第197話 絶望を生み出す側の者

 各々の反応は顕著だった。神々は瞳を輝かせ、人間たちは黙り込む、魔物たちはその恐怖に染まっていく。一匹の獣によって魔物たちの意思は統一される。王を護ろうと次々と兵隊たちが飛びかかるが、


 ――オウヲマモレ!


「――邪魔だ」


 止められる訳もなく、獣はただ一匹の王を狩りに行く。


 種族へと最凶が降りかかる。その進行を止めようと命懸けだった。それでも浸食は止まらない。まるで自分たちの嫌がることが分かっているかのように王だけを目指して進んでいく。


 ――ナントシモ、オウダケハ!!


 異常者バグによる侵攻が止まらない。


 京都の戦場とは明らかに違う空気が漂う。


「ゲェェ……ゲェエエエエエエエエエエエ!!」


 来るなと獣に向かって叫ぶ、王の声。叫ぶように飛びかかる魔物たちの声。


「――どけ」


 静かなる獣の声と共に肉片が飛び散る。霧散して黒き灰が中空を舞う。殺意がひしめき合えどもただ一人、涼宮強の殺意だけが戦場を覆いつくす。その少年一人が全てをおかしくしている。


【ねぇさま、ヴェルダンディねぇさま!】


 ワルキューレの三女が興奮し、姉に抱き付く。


【ウルドねぇさん、あの子は勇者?】


 姉妹が長女に問う問題。ワルキューレとは死した戦士を選ぶもの。ヘブライ語でヴァルキュリアと呼ばれ意味は《戦死者を選ぶ女》を持つ。死ぬ運命にある勇者を選びオーディンの館ヴァルハラへと運ぶ選定の御使い。


 その次女が姉に問う、勇者と遊者は違うのかと。


涼宮強アレは、絶望に抗う者じゃない】


 ワルキューレの三姉妹は時を司る。一番下の妹スクルドが未来、次女のヴェルダンディは現在を、そして長女のウルドは過去を司る。時を司る三姉妹が涼宮強という男を選定する。


涼宮強アレは――】


 現在ヴェルダンディ過去ウルドに問い、



 過去ウルドは、



 現在ヴェルダンディ未来スクルドへと答えを告げる。





【――――




 強大な力が生む絶望。力とは恐ろしくもその影響を及ぼす。国立研究所の職員の思考を停止させ、ブラックユーモラスたち戦闘集団の動きを止めさせてしまっている。


 そして、魔物たちへの絶望を見せつける。


 毒のように浸透していく絶望が恐怖を連れてくる。あまりに強大な力は悲劇を生む。幾度となく行き過ぎた力は恐ろしいものだと教訓を学んだとしても、殺意に染まった今となっては涼宮強にはどうでもよかった。


「逃げてんじゃねぇよ……」


 と大差はなかった。殺すと決めたからには殺す。


 鬼へと向けていた殺意に等しい。だからヘルメスはあの時と同じだと語った。


「殺してやるから――」


 山一つ吹き飛ばすほどの攻撃で体が痛かった、死んだと思うほどの恐怖を味わった、その状態で敵を前にした。自然と怒りが煮えたぎってくる。


 玉藻が痛めつけられた時は万死にすると決めた。


 ならば、自分が殺されかけた時はどうする。


「コッチ来い……よォッ!!」


 相手を殺すしかないのだと、正当防衛の権利が働く。


「ゲェっ……ゲェっ……ゲェゲェっ」

 

 ――コワイ……コワイ……コワイ、コワイ。


 獣の眼光で異界の王に刻まれる恐怖。圧倒的な力が生む絶望にその身が染まっていく。どれだけの兵が殺されていようとも逃げ延びなくてはと本能が呼びかける。四つ手が激しく地面を叩きつけ移動を開始する。


「ゲェイ……ゲェイ! ゲェイゲェエエエエイ!!」


 ――ヤバイ……ヤバイ、ヤバイヤバイ!!


 生物としての本能が即行動に繋がる。その光景に人間の誰もが驚きで瞳を見開く。


 ――異界の王いかいのおうが……逃げだした……。

 

 こんな光景を目にすること自体がずない。大規模レイド戦に発展するのが常識である。京都でも火神が勝利を決めたとしてもそうであったように。一匹で戦場を変えてしまうことなど出来るレベルのところでないはずなのにと。


【その逃げるという選択は、かつて――】


 ラスボスが逃げ出すなどという、光景を目にすること普通はない。 

 

【最悪の選択だったと証明されている】


 強の姿を見ながらヘルメスが嗤い語る。逃げる王の背後で獣が大地に手をついて腰を上げる。四つん這いで大地を掴むように脚に力を入れ、クラウチングスタートの体勢を整える。


「――――噴進砲ロケットォッッ」


 逃がすことなどない――殺すと決めているなら殺す。


 最恐で最凶たる所以のひとつ、


 逃げるコマンド選択は通じない。

  




「――追尾背後強襲ホーミングバックアタックッ!!」



 

 足跡と共に大地が弾け飛ぶ。大地を蹴り飛ばし獣が逃げる背中を追いかける。自分で走って追いかけ追尾するだけの攻撃だが、必死で逃げる王の背中へと加速して激しく迫っていく。


 空気の層がいくつも破れソニックブームを巻き起こす。


 ――ダメだ……何もできない……。

 

 誰もキョウを止めることなど出来なかった。


 ――思考が動かない……体が動かない……視線が


 あまりに強すぎる力は人間たちにも恐怖を与える。あまりに強すぎるが故に近づくことが出来ない。あまりに強すぎる個体が混乱を生む。誰もが視界で捉えてるものを頭で理解できなかった。


 だからこそ、少しでも理解しようと


 ――離せない……。


 視線を逸らすことが出来なかった。

  

 あまりに突出している同種を前にしての顕著な反応がこみ上げる。大半の者が同じ反応を示した。スポーツ観戦中に時折起こる事象。あまりに卓越し超越した個の存在が生み出す、目の前にある存在への理解停止による表情変化。


「えっっ……へへ?」


 疑問と同時に薄ら笑いがこみ上げてくる。


 同じ種族モノと理解するには無理がある。何が起きて、何をしていればそうなってしまうのか、何を求めてその境地に至るのか。誰もが理解など出来るわけもない。


【あの夏と一緒の似ている流れだ……逃亡する敵を】


「――――上昇脚流アップバーストォオオオオ!!」


【上空に蹴り上げる】


「いったい、この揺れは何だ!? 何が起きてやがるッッ!?」


 戦場が見えない自衛隊の駐屯地キャンプを襲う強烈な震度。超重量である異界の王を空へと蹴り上げる軸足にかかる負荷が大地を揺らすほどに襲う重量を生みだす。


 異界の王の体が上空へと舞い上がると


「ダァアアアアアアアアアアア!!」


 涼宮強も同時に跳ね上がっていく。


 ――なんだ……アイツは……っっ。


 田島ミチルの想像をはるかに超えていく、高校生。


『ミチルちゃん……やっと見つけたよ!』


 涼宮強を見ていると頭に流れる櫻井京子キョウコの声。空に浮かび上がる異界の王と少年と過去の映像が田島の脳内で入り乱れる。何かを思い出せと。


『この子が――』


 櫻井京子と一緒に何かを探していたはずだと。


 櫻井京子と一緒に何か解決しなければいけない問題が残っていたはずだと。

 

『■■■だよ』


「……っっっ」


「田島所長!?」


 黒く塗りつぶされている記憶に田島へ強烈な頭痛が走る。記憶の混濁による憔悴に倒れ込む田島の体を慌てて阿部が抱えた。ひどく痛む頭痛に苛まれながらも田島は画面に目を凝らす。


 ――なんなんだ……っ。


 答えは分からない。それでも何かことは分かる。


 この頭痛と繋がる問題は、視線の先にあるひとつの点に集約する。


 ――涼宮強オマエは……っ。

  

《続く》

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