第169話 反逆の炎と守る氷の関係性
ブラックユーモラスの内部分裂を防いだ日、火神はトレーニングルームで一人息を上げていた。汗が流れ落ちて音を立てる。
――俺じゃ……届かねぇ……。
晴夫やオロチのような強さがなかった。
――アイツに……ッッ!
銀翔衛のような特別な才を持っていなかった。足りないモノばかりだった。
悔しさで歯がぶつかり合い削り音を立てた。
火神は銀翔衛が二人に選ばれたのが当然だと納得している。何よりも自分が明確に劣っていることは分かっていた。トリプルSランクに届かない自分。ダブルSランク止まりだった。
その差は大きい。この黒服が最強の証であるならば、
上に立つ者に求められることは決まっていると、
無理やりにでも、
自分に言い聞かせて悔しさをねじ伏せ火神は納得するしかなかった。
『恭弥くん、お帰りなさい』
『なんだ……まだ起きてたのか?』
夜遅く家に帰ると玄関前に妻が車いすで待ち構えたように佇んでいた。仕事でのことなど何も感じさせないのが日常だった。ただ強がって何があろうと、乱暴に言葉を返すのがいつものことだった。
『恭弥くん、ちょっと後ろ向いて』
『なんだよ……』
『いいから、私に背中を見せて』
なにを言われてるかも分からない、火神。それでも二度もいうからには何かあるのかと、妻の要求に従うように玄関で背中を見せる。ドアを向きながら疲れているのか、自然とため息が出た。
『ていっ!』
『なっ……つぅ!?』
背中に衝撃が走った。予想外の事態によろめき目の前の玄関に頭を打ち付けた。ダメージなどというものはないが、舌打ちをひとつ入れて妻を睨みつける。
その視線の先で、
火神の怒りを受け流すようなヒロインの表情が待っていた。
『立派な背中……』
自分の背中を叩いたであろう右手を見て、ふむふむと頷き、
『漢の背中だ! イイ背中!!』
満足げに車いすから自分に向けて指をさしている。
『なにいってんだ……てめぇ?』
何を意図しているのかも分からない妻の奇怪な行動。
『まだ起きてたのかじゃないよ、漫画家を舐めるでない!』
『はぁ?』
『いま起きたところでこれから原稿を書き上げるところであります!』
『なんだ……それ』
テンションがやたらに高い嫁の行動に火神は玄関に座り込んだまま怪訝な表情を浮かべた。いま起きた人間にまだ起きてたかといったことを怒っているのかと、思いながらもどこかつっかえる。
そんな火神を他所に車いすを動かして、氷彩美は仕事場へと向かう。
それでも、仕事場へのドアを前にして僅かに止まった。
『恭弥くん……』
彼女はこの日に火神に何があったかを理解している。先刻、草薙から電話があり火神が悔しい思いをしたことを知っていた彼女は何かを言わずにはいられなかった。
晴夫とオロチがいなくなったことも知っている。
銀翔衛というライバルに欲しかった地位を譲ったことも――。
『背中は見ようと思っても見えないんだよ』
自分がそんなことを知っていると口に出してしまえばプライドの高い火神の性格からして傷つくことを分かっていた。だから、彼女は言葉を慎重に選んだ。
『自分ではね……』
氷彩美が残したその真意を火神はいまだに分かっていない。気づいてしまえば簡単なことだが火神は気づかなかった。たぶん、どこかで劣っていることを認識していたからだ。
晴夫とオロチと銀翔と比べて、三人と比べて自分は劣るのだと。
――恭弥くんは自分のことを惨めだと言うかもしれない……
そんな火神の本質を火神氷彩美は見抜いていた。
――けどね……そんな背中じゃないよ、
ずっと見てきたから分かってると彼女は空に微笑む。
――恭弥くんの背中は……
【お前の中にあった氷は……】
「ァァァアアアアアアアアア――!!」
火神が作り出す炎にシヴァは真理を見る。当初見たあの弱弱しい消えそうな一抹の火が信じられない程に大きくなっている光景に神の瞳を奪われた。自分の思い違いがソコにあったのだと気づかされた。
もはや、閉じ込めておけるわけもないほどに膨れ上がった抗いの白い炎。
【諦めではないのか……抗いの火を閉じ込めるためのものではないのか……】
そんなものを掲げれば焼き殺されて可笑しくない。それでも、身に余るほどの熱量を上げ続ける。そのために無くてはならないものだと気づかされた。
元より、閉じ込めておかなければいけなかっただけだったと気づく。
その火に自分が灼かれないように、自分の身を守るために必要な防御。
【より一層強い……】
より強く、反逆の抗いの火を上げるための相反する能力。
【炎を上げる為に必要なモノだった……のか……】
この時、初めてその事にシヴァは気が付いた。
なぜ、諦めの氷の中で火が燃え続けていたのかということに。
「全員、まだ気を抜くなよッッ!!」
戦場で田岡の声が激しく上がる。巨大な空島を叩き落として当てたがそんなもので倒せる保証はなかった。その声に反応するように叩き落された大地がひび割れていく。
――気なんか……抜けねぇっての……。
その声に黒服の鎖使いは思った。
――気なんか抜いてたら……俺たち、どうなるよ。
その思いを繋ぐように槍使いが駆け出す。
空から落ちたはずの大地が逆に空へと舞い上がる。舞い落ちる大地の破片の奥で甲冑を着ている巨体が小刻みに震えていた。槍が光を帯びていく。一瞬でも気を抜けるような状況ではない。
「ギィィォオオオオオオオオオオオオオオオオ――!!」
怒髪天を突くような異界の王の咆哮が鳴った。幾重にも重ねた黒服たちの攻撃が効いていた。これほどの反逆を受けたことなど生きてきて初めての侮辱に値する。だからこそ、王を命の限り吠え上げる。
普通であれば王の威嚇に多少は怯みを見せるのかもしれない。明らかに怒りを露わに攻撃性を増した奈落の怪物。そんなものが怒り狂い暴れようとしている方向へと走っていく。
――背中に感じるんだよ……。
黒服たちは違うことに、見えないものに、意識がいっていた。
目の前の王よりも見えない背中側に何かを感じる。
――ひりつくような感じをひしひしとな……
王の風格を超す何かの感覚が背中にこびりついて離れない。
――あの人に見られてるって、思うとな……
怒れる異界の王へと向かう脚はその感覚に引きずられて加速を上げていく。
――気なんか一ミリも抜けねぇんだよッッ!!
「「「ウ、ラァアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――!!」」」
相手の怒りを消すように雄叫びを上げ黒服たちは向かっていく。
《つづく》
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