第168話 自分を捨ててまで、守りたかったもの
白き炎は燃え続ける。火神恭弥の怒りを再現するかのように大きくうねりを含んで燃え上がる。脳に焼き付くような電流が流れる。体から上る白い蒸気で蒸し返りそうになる。体温の上昇により細胞が死んでは生まれてを繰り返す。
「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアア――」
遺伝子の三重螺旋が激しく回り始める。
痛みに抗い続けるように叫びをあげた。櫻井を前に出した時とは比べ物にならないほどの大きな炎を創り上げて維持していく。異形で異質な炎。この世に存在するわけもない
欲望に似たものだ。欲を出し過ぎれば身が
自分の出した異形の炎に灼かれて身悶える。抗った先にある、亡ぶ運命。
憧れの背中を追い続けた火神恭弥の人生に障害があった。
突然、背中が一つ見えなくなった。その件でオロチに迫った。
『オロチさん……もう一回いいですか?』
『晴夫はブラックユーモラスをやめた』
ずっと中学時代から着いてきた男の失踪により暗闇が彼を覆った。理由など何も聞いていない、聞かされていない。ずっと追い続けてきたのに訳が分からないことが悔しかった。
『晴夫さんが……作ったのに、なんで』
悔しかった。何一つ相談もなく、考えも分からぬままいる自分という存在。ずっと見ていた、見てきたはずなのに、何一つ手掛かりも掴めず、終わりを迎えた。ずっと過ごしてきた居場所が音を立て崩れ始めた。
『で、俺も少ししたらやめる。アイツがいないならオレがいる意味もない』
『なんなんだよォッ!!』
気づけば叫んで、怒りでオロチの胸倉を強く両手で掴んで壁に叩きつけていた。
『離せ……火神』
『離さねぇ! ふざけんなよッ!!』
ソレはオロチに対して、出会ってから初めての反抗だった。
『アンタ達がいたから、着いてきたんだッッ!!』
ずっと追い続けてきた想いが溢れる。先の見えない道だとしても二人とだから信じて着いて来れた。幾度も迷ったりしたことはあった。それでも、がむしゃらに火神は着いて行った。
『アンタ達がいなくなったら、俺たちはどうすりゃいいんだッッ!!』
晴夫とオロチと比べれば平凡な人間だった。二人のような強さも無ければ二人のようなカリスマ性もないと自覚をしている。天性で持ち合わせている者達と共に歩むのには人知れない苦労があった。
『アンタ達に憧れて着いてきた、他の奴らをどうする気だッ!!』
いつでもブラックユーモラスの事を一番に考えていた。
『気抜いてんじゃねぇぞ……』
『すいません、火神さん!!』
憎まれ役も自分から買って出ていた。自由奔放なトップである晴夫。無関心で規則にしばられないオロチ。誰にでも優しい銀翔衛。だからこそ、自分がブラックユーモラスという団員の気を絞めなければならないと厳しい事を言い続ける汚れ役を買って出ていた。
そのせいで、仲間から後ろ指をさされ陰口を言われることもあった。
『助かってるぜ、火神ちゃん』
それでも、火神は満足していた。
『お前が隊の心構えを引き締めてくれてることをこの俺様はよーくわかってる』
ただ頭をくしゃくしゃと撫でられ、軽い言葉を投げかけられる。
それでも理解してくれている存在がいる。それで火神は満足していた。
『テメェラァ、しっかりヤレェエエエエエ!!』
カリスマ性を持ち合わせている人間がいる。そういう風には慣れない。自由奔放にやっても自分じゃ上手くいきっこない。あの二人のようには出来るはずもない。
自分は凡人であるのだから。
それでも良かった。
先頭を歩き続けるのは二人でなくてはいけない。自分は分からなくていい。晴夫とオロチという光の道しるべがあればいい。この先は誰もが到達しなかった未来がある。
その確信が火神恭弥にはあった。
だからこそ、後ろで誰もはぐれない様に自分が見張ればいいと役割を見つけた。誰よりも二人を信じ、自分が誰よりも汚れても構わない。誰よりも厳しく、誰もが着いて来れるように鍛え上げる。
『腑抜けてんじゃねぇぞ……』『舐めてんのか!!』『ふざけてると死ぬぞ……テメェ』『殺されなくちゃ、分かんねぇのか?』『あん?』『こっちコォイイいいいい!』
仲間に数え切れぬ罵声を浴びせた。それでも、火神恭弥はちゃんと見ていた。
晴夫とオロチが前だけを向けるように、自分が後ろの全員を見なくてはいけないと。欠けることがないようにと。同じ道しるべとゴールを目指す仲間たちを導くように。
だからこそ、その仲間たちを見捨てるのかとオロチに声を上げた。
しかし、
『お前らに任せる。あとは好きにしろ……』
自分の両手を引き離して遠ざかっていくオロチに火神は何も言えなかった。言いたいことは山ほどあった。それでも口が動かなかった。頭が真っ白になりそうだった。追っていた背中は見えなくなった。
『あんだ……ヨォッ……』
目の前には白い壁だけが見えた。
『あんだ……ヨォッ……』
そういう人間たちだとは分かっていた。自由気ままで何かに束縛されることはない。眼を離せば見失いそうになる背中。それでも必死についてきて、ついてきた。挙句の果てがこれなのかと怒りが口からあふれ出た。
始まりの英雄と呼ばれるようになった。ブラックユーモラスという団体は国で認められ、栄光を極めた。彼らが救ってきたものは大きい。その寄付が全国から寄せられるほどに。
やはり、自分の眼は間違っていなかったと錯覚するほどに。
涼宮晴夫と山田オロチはカリスマなのだと。
そのすべてが間違いだったと認めることが、
自分のやってきたことが否定されることが、叫び、
『ナンダヨォオオオオオオオオ!!』
涙が零れ落ちるほどに悔しかった。
それでも、ブラックユーモラスを続けることにした。
晴夫がやめた理由は分からない。晴夫がいないからオロチがいないのだと。ならば、その英雄たちが帰るべき場所を残して置くのが自分の役割なのだと。また、二人と続きを歩むためにブラックユーモラスを存続させなければならないと。
『なんで……火神さんじゃないんだ?』『おいおい、それホントかよ……?』
しかし、選ばれなかった。
『次の……代表って』『晴夫さんとオロチさんが選んだのって……』
自分が一番に考えていると自負していた。好きにしろと捨てていく二人よりもこのブラックユーモラスという居場所を大事に思っていた。仲間たちの今後のことを必死に考えていた。
『銀翔さんを……トップとしてって……』
乾いた笑いが零れ出た。そういうことかと。
――実力が届かねぇ……。
横に並び立つ銀髪の優男が二人に選ばれた。ブラックユーモラスを立ち上げる時に誘われたのは銀翔が先だった。その時に自分は能力など持ち合わせていなかった。しかし、銀翔衛という男も同じく異世界にいってないとしても別格だった。
――届かねぇんだ……よっ。
誰よりも見ていたから違いなど、分かる。
横にいる銀髪は普通ではない。あのカリスマの二人と同じく異次元の何かだ。それでも追いつこうと必死にランクを駆け上がってきた。だが、トリプルSランクという壁は大きく立ち塞がる。
『火神さんがトップじゃないなんて可笑しいっすよ!!』『晴夫さんとオロチさんの後を務めるのは火神さんしかいない!!』『抗議しましょう!!』『団員たちだって分かってるはずだ!!』
――ちげぇんだよ……。
彼を理解する団員たちは必死に抗議の声を上げようと火神を誘った。彼の理解者もそれなりにいた。どれだけ罵声やキツイ言葉を使おうともソレが何を思ってなのか。
『『『『ここまでブラックユーモラスを育てたのは火神さんだって!!』』』』
分かる者達には分かっていた。
ブラックユーモラスの内部は二つに別れ始めた。
――違うだろ……。
賞賛と信頼の声が浴びせられたが、そんなモノを火神恭弥は求めてなどいなかった。こんな分裂など望んでいない。こんな事など何も望んではいない。
コレが最悪の結末だとしても彼は抗う。
『テメェラ、よく聞け……』
自分が先頭に立って歩きたいわけではなかった。あの二人に着いて行きたかった一心だった。それでも仲間たちを見捨てることなど選べるはずもなかった。自分がいなくなれば、この仲間たちはどうなると。
『このブラックユーモラスは、ナァアアアア』
今ここで、隊が政治的な問題で分裂することでどうなる。
『涼宮晴夫と山田オロチ! 二人の始まりの英雄が創った最強の自警団だ!!』
彼は、誰一人欠けることなく、黒服たちがこの先の未来を見れるようにと。
『その二人が決めたんだ……次は銀翔衛で決まりだ』
願ったんだ。
その事に一番悔しさを覚えたのは誰でもない、火神恭弥だ。二人に選ばれなかったこともそうだ。銀翔衛というライバルとの差があることが、火神恭弥が一番悔しかったことだ。
『もし、これに異論があるっていうなら!』
それでも、悔しさと別に火神恭弥は冷静に判断を下す。
『ソレはブラックユーモラスへの裏切りだ!!』
悔しくとも、一番ブラックユーモラスへの愛があるからこそ火神恭弥は苦渋を飲んで決断をした。ここで隊が分裂すればブラックユーモラスという居場所を潰しかねないと。
『文句があるやつは、俺のところに退職届を持ってコォイ!!』
その火神の演説でこの騒動は銀翔衛をトップとすることで淡々と進むこととなった。それでも、火神の意図をちゃんと理解している者もいる。
『今のブラックユーモラスを創っていくのはワイらや』
いまは亡き草薙総司には分かっていた。
『そして、二人がいなくなった後のブラックユーモラスを守ったのは、』
誰よりも悔しい思いをしていたのは火神恭弥だと。
『誰でもなくかがみんや』
ブラックユーモラスを守るためだけに自分を捨てて来た男だと。
《つづく》
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