第188話 全てを飲み込み、真っ向勝負
白い炎に叩きつけた右の掌底は回転を与えるように強くねじ込まれた。迦楼羅の火は主人の意思を受け取るが如く、螺旋の軌道を纏いながら一気に加速する。
ヘルメスの呼吸が興奮で荒くなっていく。
【命と命のぶつかり合ぃ……その煌めきがぁ……】
待ち望んだ決着の刻。神たちの視線が降り注ぐ。
【堪らなぃぃ…………っ】
誰もが白き炎の行方に目を奪われていた。
全てを飲み込んでいく
【
白き炎を見つめシヴァ神が一つの手で顔を覆う。
火神が名付けた白き炎の名前。それが琴線に触れる。
【――――――ハハハハ!!】
突如として大きく笑い出すシヴァの声にパールヴァティーの心臓が何事とドキッとなる。横で顔を上にあげ覆い隠すほどに高笑う。その名を知らぬわけもなかった。
元よりそれはインド神話から端を発したものだ。
【神鳥ガルダ……煩悩を滅浄する
知らぬわけなどなかろうとシヴァは眼光を開く。
【よもや、キサマ……】
どこまでも喰えぬ男だと、その名に意味を考えればキリなどないと。
【
龍蛇を喰らうということが何を指しているのかも。
異界の王も魔物も、その場にいる黒服でさえも、眼を奪われていた。
――なんだよ……っ……あれは……っっ。
トレーニングルームで見たことなどあるわけもない。大阪支部に来てから実戦でも使うことはなかった。理由は、創造に時間がかかるからではない、ただ本人ですら制御が聞かぬいわくつきの代物ということだけだ。
目の前で自分の土壁が飲み込まれていく、
その場から逃げながらも不思議と笑いがこみ上げる。
「なんだってんですか……」
『お前の能力は攻撃に使えるレベルじゃねぇ』
――これと比べたら……無理ですよ……。
創り上げたすべてが飲み込まれていく、
加速など止まるわけもない白き太陽の化身に。何一つ届かない。
その場から散りながらも黒服の誰もがその白き炎に火神恭弥を見る。
『テメェの武器はなんだ?』
「勘弁してください……」
――これが……火神さんの武器か……。
鎖使いも呆れた笑いしかなかった。武器ってそういうものをいうのですかと。何もかもを飲み込んでしまうような太陽の如き熱量。自分の武器が己を表すモノであるなら、その通りなのかもしれないと苦笑するしかない。
『完璧なタイミングで寄越せ』
走りながらもやられたと苦笑いがこみ上げてしまう。
――このタイミング……
異界の王が進化を終えた絶望の間際の誰もが確実に待ち望んでいた瞬間をずらす行為。
――この頃合い……。
なんとか自分たちが持ち堪えられる限界の間際、それら全てが信頼というなの脅迫。自分たちの限界ぎりぎりを見定めるようなタイミングで聞こえてきた火神の時間だという言葉。
「……完璧ですよ」
――おまけにその威力の攻撃……ですか。
『魔法は能力を凌駕する』
「なにがソレを凌駕するっていうんですか……」
全てを飲み込んでいく。土壁と一緒にそこにとどまっていた魔物たちでさえも消えていく。制御などない白き炎はただ一直線に王へと前進していく、一切の変化もなく。
『俺は死んでも骨のひとつも拾わねぇぞ……』
――あれは……なに一つ残らないってことかよ……。
迫りくる白き炎に巻き込まれれば跡形もなくなる。誰が見ても分かる。京都の残骸ですらその炎が通ったあとに残っているものなどない。それら全てを喰らってもなお勢いは衰えず加速していく。
「…………べっ」
自然と逃げていた三嶋の脚がもつれた。
――脚が重てぇ……っっ。
『身の程知らずで死にたいなら勝手にしろ……』
僅かにだが、確実に呼吸が上がっている。
――息吹が……使えねェ……。
能力を使いたいが上手く行かなくなっている。ずっと緊張が続いていた。
蓮と戦った櫻井と同じように興奮状態で持っていた部分が大きかった。
――飛ばし過ぎ……たっっ。
おまけに魔物を躱しながら走っている状況。僅かばかりの後悔が生まれる。身の程をわきまえなかった結果だ。誰よりも戦場を駆け回っていた脚は疲労に持っていかれる。
呼吸を整えろと、脚を止めろと、本能が囁く。
逃げなければと意識を集中しながらも、無数に迷いが生じる。
その脚が地から離れた、瞬間に、
「無茶しすぎだぞ……」
自分の体が浮遊する感覚が襲った。
「三嶋」
不思議と上を見上げる。
「…………田岡さん、たすかりましたー……」
田岡に抱え上げられ、為すがままに身を預け、三嶋は助かったと感謝する。菊田の回復により田岡の体力も満足に走れるまでに快調していた。三嶋を抱え、田岡が疾走する。
火神恭弥の邪魔にならないようにと――。
魔物すべてを焼き尽くした迦楼羅の火が、最後の標的に迫っていく。
戦場に残ったものはただ二つ。その光景にヘルメスが興奮した声で叫ぶ。
【ここからは真っ向勝負ッ!!】
戦場に残された勝利と敗北を決めるのは、火神恭弥と異界の王。
その二つがぶつかる瞬間に命の煌めきが増す。
《続く》
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