第189話 最強《サイキョウ》の攻撃《ホコ》
止められない衝突、止まらない暴虐。白き炎の行方をただ静かに異界の王は見据える。直感で分かっていた。ここで退けば敗北の瀬戸際だと。逃げることは出来まいと本能が生命の根源を呼び起こす。
二つの道がぶつかる、二つの命が優劣を決する。
【何もせず、敗北を受け入れることを拒否する王は】
そんな瞬間の刹那に語り部であるヘルメスは声を上げる。
この時が、この一瞬が堪らないのだと。どちらの輝きがより勝るのかと。
【槍を振り上げた、白き炎に敵対する意思を明確に持ち】
サソリの脚が大地に強く打ち付けられる。強固に地盤を固め、
「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
全生命をかける咆哮を荒げる。
窮地にこそ一歩踏み出すその勇敢たるや異界を収める器量に値する。
【この一瞬に、このイマに、全ての
その異変は突如として、起こった。
――おい……待てよ……。
菊田の眼が王に驚愕の意を示す。決着の刻はわずかな怯みさえも許されない。この場に存在する全ての生命の世界を決定づける瞬間なのだから。どちらかが死にどちらかが生き残る。
――なんだ……そりゃ!?
その土壇場で黒服たちは読み違えていた。
――さっきまで……いや、そんな、ありか……ッ!!
決着の行方はもうすでに決まっているのだと。その間違いを照らすように光が放たれる。研究所の職員や神々でさえ、その結末を予想などもしていなかった。
そんなことが起こるはずはないのだと。
【ソレが……王に急激な変化を齎す】
先刻に撃ち合いを終えた松本が一番の衝撃を受けた。
――まだ……途中だったってのかっ……ここから、
異界の王が踏み出した一歩の勇気が、世界を震撼させる。
異界の王は文字通り命懸けだった。ここまでの窮地は彼の生涯で二度と味わうことなどない経験に等しい。その間際に踏み出した一絞りの勇敢さが奇跡を呼び起こす。
――まだ進化するって……のかよ……テメェっっ。
奇跡が光を導いた。
【ソレは、勇敢なる王が起こした最後の】
誰もが、王の起こした奇跡の光に眼と意思を奪われる。
――なんだってんだよォ……っっ。
【
――ソリャァアアアアアアア!!
時間がかかるものだと思っていた。いや、そうでなければいけなかった。そうであるべき王が持つ最大の攻撃。最大であるのに溜めの条件が振り払われるなどという、時間と制約を無視するような
【迦楼羅を迎え撃つ、制約を超え世界を灼き尽くした――ミストルティンの槍】
光り輝く槍が白き炎を迎える。
【負けられない理由はそれぞれにある、】
その破壊力はまだ目に焼き付いている。その槍は異世界を制した光る槍。
【
退けぬと、負けぬと、勝ち取ると、気迫を乗せた王の眼光が一人の漢を貫く。命の眼光がここで終わりだと誰もが思っていた常識を覆す。
白き炎の勝利が揺らぐ、その一瞬に全知全能のギリシャ神が気味悪く
【フェ、フェ、フェフェフェフェ!】
嗤う。誰もが退屈などを忘れていた。勝敗の行方だけに興味が向く。
【
まだ先は分からない、未来など分かる必要もない。
だからこそ、楽しいのだとゼウスは嗤う。
【
声高らかに嗤い声を上げていく。
【
錯乱したジジィの発狂した声に近くにいた神は気を削がれる。集中している合間に聞こえる奇声。耳障りだと思う。だが、声上げるその気持ちは分からなくもない。
【
長き退屈の果てに待ちわびた光景を前にして、
【
興奮を押し殺せなどと思えるわけもない、
混沌大好きジジィの発狂ぐらい多めに見てやる。
そんなものよりも、この勝敗の行方はどちらに傾くと――。
【奇跡と勝利は、
ヘルメスの声に同調するように黒服たちの顔が歪む。研究所の職員が口元を手で押さえる。神々の瞳孔が爛々と光る。
誰もが結末を見失う中で、ただ一人の漢の眼光が光る。
火神の姿を見た、シヴァ神は嗤い漏らす。
【ふっ、コレで終わりぞ……】
「田岡さんッッ!!」
異界の王の槍の威力を間近で見ていた三嶋が吠える。アレの半分ですら衝撃が空に広がった。さらに初撃では街が吹き飛んだ。そんなものと火神の炎が衝突するとなればどうなるか。
その被害もそうだが、この危機的状況を、
このままでいいのかと問わずにはいられない。
もはや衝突はさけられない、これは世界と異世界の行く末を決める戦いの果て。そんなものに係る者達、そんなものを見届ける神たち、そんな状況に希望を託す職員。
刹那の状況で目まぐるしく誰もが心をかき乱す。
最高の瞬間が訪れるとヘルメスはいたずらに笑みを浮かべる。
【異世界を滅ぼした槍、漢が掲げ続けた炎】
ここで全ての勝敗が決する時だと、
【どちらの道が途絶えるのか……】
語り部は声を上げる。
【
同時に光と炎が衝突する。誰もが瞬きを忘れ結末を見届ける。この行く末が世界の在り方を決めるのだと。人間と異界の魔物、現実と異世界、火神恭弥とサソリの騎士王。
その結末に描かれるものは。
「――――大丈夫だ、問題ない」
田岡の言葉に三嶋の顔が破顔する。
「……っっ?」
何を言ってるのか分からないが、あまりに穏やかな口調で信頼を前面に押し出していた。三嶋は未来に進む道は決まっていると笑う先輩の言葉に現実を目の当たりにする。
――どうなってんだよ……。
「どうして……??」
衝突したはずなのに不可解で仕方がなかった。力と力の拮抗が生む、
――衝撃が……ない。
衝撃が駆け巡らない。巨大な力と力のぶつかり合いは起きているのに、
あるはずのことが起きない。
「まじかよ……っ」
三嶋の常識が壊れていく、幻想が飲み込まれていく。力と力がぶつかれば必然に起こり得る衝突が消失していく。そんなものを田岡に抱えられながらも目に捉えていた。
――火神さんの炎が……。
勝敗は明らかだった。
何度も常識が壊れていく。予想が未来に追いつくことはなかった。
誰もが息を飲む中、唯一結末を予知したシヴァ神は静かに声を上げる。
【愚か者が――――】
悲しき欲望に手を伸ばし続けた漢の末路だと。消えぬ火を護り続けて足掻きもがいた、その漢の結末だと。歩くべき憧れを見失い後悔を繰り返してきた漢の火だと。
【ソレに触れたら……終わりぞ】
シヴァの瞳から一滴の水滴が流れ落ちる。この結末に納得するように流れ出た、
傲慢な神の願いの結晶が勝敗を導き出す。
――飲み込んでいる……衝撃も、
三嶋も観ている光景にシヴァから言葉が紡がれる。
【ソレは滅浄の炎……迦楼羅だ】
――アイツの槍でさえも……!?
漢がずっと掲げてきた欲望が、異界の全てを焼き尽くした槍ですらも、その白き炎で無と帰す。纏う光さえも飲み込み相手の意思と欲望さえも嘲笑うように飲み込んでいく。
「聞こえなかったのか――――アァン!」
荒々しく火神が吠える。眼光が伝える、
その恐怖に漬け込むように男が声を繋げる。
「言っただろうがぁ……っっ」
聞こえなかったのか、言ったはずだと、無駄にあがくなと。
「田岡さん、アイツ! 盾を使う気だ!!」
恐怖に負けてもなお生きようと足掻く姿に三嶋が声を上げる。田岡の渾身の一撃を護り切った王の盾。槍が飲まれていく先の身を護ろうと尾が激しく王の前に突き出される。
「大丈夫だ」
火神恭弥は自分とは違うのだと認めるように田岡が諭す。
――あの人が求め続けてきたのは……
あの白い炎はそういうものだと。ずっと、諦めの氷の中に閉じ込めれられていた一抹の火。火神恭弥という人間にとっての牢獄。銀色に輝く氷に囚われていた欲望の火。
「火神さんにとって、盾如きどうということはないさ……」
王が盾を使おうが問題などない――。
銀翔衛と比べれば火神恭弥という人間は戦闘で劣るであろうことは田岡は知っている。千年に一人の逸材と言われても銀翔衛はソレに遜色なく値するのであろうことも。
――あの人がずっと追い求めてきたモノは……
それでも、火神恭弥は隣に並び立ち歩き続ける。
諦めを受け入れながらも歩みを止めなかった。敗北という苦さをずっと噛み締めても、抗い続けてきた。いつか超えてやると、いずれ追い抜かしてやると、相手が真の天才であろうとも。
「火神さんの
だからこそ、求めた。
その相手が最強の結界を持つという事を知り、求めた。
最強の盾という漢を、幻想を、打ち砕く、
「――――
矛盾を。
全てを焼き尽くすと誓った欲望の火。
「滅するって、」
荒々しく火神恭弥が異界の王へと真意を告げる、無駄なことだと。
【勝敗は決した、差は……】
「ナァアアアアアアアアアアアアア!!」
防御を取った異界の王と、攻めることだけ考えた火神恭弥の戦いの結末。全てを焼き尽くすと誓った願い。燃え尽きることなく燃やし続けた欲望の
それら全てが盾にぶつけられる。
触れたら終わりだった。盾がどれだけ頑丈であろうと、
鉱山の一つを叩き潰して創り上げたものだとしても。
その漢の熱き欲望の前に色を変えられていく。熱量に盾の材質が変形していき、
衝撃に体が宙に浮かび上がる。
【傷つくことを恐れて全身を鎧で固めた異界の王……】
強大な体躯が身動きすらままならぬままに炎と共に空へと打ち上げられる。
【傷つくことを知りながらもなお、己を曲げずに歩き続けた漢】
ヘルメスが語る、その間に火神恭弥は
「目障りだ、とっとと消え失せやがれ……」
トレードマークであるサングラスを正し背を向ける。
これは最大で最後の
「最後に冥土の土産をくれてやる……」
これは勝敗の決する刹那の時に生まれる、余韻。
【君の勝ちだ……火神恭弥】
軍配は下りた。あとは勝利の言葉を繋げるだけだった。異界の王の結末を、最後の奇跡を終わらせる言葉を。空へと白き炎と舞い上がり命を散らす、その一瞬に送る言葉を。
「テメェの絶命と共に――」
白き爆炎と共に王の命が空へと打ちあがり、
舞い放たれる。
「
《つづく》
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