第190話 リーダー

 勝敗はすでに誰の眼にも一目瞭然だった。空に浮かび上がる白き炎と異界の王の姿を追う。どこまでも高く高く舞い上がる。誰もが静寂を貫く、言葉ではなくその眼で見届ける。


 白き炎の行方を――。


 ただ一人、火神恭弥だけが背を向けて静かに戦闘服を整える。


 天空に白き光が伸びていく、ただじっと見ていた神々でさえも。


 長き京都での戦いが終わりを告げる、その終焉を見届けようと。


 反逆の火はただただ強く光り、横に伸びていった。音もなく静かに空を包むように白き空が広がった。そして、異界の王の終わりを描き出すように衝撃と閃光と共にぜる。 


 広がる衝撃で黒服たちの髪が風に揺れる。三嶋は釘付けになっていた。


 終わりの瞬間というモノが呆気なくも訪れようとも、その白き光に心が焼かれる。


 火神恭弥という漢の勝利の祝砲が打ちあがる光景に。

 

 第六、第八研究所の画面越しで見ていた職員も自然と席を立ち上がる。それに示し合わすかの如く神々もまた席を立ちあがりスクリーンを見る。勝利の確定を疑うことなどなかった、それでもただ静かに見届けた。


 白き爆炎が空を駆け巡り終え、うっすらと消えていく。


 異界の王の姿などどこにもなく、存在すらも消し飛んだ。

 

 ただ誰も声を上げられなかった。ただただ静かに見届ける。


 結果が分かったとしても受け入れるまでに時間を要した。脳が反応することを拒絶したかの如く、処理が上手く行かなかった。見たもの全てが規格外の戦闘だったが故に、味わった戦場が決死だったが故に言葉や反応が遅れる。


 間をおいて三嶋がやっと言葉を絞りだしたが、


「かった……」


 現実を疑うような細い声だった。それに田岡は笑みを零す。国立研究所の職員の手がわなわなと震える。時代の変化と共に兵器の意味が変わった。この世で一番強い兵器は何かと問われれば、人間となった時代。


 その時代に起こる異世界と自分たちの住む世界の戦争。


 それを見届けた者達の反応は顕著だった。


 誰よりも早く、興奮した叫び声を、





「かった……勝ったぁああアアアアアアアアアアアアア!!」





 はしゃぎながら三嶋隆弘が上げる。


 ――うるせぇな……三嶋は。


「暴れるな……」


 抱えている中でじたばたと暴れる三嶋を田岡は手離す。文字通り戦いが終わったのなら護る必要もないと。勢いよく頭を地面に打ち付けてイテテと痛がりながらも、三嶋は興奮冷めやらず笑いながら叫び続けていた。


 ソレに続けと、遅れてきた勝利の余韻に、唇を震わせ、


 神々も研究所職員も、他の黒服たちも、


 一斉に勝利の声を張り裂けんばかりに上げた。


 戦いを称えるように、戦いの終わりを祝すように、


 誰もが興奮の声を上げる。


 ただ一人、戦況を淡々と見渡し佇む火神恭弥へと。


 勝敗を決した漢へと降り注ぐ歓喜の声は届かない。


【見事だ……見事であったぞ、火神恭弥】


 それでも四つの手がその漢を認めるように叩かれる。ソレを横で見ていた妻であるパールヴァティーは頷き微笑む、その奇跡の炎を見たが故に。その結末を見届けたが故に誰もがそれぞれの喜びを爆発させる。


 手を叩き祝福する者、飛び跳ね感情を爆発させる者、


 興奮に疲れ倒れて天を仰ぐ者、奇声を上げ続ける者、涙を流す者。


 誰もが勝利を喜ぶ中でただ一人だけが未来サキを見ていた。



「オイ、アサクラ」


 仲間である弓兵へと火神恭弥から呼びかける通信が入る。他の黒服たちも歓喜の声を上げるのをやめてその声に耳を澄ます。戦いの終わりを楽しむような声では無く、勝利に水を差すように何か尖っている口調に違和感がぬぐえない。


「最期へばってやがったな……てめぇ」


 ――げっ……


 弓兵の口角が図星を疲れ痙攣する。そして、他の黒服たちはため息をついた。


 これは始まりだと。


「松本が前線で戦ってるときにフォローが出来てなかったよな?」


 ――見抜かれて……る!?


 勝利の余韻に浸る間もかき消すように怒りが滲んでいる恐怖の声。終わってから戦況を見渡していたのは確認をしていたからだ。ずっと見られていることを忘れるなと釘をさす為。


「帰ったらテメェはトレーニングでしこたまシゴイテやる。戦場で前線が必死になってんのに後衛が疲弊して動けなくなるなんてあっちゃいけねぇーよな?」

「は……い、あっちゃいけませ……ん」


 ――お説教……はじまりまーした!!


「オカモト……」

「はい!!」

「最初に壁を作り行くのに時間がかかり過ぎだ。三嶋のフォローがなきゃ危なかったぞ? 少しは早く走れるようになれッ!!」

「ハァイ!!」

 

 ――最初の方でも覚えてる……さすが。 


「サイトウ……」

「なんでございますか!」

「お前は気合いだけでどうにかしようとし過ぎだ……岡本のように頭をもっと使え!! 鎖の使い方のバリエーションを増やしとけ!!」

「ハァイ!!」


 ――うわー……宿題でた……。


 黒服たちの緊張が一気に増す。ちゃんとやはり見られていた。ただ誰もが口答えを出来るわけもなかった。戦場の主役が誰であったのかは明明白白である。


「三嶋……」

「はい、はい!!」


 ――俺には、なにを!


 三嶋のやる気に満ちた待ってましたという声が


 若干火神をイラつかせたのはいうまでもない。

 

「死にてぇのか、てめぇは?」

「死にたくないです!!」

「そうか……そうか、あん。おう、分かった」


 ――三嶋、おまえ!? 頭イカレたか!!


 アホなほどにやる気に満ちた返答に周りの黒服たちに戦慄が走る。戦闘の興奮が継続しているのか、やる気だけが前面に出ている。そして、火神の僅かな沈黙が怖い。


「チョロチョロしやがって……燃やされてぇーのかと思ってよ」

「すみません!!」


 ――コイツ!? たまにこういう空気読まないところある!!


「じゃあ、俺から言えることはだな……」


 ――帰ったら殺されるぞ、アイツ!!


 明らかに三嶋のテンションと火神のテンションがかみ合っていない。トレーニングルームでもいきなり斬りかかっていった前科もある。誰もがこれ以上機嫌を悪くしないでくれと願う。まだ説教が頂けてない輩はなおのことだ。


「戦況をみろ、熱くなって前に出るな。周りの配置をしっかり認識しろ」

「ハァイ!!」

「基礎能力がまだ足りてねぇ、敵の攻撃への反応が遅ぇえ」

「ハァイ!!」

「アホみたいに走るだけで脳がねぇ、奇声がうるせぇ」

「ハァイ!!」

「能力がまだ引き出し足りねぇ、死ぬ気死ぬ気って死んだら元も子もねぇ」

「ハァイ!!」


 ――うわー……三嶋は超ぼろくそ……。


「あとはな……」


 ――まだ……やるんすか? さすがにかわいそうだ……。


「ハァイ!!」


 ――なんで、お前? そんなにやる気なの、三嶋?


「要所要所では光るもんがある」

「は……?」


 ――えっ……?


 火神の言葉に誰もが驚いた。普段からは想像もできなかった。やる気の三嶋でさえ驚いた。何を言われたのか誰もが戸惑いを見せる中で淡々と火神はこなす。


「お前の動きにつられてチームが勢いづいた瞬間はあった。実力はまだ足りてねぇが伸びしろはありそうだ。もっと本気で着いてこい、オレが強くしてやる!」

「つよ……く……」

「強くなりてぇんだろ、おまえ?」

「ハァイ!!」


 ――褒めて!?


「トミオカ!」

「は……いっ?!」


 いきなり話を振られて魔法使いはビックリした。三嶋を褒めた衝撃もデカいが故にさらに驚きはデカかった。何を言われるかも予想はつかない。


「タイミングは掴んできてる、あとは威力だ。もっと強い魔法を寄越せ!」

「はい!」

 

 ――マジか!!


 三嶋と魔法使いの口元がひくひくと揺れる。火神に褒められたという事実が嬉しくてしょうがなかった。怒られるばかりの日々だけではないのかと、この戦闘を乗り切ったが故に感情が激しく動く。


「マツモト……」

「はい!」

「今日のお前は良かった。バランスも取れてた、一番戦況を理解出来てた」


 ――くそ……っ。


「オマエは元から実力もある。もう、テメェをクソだと俺は思わねぇ」


 ――この年で、泣きそうだ……っっ。


 認められたが故に松本の瞳に涙が浮かぶ。一度受けた罵倒が松本の心に響いたことがなお火神の言葉の重さをあげる。ちゃんと見られていたことは分かっていた。


「だから、失望させんじゃねぇぞ。マツモトォ!」


 だからこそ、与えられる評価が嬉しい。

 

「は、いっっ!!」


 松本の涙交じりの返答に黒服の誰もが笑いを堪える。まさかの及第点突破があり得るのかと。そりゃ嬉しいですよねと、誰もが微笑んだ。いつも冷静な松本らしくない動きは誰もが気づいていた。


 毎度のお説教だがどこか最初とは空気が違った。


 誰もが火神を受け入れ始めていたからこそ、その言葉に耳を傾けたからだ。


 間違っていることを言っているわけではないと分かっているから、受け入れる。


「あとは……田岡」

「はい!」

「オレはお前に失望した」

「えっ……?」


 若干、誰もが二人のやり取りに笑ってはいけないと空気を読んで堪えた。


 松本のあの流れからそうくるんですかと。


「オレはもしもの時はお前に伝えてたはずだ」


 ――もしもの……時??


『田岡……もしもの時は、お前にをまかせる』


 ――あれか……?


『俺が指揮を取れなくなったら、テメェがやれつってんだよ……わかったか?』


 ――降格……か……。


「なに、死にかけてやがる??」

「…………」


 火神の氷の防壁が無ければ死んでいた。その事実は消せはしない。もしもを任されていたのに、もしもの前に死にかけた。田岡では何ひとつ反論の余地を思いつきもしない。


「お前は……後輩たち含めて誰よりも……ッッ」


 ソレには火神の怒りが爆発すること、




「意識が低いんだよォッッ!!」




 間違いなしだった。


「何年やってんだよ、何を見て来た? 誰かテメェみたいにとぼけてた指揮する先輩がいたかぁ? 意識が低すぎて地中にでも埋まってんのか、お前の意識は? あん? あん?」

 

 もはや、田岡への罵倒はとどまらない。


「それともマリアナ海溝にでも捨てて来たなら、海底一万メートルまで拾わせにいかせんぞ。マジで」

「…………すみません」

「すみませんじゃ、すみませんだ」

「…………っっ」

「どうやったら、田岡くぅーん。お前のその意識を改革できるーんだ? 脳みそから弄った方がいいか? それとも志水に毒薬でも作ってもらうか? あん??」

「…………」

「一回殺し見るっていうのも……手だと、思うんだよーなぁあ!」

「意識を……拾ってきます……死ぬ気で」


 このやり取り効いている面々は絶句して思うしかなかった。


 ――火神さんだ……いつも通りの火神さんだ。マジ容赦ない。


 威圧と罵倒が究極に織り交ざり相手を殺しにかかる言葉の数々、説教が怖い。


 おまえけに田岡に対する怒りだけは他の比ではないのがまた恐ろしい。


「猶予はねぇぞ……オレに殺される前にどうにかしろ……」

「ハァァイ!!」


 舌打ちが一つ入り説教が終わり、火神はその苛立ちのまま指揮を続ける。


「ここから先は田岡に指揮をまかせる! 俺は戻って志水班と合流する」


 唐突に変わり誰もが慌てて返事をハイと返す。




「全員よく頑張った……」




 たった一言だったが、その一言が現場の空気を変える。


「各自戦闘での傷を癒してから片付けにうつれ、一時間の休憩は許す! ただちんたら作業すんじゃねぇぞ!!」


 激しい口調の中に聞き逃せない労をねぎらうお許し。誰もが威勢よく返事を返す。京都の壊滅した街並みを片付けることも仕事の延長線上に当たる。わずかな休息のあとには仕事があるが、それでも頑張る理由にはなる。


 ――志水班と合流って……


 何よりもその一言が重く、全員に圧し掛かる。


 ――火神さんが……


 異界の王を一撃で仕留めるほどの能力の行使。それまでに行われた戦闘の大半の役割を絞めていたであろう火神という漢。何よりも仲間全員の動きを把握し続け、戦況を捉えていた手腕。


 ――1番疲れてるんじゃねぇのか……超人かよ。


 人に厳しくする上に、自分にも甘さなどない。


 休憩なしで戻り、次の戦況に備える責任感。


 ――ぐぅの音もでねぇわ……。


 何一つとして、説教に言い返せるわけもなかった。


 ただ静かに火神は次の場所へと動き出す。


 ――あれ……俺だけ……説教がない……??


 何か終わったような空気の中で一人取り残される男。


「おい、菊田」

「火神さん……」


 僧侶だけが何も告げられていなかった。その眼の前に火神が現れる。


「お疲れだ――――おらァ!」


 ――なぜにッ!?

 

 菊田の左肩に出合い頭の鉄拳が見舞われる、急襲の暴力。説教などというレベルではない。休憩を申し付かったあとに起こった悲劇のエンカウント。


「また気を抜いてやがるな……?」

 

 ――言葉の暴力より、拳の暴力は……効きます。


「いたい……」


 ――どうして……俺だけ……殴られる??


 いい雰囲気で終わりそうだったのにぶち壊された気分だ。


「常に補助魔法を掛けた状態にしとけって言っただろう?」


 その悲しさが菊田を襲う。頑張ってたのに、オレと思わずにはいられない。


 ――まじで……ひどい。この人……鬼や。


 脅えた眼で倒れながらも睨んでくるように見える男を見上げる。


「お前次第で生存率が大幅に変わる」 

「えっ……?」

「回復できる奴が倒れたら、どうやって全員が生き残る?」

「…………あ」

 

 ――そういうことだったのか………。


 言われて気づく、今まで無理難題を押し付けられていた意味を。


「今回は全員生還だが、次はわからねぇ。倒されない様に気合い入れとけ、菊田!」

「は……はい!!」


 ずっと補助魔法をかけて自分を護ることの意味は仲間の生存率に繋がる。僧侶が倒されることはパーティにとって致命的な状況となる。当たり前のことだが、菊田は戦闘中だけに意識をすればいいと思っていた。


 日常的に補助魔法をかけることで――大幅に継続時間が変わりつつあった。


 ――ずっと……火神さんは考えてんだな。


 その意味を菊田は知る。


 気づかぬうちには何も分からないが、知れば納得させざる得ない。


 ――仲間のことを……。

 

 誰よりも後ろにいる者達のことを考えて歩き続ける背中があることを。


「くそ、やっべ……」

「どうしたんだ……三嶋?」


 そして、火神恭弥がかつて見たように、後ろを歩く者もまた見る。


「火神さん、ちょぉおおおおおおお…………っ」


 火神恭弥と同じように、偉大な漢の背中に、





「――COOLカッケェエエ……エッッ!!」




 憧れを抱く者が現れ続くことを。


 三嶋隆弘という青年が火神恭弥というリーダーに、


 焦がれるような憧れを持つことを。


 田岡茂一は横で笑って、アホな後輩のその瞬間を見ていた。

 

 

《続く》

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