第181話 憧れた背中

「ハァ――ハァ――」


『かがみん、南ちゃんの足は治ったん?』

『そうそう治るわけねぇだろ……草薙?』


 何気ない草薙さんと火神さんの二人の会話を俺は横で聞いていた。


『かがみんこそ、なに言うてんねぇん。治るやろ、いつかは治るに決まっとるわ』

『っ……いまだに治す方法が見つかねぇんだ』

『見つかってないだけやて。そのうち、見つかる。わいちゃんが保証したるわ』

『医者でもねぇ、お前に言われても気休めにならねぇけどな』

『そこはありがとさんやろ……かがみん』


 火神さんの実家が日本有数の鉄鋼業を営んでいることから、簡単に推測は出来ていた。奥さんの病気は簡単な病気とか身体的なものでないことが容易に想像できた。魔法、科学技術、マジックアイテムなど目まぐるしく発見され・発展していく、


 現代において、不治の病などはなくなりつつある。

 

 その最中で治せる手段が見つからないという事は――。


 だからこそ、さっきの言葉は許されるべきものではない。


 ――いくら、なんでも……


 さっきのやつらのように火神さんを良く思えない連中がいることも分かっている。俺だって、初めて火神さんを前にした時の恐さを感じなかったわけじゃない。むしろ、人一倍苦手意識が湧いていた。威圧的な声と態度、尖った髪型、なによりシャープなサングラス。


 そんな人間が上司で威嚇されれば、体の大きい俺だって怯む。


 ――火神さんだって……

 

 だけど、実際に現場で一緒に仕事をしてみれば分かる。


 怖いからこそちょこちょこと様子を窺うように俺は見てたから分かった。気を抜いていないかチェックする火神さんの方が人一倍気を使ってる。眉間にしわを寄せて怒りを見せながらも、きちっと後輩たちのフォローをしていることを。


 後ろから火球が飛んできてびっくりするかもしれないが、それは俺たちへの援護だ。変に動かなければ仲間に当たることはない。何よりも命の危機が迫れば氷の能力で壁を作って防いでくれる。


 そこから始まる叱責という名の反省会。


 誰もが怒られるのは嫌いだ、俺だって嫌いだ。火神さんの口調も言葉もキツイ。怒られている方は困った顔をしている。


 それでも、その怒られる意味を考えれば俺でもわかっていた。


 守ってくれたのは誰だ、フォローしてくれたのは誰だ。


 なんで怒ってるのか、何を怒っているのか。


 けして、理不尽などではないと俺は思っていた。


 命の危機だった状況を救ってくれている先輩の言葉だったから。ふざけているのはどちらだと聞かれれば気を抜いていた俺たちの方だ。誰よりも集中していたのは、全員の動きを把握し戦ってくれた、火神さんだ。


 火神さんが気を抜いてれば、誰かが死んでいた。


 だから、火神さんが怒っているんだ。


 そういう状況を火神さんが教えているのだから、キツイ言葉を使うと分かっていた。気を抜いていることもそうだし、戦闘に於いての未熟さを説いてくれる。


 それでも、聞こえない奴らには聞こえない。


 うるせぇと言わんばかりに影で不満を漏らしていた。人には合う合わないはあるから、仕方がないことだとも俺は思う。それが原因で辞めていく人間がいたのも仕方ないことだと俺は思う。


 それでも、だとしても、


 ――傷つくだろ……っっ。


 火神さんが傷つくのは仕方がないとは思えない。


「ハァ――ハァ――」


 だから、火神さんの影を追いかけて廊下を走っていった。


 命の危機があったのにうるせぇと忠告を聞かない人間が残っていても、いずれ死ぬことになる。そうならないように火神さんが頑張ったのを分かっているから、辞めていったことでそうならなかったことが正しいと俺は思った。


 俺たちは戦っている――俺たちは死ぬかもしれない。


 そんな当たり前のことだ。


 そうならないように怒っていてくれた人が、先輩が、


 傷つけられるのは正しくないと、俺は思いたかった。

 

「火神さん……」

「なんだよ、田岡?」


 やっと追いついて声をかけた。平然とした様子でコチラを見てくる火神さんに、俺は言葉を詰まらせながらも、何かを言わなきゃと。


「あの……さっき……ですけど……」


 でも、どういえばいいのかも分からなかった。気にしないでくれなんて俺から言える問題でもなくて、それでも火神さんには傷ついて欲しくない。だから、必死に考えてみたけど、言葉は続かなかった。


 その間に――


「気にしてねぇよ、別に」


 火神さんの方が先に答えをくれた。


 俺は驚きの眼で火神さんを見つめた。まるで考えを読まれたように答えたことにではない。自分の奥さんのことまでもバカにされた挙句、銀翔さんとの関係を揶揄されたにも関わらず、あまりに優しく返して来たから、呆気にとられた。


「言わせたいやつには言わせとけ。気にしてる時間の方が無駄だ」


 火神さんが本当に気になどしていないのだろうと、分かった。


「どれだけ俺への愚痴を零そうが、問題なく仕事してくれりゃいい」


 あれだけ言われたのを聞いていたはずなのに、口調もいつも通りのままで、


 ふざけやがってと笑っていられる様子に俺は


 ――強いな……この人……


 ただただ感動した。心配してきた俺の方が思い知らされる、


 動揺なんてしてる場合かと。

 

「あっ、イタ!?」


 感動している頭に衝撃が走った。火神さんがニヤッと笑って、


 いつものように俺の頭を殴った手を振り上げて背中を見せて、


「それよりも田岡、いつも、お前はおとなしく周りを見過ぎだ」


 俺のことを気遣ってくれて、




「もっと、お前は覚悟を持って前に出てこい」




 認めてくれていることに俺はただただ火神さんの背中を見て立ち尽くした。周りを見ていたのはいつも通り火神さんだった。いま一番大変で辛い思いをしている状況なのに、俺の方が安心させられてしまったことに立ち尽くす。


 ――強いな……本当に……


 自分との格の違いっていうものを思い知らされる。


 晴夫さんとオロチさんがいなくなって一番困っているのは火神さんなのに、銀翔さんにトップを取られて悔しいはずなのに、年は少ししか変わらないのに、おくびにも出さない姿に憧れすら感じた。


 ――火神さんみてぇに


 その傷つかない背中が遠ざかっていくのが少しだけ悲しく、頼もしくも見えた。ちゃんと真っ直ぐ歩いてくれる背中があることが分かって俺が安心させられてしまうぐらいに頼もしかった。


 ――強くなりてぇな……俺も……

 

 だからこそ、火神さんに前を歩いていて欲しいと俺は思ったんだ。




◆ ◆ ◆ ◆



「頼む、菊田……オレを行かてくれ!」

「回復しても、お前じゃ間に合わない!」

「ココで、こんなところで、火神さんを失うわけにはいかないんだッ!!」


 俺は心の底から叫んだ。ブラックユーモラスには絶対に火神さんがいなきゃいけない。京都の惨状を広げないためにも、この世界を護るためにブラックユーモラスは絶対にいなきゃいけない。


 だから、火神恭弥を失ってはいけない。


「何度も守ってくれた……何度も救われた……ずっと導いてくれてきた……」


 俺の命と火神さんの命を交換できるならソレでいい。


「あの人の為になら、俺は死んでもいい――」


 だからこそ、自然と覚悟が出来た。


 オレを抑えている菊田に対しても、俺は覚悟が出来た。




「―――どけ、菊田」



 

 何があってもおし通るという覚悟が。

 


《つづく》

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