数瞬の逡巡の後、躊躇っても仕方がないとスーパーの日陰の外に。その瞬間、太陽の光に焼かれるような錯覚を覚える。焼け死ぬ。早くも外に出たことを後悔した。
涼しいスーパーの中に戻りたいという欲求が僕に囁いてくる。それでもなお、苦しみから抜け出すために苦しみの中を突き進まん、と僕はさらなる一歩を踏み出した。
そんな記念すべき一歩を踏み出した僕を自転車が颯爽と追い越していく。
その自転車が巻き起こした風が一瞬だけ熱さを緩和した。
だが、僕はそよ風よりも、そのママチャリライダーに目を、心をひきつけられた。いや、正確に言おう。ライダーが背中にくくりつけた大量のネギに目を奪われたのだ。
しかも、彼女の背中では背負い紐に圧迫されたネギがその中身をスルンスルンと吐き出しているではないか!!
スルンと放出されたネギの内側の部分はポトポトとアスファルトに置き去りにされ、頼りなく湯気をあげる。
彼女の通った後に生まれるのは天の河のごとき、ネギの道。その白く輝く道は未だに延長中だ。その信じがたい光景に誰が言葉を発することができようか。
僕は彼女を呼び止めようとした。
「ネギ落としてますよ?」と。だがそれは実現しなかった。大量の水を抱えた僕が追いつくにはママチャリライダーはあまりにも速かったのだ。
かくして周囲の視線を集めたママチャリライダーは背中のネギの全てを失いながらも颯爽と走り去って行ったのだった。
——了——
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