第179話 思い通りになど未来《ミライ》へは進めない

『ォォオ……オォオ……』


 白き炎を見上げ鳴く声は、あまりにも弱弱しく悲痛な声だった。先ほどまでの威勢、威厳など、微塵も無く、強さは捨てた。猛々しさは無く、高く脆い細い鳴き声。頂点に君臨した面影もなき負け犬の遠吠え。


 ただ、高く弱い声は――遠くまで響く。


『ォォオ……オォオ……ォオオ』


 まるで助けを願うように届く、自分の危険を知らせるように。


 異界の王の敗北が迫る。


 ――終わったのか……

 

 呆気にとられる黒服たち、戦いの決着が訪れた錯覚におちる。武器を握る手が僅かに緩む。助けてと命を希う無様な姿、脚が一本切り落とされただけの苦痛に負けて、赤子のように助けを求める鳴き声。


 頭を過る、呆気ない幕切れ。


 だが、田岡は遠くの異変に気付く。ずっと助けを求めていたのだ。王は命を失う恐怖に負けて赤子のように鳴いたのだ。自分の身の危険を知らせるために赤子は鳴くのだと。


 ――瓦礫が……動いて……


 カタカタと動く京都の街の残骸。無機物が自然に揺れるわけもない。王の鳴き声に共鳴するようにカタカタと動いているだけだ。その声で何かを起こそうとしていた。


「まず……いッ!」

 

 誰に向かって異界の王は助けを求めていた。


「ッッ―――!!」


 ――脚が……っ。


 事態を把握し動く瓦礫へと向かおうとした田岡の脚が前に出ない。行かねばという気持ちと裏腹に体がいうことをきかない。耐えていた緊張の糸が僅かに切らされたことに起因し疲労が浮かび上がる。


 ――こんなときに、ッッ!!

 

 王との撃ち合いを耐え凌いだ体は回復されようとも削られていた。自分には届かぬ瓦礫を睨みつける。動いていく瓦礫の残骸は白き炎の方向へと流れていく。ひとつまたひとつと、数を増やし、群れとなり一斉に火神恭弥の方向へと動いていく。


 周辺の慌ただしい音に黒服たちが目を向ける。


 ――なん……だ……?



 王が鳴いたのは、王が助けを求めていたのは――



【ずっと先頭を歩く背中を見てきた者達は、何を想う】

 

 異界の王の背後をずっと歩いてきた者達、砂漠の大地を望む者達。助けてと鳴く声に呼応する。王を失うことを自分たちの危機と捉えるその脚は、一斉に動き出す。いま、王の為に動かなければと集団は一つの意思となり群れをなし牙をく。

 


「……まだ、生きてやがったのか!?」



未来さきは暗闇だった、誰もが彼が歩く道がどこに向かっているのか分からなかった。それでも、彼の背中だけは後ろを歩く者達に見えていた。始めは分からなかった。その彼が目指す先に何があるのかと、彼が何を願っていたのかなど。彼へ悲嘆するものもいた、彼に失望する者もいた、離れる者達もいた】


 誰もが王の勝利を願う。彼の後ろをずっと歩いてきた。彼が創り出す世界を望んだ。人もなく、自然もなく、ただ灼熱の砂の大地を望み続ける。


「くそがぁ……っっ!」


【仕方がないことだ、どこまで行っても彼がどこに向かっているのか見えず耐えきれない苦痛が後ろにいる者達を襲ったのだから。その背中に問いかけても何も返ってこない、前は暗闇なのだから。そして、泥濘ぬかるみに足を取られ身動きがままならないストレスの蓄積】


 一つの世界を制覇した軍団が動き出す。

 

【思い通りになど未来ミライへは進めない】


 ただひとつの意思を持ち、命を懸ける覚悟を纏い、


 ――の行進が始まった。



《つづく》

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