第208話 つまらねぇ願い

 残像だと、してやったりと、嗤っている男の顔がそのどこまでも大きな一つ目の眼球に映る。どこまでも遊びでしかないその姿に臓物が煮えくり返る。


 ――ドコマデモ……ドコマデモ……ッッ


 種族を滅ぼされたその怒りは底を知らない。


「ゥゥゥッゥ――ゲェエエエエエエエエエエエエエエエ」


 ――キサマトイウ、ソンザイハ……っっ、


 腹の底から唸るように湧き出る王の声に反応するように、体の口々から唾液をまき散らし舌が伸び出て曲がる。涼宮強という存在を許しがたいと同族の無念を背負い王は体を激しく痙攣させ怒りを叫ぶ。




「ゲェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッッ!!」


 ――ドコマァッデモォオオオオオオオオオオオオオオ!!


 

「いいぜ、来いよ」


 安い挑発だった。口元を上げ右手を軽く振り、おまえの怒りなどどうでもいいと態度で示す。こっちは遊びに本気だと。どこまでもお前という存在で遊びつくしてやると最凶が異界の王を弄ぶ。


涼宮強キミはどこまでも……残酷な存在だ……】


 だが、その安い挑発が異界の王にとって、


 どれほどの屈辱であるから計り知れない。



「ブルゥェエエエエエエエエエエエエッッッッ!!」



 王の肉体が弾ける。自爆とは違う異変が起きる。底知れぬ怒りが湧き出て肉体を変化させる。いくつも伸びていた舌が触手となり、荒々しく宙をかき回し大地を叩きつける。威嚇などではない。


【全ての罪を背負わされるべく生まれてきた命……】


 その眼に映るふざけた漢の表情を、態度を、命を、魂を、


【だが、涼宮強キミは】


 微塵たりとも残してやるものかと殺意が暴れ狂う。


【まだ自分の役割を何も知らない……】


「残像だ――残像だ――残像――残像だ――これも残像だ」


「ゲェエエエエエエエエエエエ――――!!」



 異界の王の魔手マシュが乱打され大地が弾け飛び続ける。涼宮強を捉えるべく振るわれるが捉えることが出来ない。叩いても叩いても残像だと耳障りな言葉が聞こえる。


【ウヒョ~~、スゲェな……】


 それには溜まらず、スサノオも


異常者バグのやつ、どんなスピードしてんだぁ?】


 感嘆の声が漏れる。荒れ狂う鞭の中を残像を残しつつ移動するスピード。それになにより涼し気に相手を挑発する。お前じゃオレは捉えることは出来ないと。その表情のひとつひとつすら、涼宮強の技量に他ならない。


 ――あとは……


 しかし、


 ――どれぐらい持つかだ……っっ。


 相手を引き付けることに成功しているが怒り狂った触手を捌くのは強とて楽ではなかった。残像を残すために僅かにスピードを落として相手の視界に焼き付ける動き。そこから瞬時に高速移動へ切り替える。


 それを繰り返し、繰り返し、繰り返し続ける――。


 次第に残像だと軽口が叩けなくなる。仕方なく視線で相手を嘲笑う。


 残念だったなと。そこまで挑発を繰り返さなければいけない理由がある。


 ――おっさん……早めにしてくれよッッ!!


 五分間持たせるということがどれほどのことか。神々は理解している。


 その間、九条豪鬼は戦闘に参加できないということだけ

 

 では、ない――。


【スサノオさん……彼は一体なにを……】


 タケミツカヅチが不思議そうにスサノオに尋ねる。その理由は担当をした神がスサノオだからだ。そして、九条豪鬼という漢の行動に問題がある。


【あぁ……アイツは見ててもつまらねぇからな。論外だ】

【どんな能力を上げたんですか……彼に……?】

【つまんねぇ願いだったな、アイツのは特に】


 スサノオが九条豪鬼との出会いを思い出しながらも鼻で嗤った。タケミカヅチは不思議そうに豪鬼を見つめる。どうにも何の能力なのか判別が出来ない。


【タケミカヅチ、見るだけ無駄だぞ】


 ――なんなんだ……彼の能力は……


 不思議でしょうがなかった。戦闘中のフィールドに残っているが、


 ――まったく微動だにしていない?


 目をつぶってただ天を見上げているだけだ。能力が何かは見ていれば分かりやすいものが多い。力を溜める際に属性がはっきりしていれば目に見えて形が見える。だが、九条豪鬼にはソレがまったくない。


 戦闘には全く参加せずに、


 ただ、じっと天に顔を向けて瞳を閉じていた。


≪続く≫

 

 

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