第167話 託された能力《チカラ》
「アアアアアアアアアアアアアッ―――!」
限界を超えていくイメージは火神の脳を容赦なく痛めつける。能力は創造だ。無から始まり、人間を超越する為の代償は確実に肉体を蝕む。この世に存在しない白き炎を生み出し、留めながらも大きくしていく。
より激しく、より熱く、より大きく。
目の前の巨大な異界の王にとどめを刺すが如く。
周辺の大地にある草木は燃え焦げ落ちていく。その熱は火神の体を襲う。
普通の人間であれば、焼け焦げ
汗が止めどなく溢れ落ちる。一呼吸するたびに肺が灼けるほどに熱が籠る。
「ウァァアアアアアアアアア!!」
猛り狂ったような叫びをあげ、火神恭弥は創造を持続する。これは神が与えた自分の火だ。その熱が消えない限り抗い燃やし続ける。ソレに呼応するように火神の頭上にある炎はメラメラと燃え盛る。
【消えぬ火を持つ男よ……その身を焼かれて】
火神の姿にシヴァが席を一人立ち上がる。
【なのに、貴様は……っ】
パールヴァティーは主人の緊迫した表情と驚きの姿を見つめ続けた。自分には分かりえないことがシヴァにはあるのだと。それはシヴァしか知らない過去。
『このオレが……シヴァ神ともあろうこのオレが……』
火神と出会い、人間などというかような存在にあてられたことに
親指を一つ噛み、火神恭弥という男に浮かされた自分を自制する。
『あの程度の火で何ができる……』
弱弱しい火を見た。氷壁に閉ざされた消えそうな火。そんな陳腐と言える能力。だが自分を動かした男への予感が邪魔をする。小さくとも神を動かすほどの内に持つ熱量、ソレが渡した力だ。
『ここは……?』
女の声にシヴァは反応を示す。これだと思った。シヴァ神は女を見て理解した。黒髪の東洋人。先ほどの男と何かしらの関係を持つ者だと理解した。
親指を噛んでいた苛立ちは消え失せた。
『よくぞ、来た』
女を前にコレは
『貴様に、このシヴァが
女は瞳を輝かせる。これが噂に聞いていた異世界転生というモノかと。神を疑いもしなかった。その時、シヴァという神が何を想い嗤っているのかと。そのたくらみなど知る由もなかった。
シヴァは女の願いなど一言も聞かなかった。
あらかじめ、渡す能力を決めていた。
あの忌々しい男の火を消すための能力を渡すことを――。
そして、シヴァは男と女を過酷な世界へと飛ばすことにした。
それは神を動揺させた罪を償わせる為の異世界という舞台。あの目つきの鋭い男が困り自分に助けを求めたくなるような世界を用意することにした。
シヴァ神は気に食わなかったのだ。
神の傲慢さが
人の傲慢さに喰われたことが――。
だが、思惑は大いに外れた。その抗いの火は消えることもなく燃え盛った。
火神恭弥という男の火は炎となり業火と化した。
一緒に異世界を旅した女も知っている。
だから、彼女は心配ないと母に車いすの上から語る。
「昔の恭弥くんは頼りなくて弱っちかったかもしれません……」
ずっと一緒にいたから知っている。中学生のころから火神恭弥という男を見てきた。情けなく何もできなかった挙動不審な自信のない姿。それでも、変わっていった姿をずっと見てきた。
「でもね、お義母さん」
自分よりも昔から火神恭弥を知っている母に彼女はいう。
「恭弥くんは、高校から足立工業高校でずっとバリバリにツッパッテ来たんですよ」
およそ不良などには向かない人間だった。それでも晴夫たちと出会い火神は背中を追い続けた。行くあても見えぬ進む先へと。同じ不良として道を歩んできた。だから、彼女は自慢げに指を一本立てて母に語る。
「ツッパルって、いうのは……」
その道を辿ってきたが故に今の火神恭弥がある。少年が憧れた背中に間違いなどなかった。ソレは二千年と同時に証明された。その二人は彼にとって道しるべであり誇りだった。
火神は、
『始まりの英雄』と呼ばれる者たちを
ずっと追ってきたのだから――。
「――自分が納得できない不条理に抗うことですから!!」
諦めを受け入れながらも抗う意思を
自分の中に宿る火が消えぬように、どれだけの絶望に遮られようとも、
譲れぬ火を燃やし続ける。消えそうで消えぬ火を灯し続けた。
始めは弱弱しくも、次第に大きく燃え盛るようにと。
【なにゆえ、抗い続けることが……出来るッ!!】
シヴァの中で悔しさが込み上げた。渡した才は弱弱しい火でしかなかった。それでも、何かを感じていた。火神恭弥という男に何かを感じさせられていた。ソレを傲慢で見誤った事実を受け入れることが神は悔しかった。
【シヴァ様………】
歯を食い縛り、四つの拳をこれでもかと握りしめた姿にパールヴァティーは初めての姿を見る。気分屋に近い神であり、万能の化身として最高神を務める夫の後悔する姿など見たことがなかった。
――恭弥くんを守って……
――私の
異世界で彼に渡した自分の能力が彼を守ってくれることを。それはシヴァ神が悪戯に渡した火を消すための能力。その抗いの火を滅するために与えた相反する能力。神の浅はかな考えが生んだ偶然。
その能力は、その男に見えた火を遮る壁だった。
その抗いの火を閉じ込めておく、能力。
「アァアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――!!」
火神の体から、大地から、白い蒸気が上がる。炎生み出す腕がパキパキと奇怪な音を立てて薄く光るものが零れ落ちていく。女の能力は火神を守る。火を抑えるのではなく、その火で己が身を焼かないように防護する。
火神恭弥が神から授かった能力は、異世界で一つだけだった。
シヴァの気を害したことで過酷な異世界に飛ばされた二人。その時に彼女は車いすの生活を余儀なくされるほどにダメージを負った。足の感覚がなかった。動くこともままならなかった。足は二度と上がることはなかった。
だから、彼女は彼に託すことにした。
『動けないや……火神くん、使って。私の
その氷の能力は――戦うことを諦めた彼女から託されたものだ。
ソレはシヴァの悪戯が招いた偶発的な事故だった。火神に一つだけの能力しか渡した記憶はない。それでも彼女に渡すべき能力を神は勝手に選定した。能力はその個人の本質に基づくものだという原則を無視したイレギュラーの結果だった。
彼女に渡した氷の能力は、元より火神恭弥という人間の本質。
その抗いの火を抑えつけるための監獄。
だからこそ、その能力はあるが元へと奇跡的に戻った。
その氷は防御に使われる。その氷は火から自分を守るために使われる。
不条理に対して、巨大な燃え滾るような熱き抗いの火に、
自分が
相反するが故に反発するように、諦めという氷壁が、
火神恭弥の不条理への抗いの炎を飛躍させていく。
「アァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
一つの体に宿るのは二人の能力。
火神恭弥を生涯支え続ける伴侶、
主人公である火神恭弥の力を最大限に引き出していく。
《続く》
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