第23話「ありがとう」と言う言葉の持つパワー

【天空路家のキッチン】


「おはよう」


「おはよう。良く眠れた?」


「ええ、ありがとう」


「Rutile。抱っこなんかされて、すっかり慣れたね。外に居た時はあんなに人間を怖がってたのにな」


「昨日は一緒に寝てくれたの。ね、Rutileちゃん」


「ミュー(はーい)」


Lapisは相変わらず麻友さんのそばに寄らないけどね。


「トーストとコーヒー。後はスクランブルエッグかな?」


「私作るわ」


「ありがとう」


じゃあ、僕の紅茶を入れるか。


〈テーブルで食事をする遊と麻友〉


「昨日私がここに泊まった事、お店の子達には黙っておいた方が良いわね。特に春陽ちゃんには」


「特にって?」


「それを聞かないとわからない?」


「え?何で?」


「………」


【天空路家母屋】


「主人の会社の人がね、息子の嫁に是非って」


「春陽ちゃんも、23歳ですものね」


「あんまり早くやりたくないんだけど…知らない家だし…遊ちゃんが貰ってくれたら良いのに」


「遊もそろそろ結婚してほしいわね」


「春陽ね、小さい頃は良く「大人になったらお兄ちゃんのお嫁さんになる」って言ってたのよ」


「うちだって、春陽ちゃんが来てくれたら嬉しいわよ」


【天然石ショップLapis】


「オーナーぁ、健康に良いブレス作ってくださいっ」


「誰の?」


「由良のですぅ」


「お腹が弱かったよね。前にシトリンで作ったけど、他にお腹に良い石は「腹痛の石」と言われるイエロージェイド」


「小さい頃から体が弱くてぇ、つかれやすいんてすぅ」


「疲労回復なら、アベンチュリン」


「秋らしい色のブレス作ってくださいねぇ」


「そうだな…レッドジャスパーと合わせると良いね。じゃあ、工房行こうか」


「はいですぅ」


【工房】


「秋らしい色って言ったら、この辺りかな?」


「本当にぃ、同じ石でも色んな色が有りますねぇ」


どっちのデザインが良いかな?


「レッドジャスパー可愛いですぅ」


「ジャスパーが多い方にする?」


「はいですぅ!」


これだと、アベンチュリンは深い色が合うな。


8mmレッドジャスパー×8


8mmアベンチュリン×6


ロンデルは、波形のオーロラ。


マンテルは金古美。


チャームは、妖精の羽根が良いかな?


アンティークの薔薇ロンデル入れようか。


6mmボタン水晶×2


「こんな感じでどう?」


「わぁぁ、出来るのが楽しみですぅ」


それじゃあ作りますか。


2本に切ったワイヤーにビーズを通していく。


順番を間違えないようにしないと、時々並び方が逆になる時が有るからな…


大丈夫だな。


「由良ちゃん、ちょっとサイズ」


「はいですぅ」


「うん、良い感じだね」


ワイヤーでマンテルだと、サイズが大き過ぎると抜ける時が有るからね。


じゃあ、かしめを潰すぞ。


余ったワイヤーをビーズに通すんだけど…


これが、不器用な僕には中々大変な作業なんだ。


〈チラッと由良の顔を見る遊〉


手伝ってくれないんだよな。


いつもなら「そこ、私がやりますぅ」って言ってくれるのに、自分のアクセの時は誰も手伝ってくれない。


最後まで僕の手で作らないと嫌みたいなんだよね。


良し、出来たぞ。


ブレス『大地の精霊』


「可愛いですぅ。オーナー、ありがとうですぅ」


喜んでくれて良かった。


由良ちゃんの健康の為に頑張るんだよ。


【売り場】


やっとお客様がお帰りになって、ひと段落。


忙しい時間が過ぎたね。


今のうちに渡しておこうかな。


「お給料の明細書を渡します」


「今日お給料日だったですかぁ」


「忘れてたわ」


「フフフ、皆んなのんびりしてるわね。私もだけど」


「はい、麻友さん。今月もご苦労様でした。ありがとう」


「ありがとうございます」


「春陽ちゃん。細かい所まで行き届いた気配りありがとう」


「ありがとうございます」


「由良ちゃん」


「はいですぅ」


「熱心に石の事を勉強して来てくれてありがとう」


「お給料貰ってるのにぃ、当たり前ですぅ。どうしてオーナーはいつも「ありがとう」って言うんですかぁ?」


「人に何かをしてもらって当たり前という事は無いと思うんだ。それがどんな立場でもね。だから「働いてくれてありがとう」ってお給料を渡すんだよ」


「でも、お兄ちゃんが働く側の立場だったら「働いてるんだからお給料を貰うのは当たり前だ」って思わないのよね、私達もだけど」


「当たり前って言うのは、してもらう側ではなくて、してあげる側の言う事ね。お礼を言われたら「このぐらいの事は当たり前ですよ」って」


「なるほどぉ。それにしてもオーナーは「ありがとう」を言い過ぎですぅ」


「だって、自然に出ちゃうんだ」


「遊ちゃんのは口先だけじゃなくて、本当に思ってるから出るのよ「ありがとう」はとっても良い言葉よね、大切な言葉だわ」


「「ありがとう」と言う言葉のエネルギーって凄いんだよ。前にブログで読んだんだけど、小学校1年生の男の子が夏休みの自由研究で、炊いたご飯を2つの瓶に入れて1つには「ありがとう」って書いて毎日「ありがとう」って言う、もう1つは無視するとどうなるか実験をしたんだ」


「腐るでしょう、普通」


「腐りますよぉ」


「夏休みですものね」


「それで、どうなったの?」


「20日後、無視されたご飯は腐ってた」


「そりゃそうですよぉ」


「でも、ありがとうのご飯はまだ大丈夫」


「えーっ?」


「40日後、無視されたご飯は液状になっていたけど、ありがとうのご飯は腐らなかった」


「嘘ぉ」


「夏休みが終わって、2つの瓶が落ちて、腐った方は割れたんだけど、ありがとうの方は割れなかったんだ」


「何だかそれも不思議ね」


「それで、お母さんが代わって「ありがとう」を続けた」


「これを考えた1年生の男の子って、優しい子ねって思ったけど、お母さんがまた素敵な人なのね」


皆んなでウルウルしてるぞ。


「それで、それで?」


「ある日家を空ける事になって「明日は誰も声をかけてあげられないけど、必ず帰って来てまた声をかけるから、腐らないで待ってて」と言って出掛けたんだ」


「えーっ?無理ですよぉ」


「ところが腐らないで待っててくれたんだって」


「凄い!」


「そして12月、実験を始めて5ヶ月。ご飯は腐らないで発酵していた。お母さんは泣きそうになりながら「ありがとう」って言った」


「それでどうしたの?」


「土に還してあげたんだって「あなたのおかげで「ありがとう」の大切さ、無視がどれだけひどい事かわかったよ」って」


皆んなとうとう涙を拭き始めたぞ。


僕も最初にこのブログを読んた時は泣きそうになったよな。


大切な事に、気づかせてくれてありがとう。


「石も同じなのよ。わかるでしょう?」


「はいですぅ」


そうそう。


僕は家族や友人に石と仲良くする事が大事って説明する時、この「ご飯にありがとう」の話しを良く例に挙げるんだよね。


【天空路家】


トイレ、トイレ。


【トイレ】


「わ~」


〈綺麗に揃えられたスリッパに少し驚く遊〉


そうか、今日は滝本さんがお掃除に来てくれたんだった。


「綺麗にしてくれてありがとう」


毎回だけど、びっくりするよな。


僕はいつも脱ぎ散らかしてるからな。


お母さんが見たら怒られる感じだよね。


【明日美家】


〈仕事から帰って、着替えをする春陽の父〉


「春陽はどうしてる?」


「仕事から帰って、自分のお部屋に居ますよ」


「そうじゃなくてだな…」


「何です?」


「その、何だ…付き合ってる人は居るのか?」


「あの子は小さい頃から遊ちゃんが好きだから」


「春陽を嫁にやらなきゃならんかと思うと、今から泣けて来るよ」


「一人娘ですからね」


「いや、まだ決まったわけじゃないからな。決まったわけじゃ…フーッ…」


「ウフフ」


【Lapisの工房】


さて、今日はピアスを作るかな。


「ピンクオパールですね」


「うん。麻友さん、めがね留め手伝ってくれる?」


「はい。本当に可愛らしい石ですよね、とっても綺麗」


「マーブルのが無かったからね。こっちの方が品質は良いんだよな」


「でも、マーブルの方が面白い?」


「そう。石は品質や大きさじゃないからね」


「そうですね、1つ1つエネルギーが違いますし」


「僕の先生が「石は大きさじゃなくて個性なのよ」って」


「プルメリアのゴールドチャームも、可愛い」


「神の宿る神聖な花」


プルメリアのチャームは、女性を魅力的にするラッキーアイテムだね。


【天空路家】


「もうすぐお兄ちゃん帰って来るわよ」


「ニャー(春陽ちゃん遊ぼう)」


「あら、Rutile。自分で猫じゃらし持って来たの?お利口さんね」


【ドラッグストア】


これ食べるかな?


Rutileも前は何でも食べてたんだけど、最近好き嫌いするようになって来たもんな。


初めて買う時は一つずつしか買えないんだよな。


【天空路家の母屋】


「テンちゃん、これ食べるかな?」


「ニャー(早くちょうだい)」


「あら、遊ちゃん。おかえりなさい」


「あ、おばちゃん。いらっしゃい」


「遊ちゃん。結婚はどうするの?」


「え?いきなりだな」


「春陽…貰ってくれたら良いのに」


「………」


「パパの会社の人が「お嫁さんにください」って言うのよ」


「えっ?そ、そうなんだ」


「おばちゃんはね、春陽は遊ちゃんのお嫁さんになるもんだと思ってたのよね」


そうか…


春陽ちゃんにも、そんな話しが来るようになったんだな。


【遊の家】


「ただいま」


「ニャー(パパちゃん早く)」


「あれ?Rutileは?」


〈玄関に女物の靴〉


春陽ちゃん来てるな。


「Lapisは迎えに来てくれるのにね~」


【キッチン】


「おかえりなさい」


「ただいま」


「ご飯にする?先にお風呂?」


「あのなあ、その奥さんみたいなのやめないか?」


「え?どうして?」


「おばちゃん来てるぞ」


「知ってる」


「結婚…」


「え?」


「いや…お風呂入って来る」


「じゃあ、ご飯の用意しとくわね」


〈お風呂場に向かう遊の背中見つめる春陽〉


「ニャー(春陽ちゃん)」


「Lapis。お兄ちゃん怒ってたみたい。どうしてかな?」


【お風呂場】


何か…


キツい言い方になっちゃったな。


ちょっと、イラッとしたんだよな。


何でだろう?


普段イライラする事なんて無いのに。


結婚か…


【キッチン】


美味しそうな料理が並んでる。


こうやって僕の為に料理を作ってくれるのも、春陽ちゃんが誰かのお嫁さんになるまでなんだよな。


「どうしたの?早く座って」


「さっきは、ごめんね」


「……」


「春陽ちゃん」


「(ちょっと懲らしめてあげようかしら?小さい頃私が泣くと慌てて機嫌をとってたわよね)ぐすん」


「あ、え?」


な、泣かせちゃった。


ど、どうしよう?


あ、そうだ。


「たこ焼き焼こうか?」


「だって、お料理作ったのに、ぐすん」


「あ、それは食べるよ。食べます。僕が全部食べるから」


「ぐすん」


「明石焼き好きだったよな?焼こうっと。卵卵。卵7個割って」(汗汗)


「(もう、卵割るの下手ね。手を出したくなっちゃう)」


「熱ちっ」


「大丈夫?やけどしないで」


「大丈夫、大丈夫」


子供の頃はこれで機嫌を直してくれたよな。


後は出しを作って…


良し、出来たぞ。


「ま、まあ、見てみ目はアレだけど、美味しいと思うよ…たぶん」(汗)


〈食事を始める二人〉


ご機嫌は直ったかな?


「(本当に見た目はアレね。でも懐かしい味)」


何とか言ってくれないかな。


どうしたら良いかわからないよ。


「(意外と美味しいのよね。いけない、つい顔が緩んじゃった。懲らしめてるんだったわ)」


春陽ちゃんが結婚?


そしたら、店も辞めるのかな?


それはちょっと困るぞ。


Lapis達の面倒見に来てくれなくなるんだよな。


LapisもRutileも寂しがるだろうな。


僕は?


僕も………


何か、頭の中がぐるぐるして来た。


結婚か…


僕もそろそろちゃんと考えないとな。


誰と?


考え…


考えられない!


春陽ちゃんが誰かのお嫁さんになるなんて!


大事な妹を取られちゃう感じか?


ちょっと違うような…


何なんだよ、このモヤモヤは?


「(もうそろそろ許してあげようかしら?どうしよう?)Lapis」


「ニャー(私は、パパちゃん達のご飯は、食べちゃいけないの)」


「春陽ちゃん」


「なあに?お兄ちゃん」


「その…お兄ちゃん…やめようかなぁって」


「お兄ちゃんをやめる?」


「血の繋がった兄妹じゃないわけだし…結婚…出来るんだよな、僕達」


「え?………」


〈驚いて見開く春陽〉


今まで本当の妹のように思って来たけど…


でも…


春陽ちゃんを他の誰かに取られるなんて嫌だ。


だから…


「あー、えーっとー、Lapis達が一番好きなのは春陽ちゃんだし、だから僕達」


「ダメよ」


「どうして?」


「今のお兄ちゃんはダメ(「何がLapis達が一番好きなのは」よ。お兄ちゃんはどうなの?それに…まだ麻友さんの事忘れてないから、だから…)」


今の僕は?


じゃあ、どうすれば良いんだよ?


LapisとRutileを可愛がってくれる人じゃないと結婚出来ないし。


Lapisは特に焼きもち妬きだからな。


このままじゃ、僕は一生結婚出来ないかも。


だから春陽ちゃんが良い、ってわけじゃないんだけど…


猫が焼きもち妬くので結婚できません。


他の人は無理だよ。


「(私待ってるから…そうだ!アファメーションしよう。お兄ちゃんが私だけを見てくれるようになりました、ありがとうございました)」


ーLa fin ー

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