第160話 三つの希望の怒りの火が燻る

が見えるってことは……」


 栃木の山から涼宮強が見た世界。そこにはあるモノが存在を誇示していた。まるで世界の全てを手にしたかのように聳え立つ巨大な球体。マウスヘッダー達の王がいる。


「――――俺は生きてる」


 それで涼宮強は確信する。


 光線で焼けた山の無惨な大地。


 そこに立つ特異点。


 衣服はボロボロだった。


 辛うじてん短パン程度の学生服だったモノが残っていたにすぎない。


「びっくりした……わー……」


 自己の生存を敵の存在で確認するその口元はニヒルに嗤う。大きく鳴り響いていた心臓が落ち着き始める。生きていることに安心したのではない、


 ――アイツ、オレを殺そうとしたよな……。


 恐怖の感情が別のモノへと変貌する兆し。





「テメェら……どうやら全員生きてるみてぇだな」


 京都でもあの男が目を覚ます。


 ――この声は……


 三嶋の制服についている通信機から漏れ出る男の声。淡々とした声だった。それが三嶋の心を揺さぶる。信じられるわけもなかった。あの一瞬を眼にしたのだから。


 ――火神さん……アンタ……。


 仲間を守るために防壁を展開する際に最前線へと飛び込んでいった男の生還。氷壁が壊れると共に一番近くにいたのは他でもなく火神恭弥に他ならない。


「ひとまず、テメェラに及第点をくれてやる……」


 通信機で声を聴いているからどこにいるのかも分からない。ただ淡々と語り掛ける声は平然としていた。京都一帯を瓦礫へと変えるほどの一撃を受けて、なおその声には威圧感が乗っている。


 仲間を守りながら戦い、


 おまけに平然と生還を伝える。


 それに三嶋隆弘の魂が激しく揺さぶられる。


 ――カッコよすぎんだよ……ッ!!


 その声は無事を伝えるだけではない。全員の生存をどこかで確認し終えたという伝達でもある。一番危険にさらされながらも一番戦闘をこなしているリーダーという存在の生存に興奮を覚える。


 火神恭弥にダメージがなかったわけでもない。


 火神恭弥は涼宮強と同じく周辺の山まで飛ばされていた。サングラスは消し飛んでいる、だがブラックユーモラスの制服だけは残っている。その最強の証は最強の自警団が誇る装備。その黒服の土埃をはたき落とす。


「あぁ……よくも、」


 視線が破壊された京都の市街地を駆け抜けていく。


「ここまでやってくれたじゃねぇーの……」


 その悪童の眼光は遠くにいる異界の王を睨みつけた。





【絶望を前にして人間は二種類に分かれる】




 ――ごめんね……恨むなら櫻井君を恨んでね。


 その声は謝りながらもどこか浮ついてる。トイレでゴーグルをつけた六道花宮は嘲笑う。その連動した機械の右腕からブレードが飛び出す。ミカクロスフォードの命を絶つ為に。


 ――ファイアボール!!


 貴族である彼女の誇りとは反する。詠唱なしの魔法。それでも、何もせずに死を待つことはなかった。どうにかと相手の視界を奪うかの如く、顔面を直撃させる。


 ――貰うよ……


 爆発しようともその勢いは止まらなかった。顔に当たった爆炎をかき分けて死を纏う機会がミカクロスフォードとの距離を縮めていく。ミカクロスフォードの視界に映る機械の顔に表情は無く、ただ不気味に赤い目を光らせる。


 ――たなか……さん……


 迫りくる絶望による恐怖が彼女を一瞬で凍り付かせた。


 ――その命ッッ!!


 機械の腕が強く振り下ろされる、その刹那。




「ミカッッ!!」




 彼女の体を衝撃が襲った。ミカクロスフォードの体が横に持っていかれる。突然の衝撃だった。その声が誰の声なのか考える間もなく、ミカクロスフォードの体が横に飛ばされる。


 ――…………クロさん!


 自分よりも小さい体でいつのまにかソコに現れて自分を弾き飛ばしたのは、クロミスコロナだった。ミカクロスフォードの無詠唱は無意味ではなかった。僅かな遅れの間にオルトロスは追いついていた。


 ――あらら……ミカクロスフォードちゃんに逃げられちった。


 急激な移動が出来る対の武器。狙った標的が逸れていく。あれだけのダメージを受けながらも必死に動いてきたのだろう。もはや、花宮の前にいるクロミスコロナの動きにキレがなかった。


 肋骨が折れた状態での身体能力を超える


 移動は


 確実にクロミスコロナを蝕んでいた。


 ――まぁ、でも、


 その対応は見事だと思いながらも花宮は腕の動きを変えなかった。


 ――クロちゃんでもいいや。


 櫻井の親しい人間を狙った攻撃。それがただすげ変わっただけに過ぎない。一緒にいるメンバーだということは知っている。仲の良し悪しの順位が多少変わろうともいい。


 一人で足りなければ、二人殺せばいい。


 ――ダメ……ここで終わりかも。


 クロミスコロナは死ぬことを理解した。体は動かない。誰かが助けに来てくれるわけもない。だって、彼女にとっての主人公はもういないのだから。


 それでも、彼女は最後に微笑む。


 ――けど、よかった……


 自分の顔を体が飛ばされながらも悲しそうな顔で見ている。その表情を見て安心を覚えた。さきほどまで暗殺者として戻っていた心が、引き戻されていく感覚に彼女は喜びを覚える。


 ――最後にミカを助けられて……

 

 クロミスコロナから微笑みの意味を受け取り、


 ミカクロスフォードの顔が悲壮に歪む。


 ――ダメよ……諦めないで、クロさん……っっ。


 けど、クロミスコロナは満足した。死ぬその瞬間に田中と過ごしてきた自分でいられるのならと。暗殺者の姿なき暗殺者ノーフェイスではなく、田中達と一緒に冒険をして生活してきた、クロミスコロナで終わることを。


 ――あっちで田中に……いっぱい褒めてもらおう……。


【ひとつは、絶望を仕方がないと受け入れる者たち】




 そんな彼女の心境など無視するかのように絶望の刃は振り下ろされる。


 ――バイバイ……


 大杉もアルフォンスも後ろから追いかけたが間に合わなかった。藤代万理華も出来るすべが何もなかった。


 ――クロちゃん!!


 それでも、藤代万理華カノジョは感じた。


 ――呪術の気配……。


 何かが、強く、激しく、波動が漏れ出ている気配。ソレの正体を探すようにクロミスコロナに注目する。これは呪いを纏う武器を使う彼女の足掻きなのかと、その視線の先で赤い血が空を舞った。


 花宮が振り下ろした刃は左腕を斬りつけた。


【もうひとつは、】


「お前の狙いは……」


 小さく冷たい声がした。


 それも、男の声だった。


 滴るように赤き血は流れ続ける。その左腕は斬り落とされることなく刃を食い込ませている。ただ、静かに男は立っていた。刃はクロミスコロナを斬りつけることができなかった。


 クロミスコロナは動きのままに、彼女の方向へと飛んで行った。


 クロミスコロナの無事を祝うように倒れこんでいる少女は


「クロさん!!」


 手を広げて彼女を受け止める。


「へっぶ!!」


 クロミスコロナの無事を祝うようにミカクロスフォードは小さな暗殺者を強く抱きしめる。その大きな胸に埋まっていくクロミスコロナが苦しそうにむせる。いままでに負ったダメージで体が痛い。


 ――誰かが……助けてくれた??


 それでも、クロミスコロナは考える。

 

 だが、大杉聖哉とアルフォンスの瞳はその正体を映し出していた。


 ――誰だ……アレは。


 見たことがあるはずなのに別人のように見えた。その左腕の肉で刃を受け止めている意外性よりも、もっと大きく違和感を感じざる得なかった。それは同じ姿でありながらも変貌に近かった。


 戦闘の激しさを飲み込むような冷たい視線と、


 ――あんな……っ、やつじゃなかった……。


 芸術のような美麗な顔立ちを見せる男に、二人は心と目を奪われた。


「俺だったはずだろ――――ッッ」


 狙いは俺だったと言った、その瞬間に豊田の顔が、大きく歪む。刃を挟んだ左腕を引き込み、男の右腕が機械の顔を力強く打ち付ける。顔のパーツを形成している細かい部品が飛び散っていく。


 豊田の体が衝撃で宙を舞った。


 トイレにいる花宮も一瞬の出来事でついていけなかった。


「イッタァアアアア!!」


 豊田の体を通って顔面にダメージが流れ込む。急激な変化に目を奪われていた油断を完全に疲れた。その男が出す静かな声が寒気を与えた。明らかに今までの知っている男とは違った。


 ――呪力……っ、なんで……っ。


 その男が右腕に呪力を纏っていた。


 藤代万理華はそんなはずはないと思いたかった。


 呪術を使えるはずがなかったと思い込んでいた。


 だが、その男の右腕から黒き光が零れ落ちている。

 

 それは、金色とは対の性質を持つ漆黒の呪力。


 ――櫻井くん……なんで、っ!!


 『陽』に対して、『陰』の気。

 

 櫻井の表情は、


「豊田、お前の望み通り相手してやる……」


 殺し合いをすることを決めたいつもの彼そのものだった。


廃棄処分スクラップになる覚悟が出来たら、立て」


 そして、その殺意も本物だった。





【絶望に怒り抗う者たちだ】




 マカダミア・栃木・京都の三か所で、櫻井・涼宮強・火神の三人の、


 混沌の絶望を照らす怒りという希望の火が同時に燻り始める。



《つづく》 

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