第十章十三節 覚悟の問い直し(後編)

「おっと……。

 油断し過ぎていたようだな」


 エーデルヘルトは龍野に対し、さっと手をかざす。


『水よ、細くたなびけ』


 針の如き細さまで凝縮された高圧の水が、龍野の障壁を貫かんとはしる。


「まずいな……!」


 障壁が水を防御したのを見てから、龍野は慌てて攻撃を中断する。

 直後に飛び退り、障壁の突破を防いだ。


「ふむ……貴様は随分、成長したようだな。

 私の想像以上に」


 エーデルヘルトが静かに、龍野に向かって語り掛ける。


「だから私は、貴様に敬意を表するとしよう」


 そう言うとエーデルヘルトは、この戦いで、初めて一歩動いた。

 龍野は今までと違う様子のエーデルヘルトに対し、最大限の警戒をする。


「私の全力を以てな」


 そう呟いたかと思えば、


(!?

 速――)


 龍野が振り向く暇も有らばこそ。

 エーデルヘルトの拳は、龍野の障壁を貫通して鎧に一撃を加えていた。


「ぐぅっ!」


 鎧でも防げなかった衝撃が、龍野をしたたかに打ち据える。

 内臓を激しくシェイクされる感触に、龍野は何とか踏みとどまった。


「げほっ、げほっ……!

 くっ……何つー威力だ……!」

「以前の貴様の戦いで、学んだものだ。

 ふむ、やはり拳はいいものだな」


 態勢を立て直した龍野が振り向くと、エーデルヘルトは拳を構えていた。


「なら……!」


 先手必勝とばかりに、逆襲を仕掛ける龍野。

 大剣を消滅させ、素手での攻撃に転じた。今エーデルヘルトに対抗する為には、こちらが賢明と判断した末の行動である。


「ふむ、やはり須王の息子だけあって良い拳だな」


 対するエーデルヘルトは涼しい顔で、龍野の拳を受け流した。

 そして開いた顔面部に、返しの一撃カウンターを叩きこむ。


「ッ!」


 龍野は首を捻り、顔面へ迫る拳を避けた。

 同時に、右脚を振り上げて反撃する。


「フッ」


 だが、エーデルヘルトの障壁は健在だった。

 龍野の反撃も、あっさりと防がれてしまう。


「まだ……!」


 しかし龍野はそれを見越した上で攻撃していた。

 残した左脚で一気に後方へ跳躍すると、魔法陣を展開する。


「『来たれ、我が剣よ』!」


 跳躍の勢いを利用し、鞘から強引に引き抜くが如く大剣を手にする。

 そのままエーデルヘルト目掛けて光条ビームを放つと、改めて態勢を整えた。


(至近距離の格闘戦でもあの強さかよ……!

 だったらやっぱり、コレで行くしかねえな……!)


 距離を取った事により、エーデルヘルトからも反撃の光条ビームが飛んでくる。


(すげえ太さだ……。

 けど!)


 狙いを見切り、最小限の動作で回避する。


(いける……!

 このままなら……!)


 三撃目、四撃目、五撃目と、同様の攻撃が続くが、やはり龍野は全て避ける。


(よし、今だ……!)


 今なら距離を詰めきって、エーデルヘルトに打撃を与えられる。

 龍野が確信した、その時。


「ぐっ……!?」


 龍野の左腕を、光条ビームが掠めた。

 直撃こそしないものの、次々と掠め始める。


「ふむ、やはりな。

 自然な反応で何よりだ」

(!? 何だ、今のは……。いや、それよりも。

 何なんだ、陛下の今の言葉は……?)


 不利を悟った龍野は一度氷柱の後ろに隠れ、光条ビームをやり過ごす。

 エーデルヘルトに警戒しながらも、思考を巡らせ始めた。


(避けられるはずだったのに、貰っちまった……。いや、待てよ?)


 距離を詰めようともしないエーデルヘルトに対し、さらに疑念を増していく。


(まだ、近づいてこねえ……。

 今なら一息に決着付けられるハズなのに、どうしてだ?)


 と、ある仮設に行き着いた。


(そもそも、最初の攻撃……。

 ?)


 龍野の仮設はこうだ。

 エーデルヘルトは、最初に敢えて単調な攻撃を仕掛ける。

 そして単調なリズムに慣れきった頃に、リズムを外したタイミングで攻撃し、反応を遅れさせる、というものである。


(だったらそもそも、避けなければ済む話だ。

 だが、障壁は意味を為さねえ。さっきの攻撃で証明済みだ。

 なら、俺は何を――)


 龍野が迷い始めた、その時。


「思索の時間は終わりだ」


 エーデルヘルトの言葉に続き、氷柱が消滅する。


「おわっ!?」


 もたれかかっていた龍野はバランスを崩し、慌てて大剣を杖にした。


「結論は出たか?」

「いえ、まだです」


 平静を保っているが、龍野にとっての状況は限りなくピンチである。


「ならば、一言だけ贈るとしよう。

『考えるよりも先に動け』だ」

「!」


 エーデルヘルトの真意を察した龍野は、ある一手を思い付く。

 同時に、エーデルヘルトが攻撃を仕掛けた。


(動け……動け!)


 龍野はエーデルヘルトの言葉を反芻しながら、前へと駆け出す。

 だが、既に魔法陣を展開し終えたエーデルヘルトが、待ち構えていた。


(当たる……ッ!)


 覚悟を決めつつも、突進を続ける龍野。


 と、龍野の腕が無意識に動いた・・・・・・・・・・・・

 エーデルヘルトの放った光条ビームが、何かに弾かれる。


(!?

 これは……俺の、大剣!?)


 そう。

 龍野の召喚した大剣が、魔力を纏い、エーデルヘルトの光条ビームを弾いていたのであった。


「ふむ」


 得心するエーデルヘルトだが、光条ビームを放つのを止めない。

 しかし離れる様子も無いため、距離はどんどん縮まり――


「はぁっ!」


 龍野が、大剣を一閃する。

 刃に、魔力を纏わせて。


「むっ……!」


 膨大な魔力を纏った刃は、エーデルヘルトの障壁を切り裂いたのであった。

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