第187話 滅殺 迦楼羅
『そうだ、ソレが俺だ』
火神から聞いたその言葉がシヴァの脳裏に蘇る。その時の火神の表情が、眼が自分を見ていたことを思い出す。事実を告げられ受け入れながらも、反抗するような目つきが忘れられない。
【ソレが……お前なのか】
何か諦めたように言葉が零れた。神の傲慢さを喰った忌々しいという存在に対しての諦めが着いた。忘れてなどいなかった、その存在を。その異世界での結末を忘れてなどいなかった。
【あの弱弱しく、氷の中に閉ざされた……】
異界を救おうとも本当に大事なヒロインは呪いにかかったまま終わった。
【今にも消え入りそうだった惨めったらしい炎が……】
二度と解けることなどないであろう異界の呪い。
【ずっと、燃え続けてきたのか……】
能力はその人間の本質へと帰結する。
【消えない様に……ずっと、あれからも……】
能力は火神恭弥という人間を表すものになる。消えそうで消えない、それでも眼に焼き付くような灯。諦めながらも、燃え続けていた。敗北すらも受け入れ、背負う覚悟を持っていた。
【何があろうとも……燃え続けているのか……っ】
晴夫たちとの決別を、氷彩美の解けない呪いを、
死んでいった仲間の命を、いま生きる仲間の命を、
全てを背負う覚悟を持って燃え続けてきた。
【本当に恐ろしい……人間は……】
――シヴァ様が……笑って……
シヴァに自然と諦めにも似た笑みがこぼれたのを近くで嫁は見ていた。人間というモノがどれだけ恐ろしいモノかを傲慢である神は思い知らされる。
【神をも超える気か……その創造で
そんな能力をお前に渡した覚えはないとシヴァは瞳を光らせる。白き炎の光が瞳に焼き付く。あの弱弱しい炎がこんなことになるとはとシヴァは笑ったのだ。それが俺だとあの男は言いきったのだ。あの傲慢な男は言い聞かせたのだ。
【このシヴァを超えるというのか……】
――あの、シヴァ様……が……!?
シヴァの言葉にパールヴァティーでさえ初めてのことで動揺する。シヴァという神の本質を知っているからこそ、驚きを隠せずにはいられない。いままでの素振りから何かがオカシイと感じていたことすらも凌駕する驚きに変わる。
「テメェら……あとは俺がやる」
黒服についた通信装置が最終決戦を告げる、ここから先は俺の戦いだと。白き炎を掲げている腕を振るった。それに合わせて火神の創り出した巨大な炎の塊が敵へと目掛けて動き出す。
そして、火神はその後を追うように走り出した。
「ただ、
――へっ、制御不能って? 動いてますけど??
その言葉を聞いて三嶋は疑問に思った。
火神恭弥といえばトリプルSランク。
――どういうこと……だ?
その日本に五人しかいないとされる炎使いということは日本一の炎の使い手。それが制御を出来ないという発言をすることに、火神恭弥という人間が制御を出来ないと認めることが疑問だった。
「死にたくなきゃ、その場から、」
――死にたく……って!
制御を失った白き炎は火神の腕が振るわれた方向にゆっくりと進んでいる。白き太陽の如き物体が崩壊しかけた山の上空を浮遊している。それに目掛けて一人の漢が走っている。
「散りやがれェッッ――!!」
三嶋は悟った。戦闘中に冗談などでいう人物ではない。
「なに―――ッ!?」
本当の本当に、そういう状態なのだと。その力のデカさ故に制御がきかない、その異形ゆえに常軌を逸する。見たこともない白き光であるが故に何が起きてもおかしくないのだと。
黒服の誰もが危険を感じ取り、走り出す。
――殺されたくの間違いではッッ!?
これは異界の王への最期の
そんなものに巻き込まれればどうなるのかと。
そして、追いかけ走っている火神恭弥も決着しか見ていないのだと。
手元から離れたその白き炎は制御を失くしていた。だからこそ、追いかける。
まだ攻撃として完成されていないと。
【
――あの……誰よりも傲慢なシヴァ様が……
ただの人間にシヴァは魅せられる。どこまで行っても傲慢な漢だと思ってしまう。この神であるシヴァよりも、さらに先を行く傲慢だと。あの時、受け入れがたかったものがすんなりと落ちてくる。
【このシヴァ
――負けを……自ら認められたぁあ!?
あり得ない事態にパールヴァティーは首を激しく振ってシヴァと火神を交互に見る。神の中でも傲慢にかけてはトップクラス。おまけに敗北など認めることはない夫、唯一嫁である自分にだけは負けることはあるけども。
――あの男すごい……けど、
激しく振っていた首が火神を見て止まった。夫を負かしながらも、
白き炎を追いかける漢の姿に一抹の不安がぬぐえない。
――届かない……のでは。
三嶋の足も同じく止まる。
――まさか、火神さん……届かないのか……。
制御が出来ないと言っていた。その白き炎を追いかけている時間が長い。ゆっくりと見えるが実は違う。巨大であるが故に遅く見えているだけだ。そのスピードは火神の脚となんら変わりがないように見受けられる。
だが、シヴァは二人と違いそんなことなど
【見してみろ……貴様という炎を】
火神に思いはしなかった、自分を認めさせたその諦めの悪さ。
届かない氷の中に燻っていた火だ、ソレはと。
届かないと嘆いた日々が火神にはあった。それでも、燃やし続けてきた。
『なぁ、火神?』
『なんですか?』
ある男との出会いが火神恭弥を変えた。
『もしさ、俺がこの右手を閉じたら、』
自分が届かないと思っていても、違うのだと。
『―――あの月を掴めると思うか?』
『思わないっすよ』
当時、そんな荒唐無稽なことは起こりはしないとくくっていた。
『お前が思わなくても俺は思うよ。いつか月だって掴めるって』
だが、それすらもあり得ると憧れは云う。
『何百回やっても無理ですよ』
その時にいくら繰り返しても届くはずもないと火神は返した。
『何百回で無理なら、』
それでも、憧れは繰り返し火神に問いかけた。
『――――何千回、何万回繰り返しゃできるかもしれないだろ』
無理を超えてこいと、諦めなければ届くかもしれないのだと。
『届っけェエエエエエエエエエエエエエエ!!』
憧れに屋上から飛び降りさせられた日、月に向かって必死で手を伸ばした。
そして、高校のプールへとおちた。それでも、
『掴めましたよ……』
伸ばした手は、けして無駄ではなかった。
『掴めたんです!』
どれだけ困難だとしても、
『出来たんです……僕にも出来たんです………っ』
たった一回の奇跡が少年だった火神の手にもたらした。
憧れに届くという事を火神は忘れることはない。その日に火神は変わったのだ。その一日という日に奇跡が胸に刻まれた。届かないという想いが幻想であることを知った。
『アイツに勝てないと分かっている』
その奇跡を胸に、シヴァ神を前にもその幻想を壊すように手を伸ばした。
『ただ、負けてねぇ』
この自分の中に眠る火が燃え続ける限り、負けなどないと。
『まだ、負けてねぇ』
この火が燃え続ける限り終わってなどいないのだと。
届かないと認めるが、繰り返して続ければ届くのだと。
「
諦めを忘れ走り続けてきた脚が止まることなどなかった。制御を失っている白き炎にその手を届かせるために走り続けたことは無駄ではなかった。その手が届く位置まで火神は走ってきた。
踏み込みを入れて、右手を引いて、体を捻る、筋肉がねじれ音を上げる。
大きく踏み込んだときの勢いを使い、ねじれた反動を戻すように、
白き炎をへと手を伸ばす――届かないという幻想を、
「
打ち砕くように火神恭弥の全てを乗せた一撃が放たれる。
《つづく》
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