第196話 異界の王 VS ユウシャ
その場の全ての空気を制するが如く、一人の少年が異界の王へと攻撃を繰り出す。眼に見えずともその拳が振るわれた速度で威力は分かる。不可視であり音速の一撃。
【誰もが君を見ると止まってしまう】
ヘルメス以外の神々が口を閉じていた。黒服たちは言葉を失った。研究所の職員たちは口を開けながらも息を吸うことを忘れた。変貌につぐ変貌、限界が見えない力の行使。その存在感に誰もが釘付けになった。
【予想をあまりに超える姿に言葉すら出てこない】
「嘘だ……嘘だ、嘘だァッ!!」
不死川の発狂だけが響く。ひねくれた田島ミチルですら言葉を失っているのに、ただ一人認めないと声を上げた。だが誰もが彼の言葉に聞く耳を持たなかった。そんなものより、目の前にある現実を見つめていた。
「あり得るわけがないっ……あり得るわけが……認めない、私は認めない」
ただ一人だけが現実を受け入れようとしなかった。
【いいところなんだ……黙れ、
拒絶に近い反応を見せる姿にヘルメスが辟易とする。
「すぐに
解き明かしてやると声を弱弱しく上げる。だが、誰も反応を返してこない。不死川の声が弱いからということもあるが、何より画面に映る少年に全ての意識が持っていかれる。
「オイ! 聞こえないのかぁッ!?」
職員に強く呼びかけるが誰もが不死川に見向きもしなかった。見てはいなくても聞いてる内容で不死川のやりたいことの意味も理解している。研究所の職員全員が知っている、その問題が大きすぎる。
――
涼宮強は神々から愛されていてもその寵愛は受けていない。神々との邂逅もなく、その系譜を貰ってすらいない無能力であり、異世界未経験者。それが意味することが不死川は受け入れられないと叫んでいる。
「誰でもいいッ!! アイツの細胞を!!」
あらゆる生物の研究をしてきた。だからこそ、魔物の研究を国立で任せられるほどの位置に来た。その不死川にとって、全てを覆してしまう事象。そんなものは拒絶する他ない。
「っ……認められるか……あんなものがッ」
誰も自分の声に反応しない、誰もがあの少年だけを見つめている。
そんな特別を認めることなど、不死川には出来なかった。
現代において、2000年かけてもまだその生物の全容は解き明かされていない。
「認められるかッ、馬鹿げているッッ!! アレが……」
だとしても、認められるわけがない。
異界の王と互角に戦うのが一人の少年であり、
「――――人間だなんて……っっ」
単なる同じ生物であるという事実。おまけに特別な人間でありながらも、特別な点を持たない。栃木の戦場に立っていることすら烏滸がましい存在が、勝敗の行方を握る一番の存在感を持つ。
人間としての容姿は違えども、同じ構造を持つ生物。
そんなものが空中を走り、音速の拳で見えない圧縮した空気を放つ。
おまけに異世界を救って帰ってきた英雄たちを戦場で置き去りにする。
人間の常識を遥かに超え、予想や想像すらも超えていく。
【
未知を前に思考停止する人間たちを置き去りにただ一人戦う。唯一特別と呼べるモノがあるとしたなら”始まりの英雄”の血を引いていることぐらいだ。だが、同じ血を引く者のもう一人の妹の力は兄には到底及ばない。
さらに、人間という種で特別であるというなら、
涼宮強というよりもどちらかといえば涼宮美咲の方だ。
「ゲェエエエエエエエエエエ――ッッ!!」
異界の王の叫び声が栃木で上がる。人間から見れば蚊ほどの大きさに見える者の攻撃が体を痛めつけてくる。他の人間たちとなんら変わりなど見受けられない獣が襲ってくるのに恐怖を感じる。
――オソロシイ……オソロシイ……オソロシイ
殺意が攻撃から嫌というほど伝わってくる。殺すという意思が重く体に食い込んでくる。鋭い獣の眼光と視線が交差するたびに巨大に膨れ上がる恐怖。抑えきれぬ猛攻。
――ナンナノ……ナンデ……コンナ
あまりに強すぎる異常個体、異界で出会いし異常者。
「――――
右の拳を振るうとほぼ同時に左の拳が動く。
「ゲェエエ゛ッッ゛―――!」
獣が激しく遠くで拳を振るうだけで体に激痛が襲う。見えない二つの牙が体に喰い込んだような錯覚。引き裂かれるような鈍く重い痛みが襲う。
――イタイ……イタイ……イタイ、イタイ。
無数の口が痛みを漏らす。苦しそうに身悶える異界の王を前にユウシャが歩いて近づいていく。黒服たちはただその光景を見ている。誰もが自分たちが知るユウシャとの違いを思い知らされる。
遠くからですら威力ある一撃を無限に放ち続けられるのに、
拳の骨をパキパキと鳴らして、
「目障りなんだよ……
ユウシャが
「そんな丸くて殴りやすそうなコロコロしてる
――どうなってんだよ……これ……
「どうぞ殴ってくださいと俺の視界に入ってきてるようなもんだ」
他の者の視線など気にしない。元より涼宮強は殴り殺すつもりだった。もはや手に負えないほどに怒りが溢れている。ダメージを受けた、いきなりビーム砲をゼロ距離で直撃してきた。
「それにさっきから……ウルセェんだよ……っ」
「ゲェエエエエエエエエエエ!!」
「邪魔だ雑魚ガァ――!」
鳴き声と共に肉片が散る。
「すっこんでろォッッ!!」
王の身を護ろうと小さきマウスヘッダーが飛びかかったが瞬殺だった。視線など変えずに出した拳で木端微塵。ずっと獣の眼光は異界の王へと睨みを利かす。
「テメェの声、耳障りだ……」
そして、その怒りの歩みは止まらなかった。王へと近づく涼宮強に小粒のマウスヘッダーが飛びかかるが一撃で消えていく。蹴りで体を引き裂かれ、指二本で肉体は真っ二つになり、拳ひとつで弾け飛ぶ。
死と恐怖をこれでもかと纏い、ユウシャが歩く。
汚い罵倒と共に怒れるユウシャが
――なんだよ……これ……っっ。
誰もが思い描くユウシャのイメージとは程遠い。まさか異界の王に対してここまで強気にでるのかと。もはや、強気とかそんなレベルの話でもない。威嚇して、威圧して、恐怖で相手をねじ伏せるかの如く、怒りの殺意が駄々洩れている。
異界の王の鳴きまねをしならがも、
「ゲェエ、ゲェエ、ゲェエ……ゲェエって、」
怒りで声が震えている。その姿に僅かだが異界の王が後ろに身を引く。
「ウルセェぞ、こらぁ――」
一つの世界の王に対して、ガン切れしている涼宮強が問う。
「ゲェェェ……っっ」
いくつもの口で小さき声が答えを弱弱しく返して来た。ソレを聞いて涼宮強が何かを分かったようにコクコクと頷き理解を示す。これで勝敗が決したようにも見えた。
見ていた傍観者たちは、
――終わった……?
おそらく異界の王が降伏を宣言したのだと雰囲気で捉える。
「そうか、そうか……」
涼宮強の怒りも収まって理解を示したようにも見える。
「そういうことだよ、うん。なぁーに……」
その分かったと笑顔で頷く顔の下で、
「言ッテッカ、分かンネェエエエエエエエエエッッ!!」
拳が強く握られていたこと以外は。
「ゲェエエエエエエエエエエエッツ!!」
――えっ!? えぇぇエエエエエエエエエッ!?
怒号と突如として怒りが再燃し爆発したような
――サイコーだよ……なんだ、アイツ。サイコー、超イケてる!!
「タケミカヅチ、オイ! 見ろって! 栃木がやべえことに……なって?」
スサノオがタケミカヅチに呼びかけたが京都で三嶋が暴れており無視される。
「チッ……」
――いまの見てねぇーのかよ……話せねぇんじゃん……つまねぇーなぁ。
汚い座り方で頬杖をついて、スサノオはしょうがねぇと涼宮強へと視線を戻す。おもしれぇなと涼宮強を見つめるのは変人の神。正常な者であれば、スサノオと同じ反応にはならない。
同じ血を引く、
「うわぁ……あの子、やりすぎ……」
姉はビックリしている。実際、判断は難しいが感性で言えば、異界の王は敗北を認めるような仕草に見えた。そこに間髪入れずに疑いもせず拳で答えを返した。
――ナニしてるの……
何をしたいのかすら理解など出来ない。
【いいじゃないか、ソレが人間だ】
涼宮強の姿にヘルメスはこれこそが人間だと語る。
涼宮強は王の声を聴いて答えを出す。
「やっぱり、テメェは……」
両手の拳を握って認識を再確認する。言葉が通じない異界の侵略者。
「殺す以外の道は無さそうだ……な」
コイツは抹殺対象だと。
全ての人間が度肝を抜かれている。存在自体が意味不明であり、
やっている行動も理解不能な未知の少年。
ソレは異界の王とて同じだった。
――コイツハ……
異界の王とて勇者というモノを知っている。
だが、想像の斜め上を行くユウシャは知らない。
――
初めて出会う遊者に恐怖と混乱を覚える。
これが
《続く》
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