第161話 希望の炎は爆炎となり絶望の闇に反逆を

 花宮が気づく前に櫻井に起こった変化。


 ミカクロスフォードの死を直前にして櫻井の思考は絶望に堕ちていた。動ける状態ではなかった。また自分の目の前で誰かが死ぬ光景を運命だと亡霊が囁いた。


 ――俺のせいで……誰かが死ぬ。


 これは自分が招いた悲劇だと櫻井は絶望に堕ちていった。


 豊田に狙われていたのは自分だと。


 その狂った思考が櫻井に変化を齎し始めた。


 ――俺が死ねばいいのに……俺だけが……


 自虐の念が強まっていった。全ての元凶が自分であるならばと自分の生を呪い始めた。それがトリガーとなっていく。絶望に堕ちていく、人のかげが心に差し込んだ。右腕が黒き亡者の腕に巻きつかれ染めれていくことにも気づかなかった。


 ――弱い……俺が死ねばいいのに……なんで…


【ニクイか?】


 亡者たちの誰のものとも分からない声が櫻井だけに聞こえた。

 

 ――俺は俺の弱さが憎い……


 外ではミカクロスフォード達が動いているのに櫻井には何も見えていなかった。その声だけがはっきりと聞こえていた。だから、櫻井はその声だけに答えを貸した。


【チガウだろ……】


 ――何が……ちがう?


【オマエがコロスんだ】


 ――…………


【ニクイのなら、オマエの手でコロセ】


 ――だれ……を……。


【……アイツだろ】


 その声が指し示す方に櫻井は顔上げた。金髪の後ろ髪を通り越した先に見えた機械の頭部。その赤い瞳がやけに目についた。亡者の声を聴いていると心が苦しくなって、染められていく感覚になっていた。


【オマエがコロセ】


 ――豊田を…………


【ニクイのなら、コロセ】


 ――おれが……ころす。


 空っぽだった心が満たされていく感覚に襲われた。亡者の声がすんなりと心を黒く染め上げていく。何も考えられていなかった思考が乗っ取られていった。そうしなければならない気ですらしてきた。


【ヨワイ……オマエの】


 その櫻井の変化を楽しむように亡者の声が語る。


【トクイなコトだ、イマサラ忘れるなぁぁ……っ】


 幾重にも異世界で汚してきたのだろと問いかけるような声だった。


【ナンドもナンニンも――】


 全てを見透かし櫻井がしてきたことの罪を分かっているような声だった。





【コロシテきたじゃないかぁ……ぁぁぁあ】




 いまさら綺麗ごとに染まるなと囁き惑わす声だった。お前の原点はソコにあったのだろうと責め立てるような死人の声。それだけが時が止まったような世界で櫻井に語り掛けていた。


 右腕が黒く亡者に染められるのはあくまで心象風景に過ぎなかったはずだった。


 櫻井が作り出した罪の意識の産物でしかなかった。


 その意識が櫻井の目覚めた能力で混ざり合い反応を示す。


 どす黒く漆黒の呪力が輝き始める。


 ――俺が殺してきた……全員オレが……


 デスゲームで相手にした者達の顔が走馬灯のように脳裏を過った。ゲームに負けて死につながる罰を受ける相手の顔を忘れるわけもなかった。誰よりも一番近くでソレを見ることになったのだから。


 ――このオレが……


 相手をしていた櫻井がソレを特等席で目に焼き付けていたのだから。

 

 櫻井の体は自然と立ち上がっていた。右頬に痛みが走った。進藤流花の亡霊が、デスゲームで倒した相手の死人たちの声がピエロの記憶の改ざんを始めた。その記憶は櫻井にとって、受験時に支えになったものだった。


 セリフが切り取られ、彼女の口調は亡霊の声がする。



 弱かった自分の心に炎を灯した進藤流花の願い。黒崎嘉音との戦闘で櫻井を鼓舞したヒロインとの懐かしき記憶。その記憶に砂嵐のようなノイズが流れ、


『強くなって……お願い……はじめ』


 書き換えられていく。


『はじめに欲しいの……』


 彼女の言葉に反応するように自然と漆黒の右手が拳を作った。殺す相手は見えている。目の前でミカクロスフォードを弾き飛ばしたクロミスコロナを狙おうとしている。


『お願いだから――』


【ニクイだろ……コロシタインだろ?】


 ――あぁ……憎い。俺はアイツが殺したいほどにニクイ……

 

 二つの声だけを聴きながら右手の拳を握りながら表情はなくなっていた。声に支配されながら、豊田が田中を殺したという事実だけが頭に残っていた。悲しみが消えてなくなっていった。


『弱いままで……』


【コロセ……同じようにウバエェ……】


 ――アイツをコロス……オレの手で。


 誘導されるように憎しみと怒りだけが櫻井の感情を支配していく。その時にはもうやるべきことが櫻井の中で決まっていた。その左腕が豊田に向けて上げられた。骨に到達するように刃が到達したが、何も感じていなかった。


「お前の狙いは……」


 いや、感じてはいけないしソレを表に出してはいけないと経験が知っていた。亡者たちが囁くようにその世界の住人だった。殺し殺されが当たり前だった。その答えを進藤流花の亡霊が口にする。


『デスゲームなさい』


 ――殺すッ!!


「俺だったはずだろ――――ッッ」


 右腕が豊田を殺す勢いで殴りつけていた。


 だが、豊田の防御力が高かったということもあり、


 その体を吹き飛ばす程度に至った。


 そこから櫻井は倒れてる豊田に向けて言葉をかける。


「豊田、お前の望み通り俺が相手してやる……」


 絶望を前に希望の灯が怒りを燃料に燻り始めた。


廃棄処分スクラップになる覚悟が出来たら、」


 櫻井の変化に誰もが戸惑った。



「立て」



 いつもヘラヘラしている男の表情は見たこともなく、冷徹に感情を失ったような瞳を持つ。その凍り付くような雰囲気を纏うピエロの豊田に向けた殺気が漏れ出ていた。


 胸に見えない殺気の剣が突き刺さる死に近い感覚。


 ――この、スーパースターである大杉が……っ。


 アルフォンスの筋肉がビクッと跳ね上がる。


 ――マッスル……さみぃっ。


 右腕だけが漆黒の光を纏う。それは陰陽の陰の気。


 ソレは櫻井がマカダミアの受験時にシキから使うことを止められた力に他ならない。陽という光が希望を表すのであれば、陰という影の気は絶望を示す。田中の死が招いた絶望に堕ちた櫻井の気が変化を示した漆黒。


 ――まったく……蓮ちゃん……っ。


「いたた……っ」


 ダメージを受けた花宮は一人トイレの個室で頭を振るう。豊田の顔の装甲がまばらに砕け落ちている。顔面へのダメージが突き抜けたの感じた。だが、「ふっ」と女は嗤った。


 ――こんな能力があるなら言っといて欲しいんだけど……


 豊田の視界を通してみる櫻井。その右腕の黒き光はなんだと。


 それ以上に達成感を感じざる得ない。櫻井の実力の隠ぺいを暴くことが目的だったのだから。このダメージ量でも分かる。他の者たちとは明らかに違う。それに何よりいま目の前にいるのは先ほどまでとは見違える。


『最初は取るに足らない男だった』


 ――確かにそうだけど……


『ソレが途中から変わった』


 蓮の報告を思い出しながら、いま目の前にたつピエロの本領を見定める。


 ――変わりすぎでしょ……これがアノ櫻井ちゃん??


 ゴーグル越しにも伝わる殺気。ソレも研ぎ澄まされた切っ先を向けられているような雰囲気。何より何も読めない表情が気がかりでしょうがない。ただただ美しくどこまでも冷たい。


 ――それに黒い右腕……


 観察すればするほどに同一人物とは言い難い。


 ――攻撃力が跳ね上がってる……。


 豊田と拮抗していた力が呪力により離されていることが体感で分かる。花宮だからこそ分かる異常性。跳ね上がる質が他とは別種。一撃の重みが違う。頭部の損傷の自動回復が機能しない。


「あはは――」


 思わず笑ってしまった。

 

 ――やるじゃん……。

 

 ソレが目的を達成した高揚なのか、異常に対する見解によって生まれたものなのか判別など出来ない。でも、花宮の中で確信に変わり始める。櫻井ハジメという存在は普通ではないのだと。


 ――おもしろいッ!!


 その意思を受け取るように豊田の体が立ち上がっていく。

 

 その姿を受け取り、静かに櫻井は構えを整える。豊田が立ったということは覚悟を整えたのだろうと。憎しみや殺意が胸をざわつかせる。それでも、櫻井は表情を冷たく整えたまま、足を引き、腕を構えていく。


 その姿に大杉聖哉は――


 ――美しい……。


 教師の美川と同じような感覚に陥った。


 ――この……大杉聖哉が……っ。


 否定したくともどこまでも洗練された構えは無駄がない。力があるものは会得などしない。だが、弱き者たちによって磨かれたソレは芸術に近い。


 数千年と進化をつづける叡智の結晶。


 ――櫻井ごときの構えを……認めざる得ないなど……っ。

 

 いくつもの時代を経て築かれてきた武というものを習った証。


「マッスル……ビューティーフォー……」


 眼を奪われる者たち。櫻井から強さが滲み出ているを感じた。


 強さは雰囲気に出る、姿に出る、一つ一つの所作に宿る、


 そして、構えに出た。


「さぁ、始めてやるよ……」


 豊田が立ったことで櫻井に迷いはなくなった。かかってこいと前に突き出した左手で敵を煽る。ここから先はオレとお前の戦いなのだと言葉が飛ばされる。その姿に宿る殺意は静かに豊田を通して、後ろで操っている六道花宮を貫く。




 燻る怒りに火が付き、殺したいと怒りが燃え上がる。





 まるで、ソレが伝搬するように京都へと届く。


「あぁー……街を守ってたのに台無しじゃねぇの……」


 黒服たちの通信機を切らずに独り言のようにぼやいている。


 それを聞いて黒服のメンバーたちは理解し始める。


 コレは、アレだと――。


「瓦礫の山じゃねぇか……どうやって直すんだよ、これ?」


 声だけでも分かる。火神恭弥という男を過酷なトレーニングで嫌というほど知っているのだから。こういう時、火神恭弥という人間がどう出るかなど誰もが理解している。


 苛立っているのが分かるように拳を手の平に打ち付ける音が耳に響く。


「どうしようもねぇーな……ここまで壊されちゃ」


 街への損害を気にして氷の能力でカバーしていたのは見ている。その努力が無と帰した光景を前に火神恭弥が何を思うかなど周知の事実。


 静かな口調だが仲間たちは


 【キテル、キテル……】とわかっている。


 拳を一段と強く打ち付ける音が一発鳴り響いた。


 ――あちゃー……


 黒服たちは嫌な予感を覚えつつも、ほくそ笑んでいた。


 ――これは完全に……


 その男がそうなったら烈火のごとく手がつけられなくなると。


 ――キレてますね……。


「デケェ図体して……のさばってんじゃねぇーぞ?」


 ゆっくりと出されたその言葉は、とある魔物に向けられた怒り。そんな魔物がどこにいると探す必要もないほどに存在を誇示している。壊された街の中心でその魔物は遠くの山から殺気を受ける。

 

 ハッと気づいたようにその存在に頭部を向けた。


 ――こうなった火神さんは容赦ねぇぞ……。


 その反応を楽しむように黒服たちが自分の武器を握り直す。爆弾の導火線に火はついている。あとは時間の問題だ。その男が怒った時の手の付けられなさを体験した者達は知っている。


 ――ブラックユーモラスNo.2、火神恭弥を相手に


 その魔物が目にしたのは矮小な存在。山に劣る体を持ちながらも、自分の最大攻撃を直撃に近い形で受けた奇妙な黒を纏う生物。その男の顔には怒りの血管が浮き上がっていた。


 ――やっちまったよ……異界の王オマエ





 そして、その殺意に近い怒りのバトンは繋がっていく。

 

 ――オレを殺そうとしたってことはだ……。


 涼宮強は遠くにいるマウスヘッダーの王を細めで腕を組んで眺めて、状況を整理していた。考えるように視線を上に向けて殺されかけたということを念頭において考える。


 ――オレを本気でビームで殺そうとしたってことはだ……。


「アレだよな……そうだ、アレだ」


 戦場ヶ原では黒服たちがマウスヘッダーと戦闘を続けている。涼宮強という存在は無視されていた。というよりも、誰もが心配をしている暇がなかった。その異常を纏う少年が何を考えているかなど。


 ――成立したな……こりゃ。


「正当防衛成立だ……」


 口出す理屈など本心ではどうでもよかった。殺されかけた事実が重要なのだ。マウスヘッダーの王から受けた容赦のない攻撃。ソレが涼宮強に恐怖を与えたのだ。死んだかもしれないと。


「殺しに来てるんだから……殺される覚悟もあるってことで」


 こちらも、爆薬に火が付く寸前のことだった。


「マジで、死んだかと思ったんですけどー……」


 それほどに恐怖で心臓が跳ねていた。


 ビームに巻き込まれたときに悲鳴を上げるほどにビックリした。


「そのお返しをしなくてはな。やられたらやり返す、仇討ちです」


 静かに大地へと膝をかがめて、両手の拳を力強く音を立てて握る。自然と力を籠めすぎている顔は赤く火照り、血管を浮き彫りにする。ブルブルと段々と震えるのは爆発の兆候に他ならない。


 絶望に対しての希望の灯が怒りの火となり、


 三か所で爆炎と化す前兆。


 もはや、その怒りを止める絶望などこの世に存在しえない。




「アイツ、ハァアアアアアアアアアアアア!!」



 京都で火神の怒りが頂点に達した。


 怒りで降ろした足で大地を踏み砕く音がした。うひょーと大阪支部の数名が脅えるほどの熱気だった。これは始まったと思わざる得ない。通信機越しに伝わる怒号ですら委縮するほどの恐怖を植え付けられている。


 その男はキレたら何をするか分からない――。


 声だけでその顔がどんな表情をしているか分かった。


 生まれつきの鋭い目で完全にキレちまった眼光で




「―――俺がルッッ!!」





 相手を怒りで威圧しているのだと。


 そして、涼宮強も早かった。


 余韻など挟まずにその力は怒りのままに咆哮と共に




「ブチ殺ォオオオオオオオオオオオオオオオオスゥウウウ!!」



 脚に込めた力が解放され、瓦解した山をさらに削り飛ばした。ビームで飛ばされてきた方角に一直線に不吉な獣が弾丸となり宙を飛んでいく。その怒りの眼光をその場にいる誰よりも巨大な球状の魔物へと向けて。


 そして、


 静かだがどこまでも研ぎ澄まされた冷たい殺意と怒りが、


 一体の機械に向けられ続けていた。


「オレと豊田オマエの――」


『さぁ、始めよう』という言葉の先は決まっている。




「デスゲームを」




 それが櫻井ハジメの常套句に他ならない。


 だが、いままでのものとは一味違った。


 本気の殺意と憎悪を含むのその声は、ただ静かに冷たいものだった。


 三か所で希望の炎は爆炎となり絶望の闇に反逆を向けた。



《つづく》



 

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