第180話 後ろから聞こえる声

 京都の街で王を守るための軍勢が一斉に動き出す。彼らにとって、砂漠という土地を与えてくれる異界の王は神にも等しかった。それが生存の為の戦略としての最適解なのだ。


 生き抜くために王を生かすということが――。


 その光景を目の当たりにして、田岡が悔しさを零す。


「く、っそっっ!!」


 自分の膝がいうことをきかない。でも、焦りが前にでる。火神恭弥はイマ能力を発動することに最大限の力を費やしている。その邪魔をさせるということがどういうことなのか。


 だからこそ、自分の体に鞭を撃つように歯を食いしばり


 ――動け……動け、動けってんだよッッ!!

 

 必死に足に力を込めた。いま動からなければいけない、つい先ほどに火神の氷によって救われた命。だからこそ、尚のこと田岡茂一は体の悲鳴を無視して追いかける。


 ――ダメだ……追いつけない……っっ。


 それでも、田岡のスピードでは魔物たちに追いつくことがかなわない。無数にいる数を蹴散らすことなど出来ようはずもなかった。そして、何よりも全力であったとしても、疲弊したスピードが顕著に差を広げていく。


 そして、そのスピードが完全に止められる。


「間に合わねぇ、田岡! やめとけ、その躰で無茶しすぎだ!!」

「止めるナァ、菊田!!」


 黒服の僧侶が田岡では無理だと判断を下し、腕を出して田岡の体を受けて制止させた。それでも、必死の田岡はその制止した腕を振りほどこうと前に身を乗り出す。目の前から魔物軍勢がどんどんと遠ざかっていく。


「無謀だ、田岡!! 死ぬ気か!?」


【未来は黒く染まっていた。誰も先を知ることはない。かすかに歩くと足元が見える。自分の立っている位置までしか光は届かなかった】 


 ――火神さんを……っ、守らないといけないんだ。


「行かせてくれェエエエエ!!」


 菊田の制止や言葉の意味を受けながらも田岡は筋肉が切れていく音を聞きながら、前へと進んでいく。届く届かないなどやってみたあとでしか分からない。


 ――あの人は……死なせちゃいけない


 それでも、何もしないよりはマシだと。


 ――あの人が死ぬくらいなら……俺の方がッッ!!


 もし、引き換えに出来るのなら我が身すら差し出しても構わないと菊田の抑えつける腕を無理矢理に引きずっていく。一歩一歩が重く、距離が遠い。それでも、動けと力強く、追いかけろと意思を強固に、前へ進んでいく。


【主人公に届くのは後ろにいる後をついてくる者たちの声だけ】






『田岡ちん、かがみんはブラックユーモラスにぜったい必要な人間や』


 過去に草薙に言われた。銀翔衛をリーダーとする通達が出た時のこと。


『何があっても護らなー、アカンで。わいらでかがみんを』

 

 その言葉に田岡は自然と頷き返した。


 火神恭弥はどちらかと言われれば、嫌われる側の人間だ。銀翔衛のような人間の方が誰からも好かれるのだろう。優しく柔和な性格と相対する威圧的で己の信念に従い逆らえない性格。

 

 必然的に火神恭弥の敵になる者たちも生まれる。


『また……火神のやろうがよー』『ほっとけよ……アイツは、偉ぶりたいだけだろ?』『結局、晴夫さんとオロチさんの腰巾着だったもんな』『銀翔さんに実力で適わねぇから、ストレス発散で当たり散らしやがってよー』『ざまねぇよな、アイツのせいでブラックユーモラスの団員が何人やめたと思ってんだよ』


『…………っ』


 本人がいないところでは顕著だった、誰が火神の敵なのか。それでも、田岡はじっと聞いていた。火神を護るために動くわけではなく、ただじっと聞いていた。


 ――何も知らねぇくせに……っっ。


 理解しない者達の憤りを拳に宿して。


 ――何も見えてねぇくせに……いっちょ前に……っっ。


 表面上でしかモノを見ない言葉にただただ怒りしかなかった。自然と田岡の頬がプルプルと揺れだしていた。草薙との交わした言葉が脳裏を過った。火神恭弥という人間が背負っている重責。ブラックユーモラスを分裂させずに存続するためとった苦渋の決断。


『家できっと嫁に泣きついてんじゃねぇの』『たしかにアイツ嫁の用事でよく休むしなー』『くやしいーよ、ボク銀翔に負けちゃったって』『アハハ』


 ――いくらなんでも、そこまで……


 耐えていた田岡のコメカミがブチっと音を鳴らした。火神ことだけならいざ知らず、その事情を何も知らぬ愚かな侮辱。異世界での呪いの影響により動かなくなった脚。


 ――いうかッ。


 その苦労を何も知らない者達。


「てめぇ……らぁぁ………」


 ソレを治すための治療をずっと火神たちは探していた。異世界から帰ってきてから車いすでずっと過ごす彼女のことを想ってとっている行動を、侮辱する心ない言葉の数々を許せるわけもない。科学がどれだけ飛躍しようと氷彩美の体が歩けない身であることの意味を知らぬ者達に、田岡の目頭が充血するほどの怒りを覚えた。


 ――そこ、ま、で……だァッッ!!


「いい加減に―――っ」


 だが、その熱が一瞬にして視界の隅で捉えたものに冷まされる。

 

 ――聞いて………


 視界の隅から黒い影が消えていく。火神を侮辱していた者たちは近づいていた田岡にふと目を向けてなんだと視線をぶつける。それでも、そんなことすら気にならなくなっていた。


 ――火神さん……。


 扉の向こうに火神の姿が見えたからだ。


 すぐさまにソコに立っている者たちを押しのけて


『どけッ!!』

『っ……なんだ?』


 田岡は火神の影を追いかけていった。



《つづく》

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