夢の中のエトセトラ

結城 サンシ

アホロートルより詰めが甘かったです

「 いったいぜんたいどこまで僕にご執心なんだよ!」


走りながら叫んだところで状況が好転する訳でもなくただいたずらに空気を消費し、僕の息が上がるばかり。


酷使された関節と筋肉が悲鳴をあげる。

身体中から汗が滴り落ちる

さらに悪いことに今頃になって「かれ」と出会ったときにできた擦り傷やら切り傷やら打撲やらが熱をともなって痛み出してきた。


— そろそろ限界だ。—


それでもなお、僕の周りには民家はおろか人の気配すらなく、未だに助けを求められるような存在は見当たらない。


僕と「かれ」が夜の鬼ごっこを始めてからまだ15分程度しかたっていない。もちろん「かれ」が鬼で僕が鬼に追われる哀れな牛だ。お世辞にも運動が得意とは言えない僕の身体はこのたった15分間の極限状態で限界にまで追い込まれていた。


—どうしてこうなった?—

—いったいこいつは何なんだ?—

そんな答えのあてもない。その上、今の状況下ではまったく意味のない疑問ばかりが僕の脳内を駆け巡る。


「かれ」の足音はさっきよりも近い。歩く時に踏み砕かれるアスファルトの音が僕の体を定期的に揺らす。足音のする間隔と比べて「かれ」の速度がかなり速いこと。地面を踏む時の破壊音からして「かれ」はかなりの大きさのようだ。立方根とかどうなってんだよ。


足が鉛のように重い。くそったれ、もうすぐ追いつかれてしまう。「かれ」の荒い息遣いがすぐそばまで迫ってきている。どこまで逃げればいい。


そこでふと目の前に月明かりに照らされている橋が見えた。車が二台通れるか否かというような小さな橋だ。街灯は点いていない。おおかた「かれ」が送電線をうっかり切ってしまったのだろう。ああ、送電線を切ってもノーダメージということは電撃はほとんど効果無しか。くそっ。もともと少ない打つ手がさらに減ってしまった。いや、今はそんなことはどうでも良い。


僕の目の前にあるのは橋だ。橋は足止めの定番アイテムだ。おそらく「かれ」は車よりも重たい。僕が橋を渡りきった後に、「かれ」の重さで橋が落ちてくれれば少しは時間が稼げるだろう。さらに言えば「かれ」がそのまま溺れてくれたら万事解決である。


—ここで賭けるしかない—

そう思って僕は走る速度をあげた。


それとともに「かれ」も速度をあげた。


—HAHAHA!! まさか、youがmeに対抗心を燃やすなんて夢にも思ってもいなかったぜ!HAHAHA!!—

恐怖のあまり思考がおかしくなる。そうだよね。普通なら追いかけてるものが速くなったらは自分も早くなりますよね。ブワッと冷や汗が吹き出す。僕の顔もさぞかし引きつっているだろう。ああ、最悪だ。先ほどよりも足音の間隔は短くなってる。

—でもまだだ。まだ終わらんよ!—

橋まではあとたったの30メートル、まだ賭けは僕に有利だ。死力を尽くして橋まで走る。


橋の長さは40メートル足らずだった。

無我夢中だった。

今まで重かったはずの足が軽くなったように感じた。

視界がだんだん白く薄れていく。

今まで僕を焦らせていた「かれ」の足音もどこか遠くに流れていった。

永遠のようにも感じられた6秒間が過ぎ、僕は橋を渡りきった。

対岸についた瞬間、僕は膝から崩れ落ち喘ぐように空気を貪った。今まで脈打っていた視界が徐々に落ち着いて行く。


ん?んん?


—あれ?落ちてないよね橋?—

—あれれ、おっかしぃなぁあ?—


—どうやら日本の橋は僕が想像していたよりもずっと優秀だったようですな。

HAHAHA!!!—


僕が浅はかでした。


どうやらそのまま地面にへたり込んでいた僕に「かれ」が追いついたようだ。

「かれ」の生温い息遣いがすぐ後ろに感じられる。

恐怖に体を震わせながら僕は後ろを振り返る。

僕が最後に見たのは大口を開けた巨大なウーパールーパーだった。


ああ、両生類なら橋を落とせたとしてもほとんど足止めにはならなかったなあ。







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