第162話 その物語の主役は誰だ

【宴もそろそろ終わりを迎える……】


 神々は口角を上げて三人に注目する。ヘルメスはただ静かに神々の耳に語らう。誰一人として言葉を発する主催者であるヘルメスに視線を向けない。それでも、ヘルメスはその状況に怒ることもなく、呆れることもなくただ受け入れる。


【何千年と生きてきた我々神々にとって】


 聞こえているかも分からない聴衆へと向けた語り。


【たった一日に過ぎない】


 ヘルメスはそれでも悦に入っていた。


【そのたった一日なんだ……変わる瞬間は】


 これでいいのだと思えた。語り部はあくまで語り部でしかない。表舞台ではなく裏方でいい。その主役を張るのはスクリーンに映る者達だ。神々には遠く及ばなくとも、彼らは神々より面白い人生モノガタリを描き出す。


【たったの一時でもいい、たったの一瞬でいい。その刹那に】


 ソレが神々にとっての好物であり最高の娯楽。


【踏み出せ、生きてる意味を見出せ】


 そのスクリーンに映る三人のようにと。


【絶望に抗え、絶望を超えていけ】


 力強い声が圧倒的な絶望を前にして進化を求めろと伝える。


【その物語の主役はいったい誰だと思ってる……】


 問うように投げかける言葉。ヘルメスは静かに人間が映るスクリーンに向けて手を伸ばして上げていく。神であるその手を差し伸べるように、手を伸ばすのならば掴んで上げようと。





【――――人間キミタチだろ】




 伸ばされた手は何かを掴みたいかの如く宙で握られる。

 

【君の前にある絶望を乗り越えるのは、君しか出来ない】

 

 神々は試練や力を与えることはあっても人の前にある困難を終わらせることはない。なくなったとしても、ソレは結果に過ぎないだけだ。神の力で解決された訳でない。解決するために願ったその一歩を、手を合わせるという行動が、困難を打ち砕くモノとなる。


【泣いてもいい、怒れ、吠えろ、猛り狂え!】


 ヘルメスという神に絶望を打ち砕く力などない。出来るのは人間に力を貸すことだけなのだ。その絶望を打ち砕くべき人間こそが主役なのだと神ヘルメスは吠え立てる。


【このままでいいなどと受け入れるなッ!!】


 ヘルメスがどれだけ声を上げようとも神は誰一人として彼に目を向けなかった。それでも、彼の声が届かなかったわけではない。彼は語り部であり代弁者でもある。神ヘスティアの瞳から一滴の涙がこぼれたのが何よりの証だ。


【その戦う姿こそ、本能を剥き出しに生きてこそ――】


 神々はけっしてヘルメスを見なかったのではない。


【本来の人類キミタチだから……】

 

 見ていることができなかっただけだ。彼の語りが粗末なわけでもなく、それ以上に魅力的なものがこの一時に詰め込まれて凝縮されている。この世界の変動を見届けようと同時に流れる景色に集中するしかなかったのだ。


【さぁ、君はいったいどんな人生モノガタリを描く――?】


 ヘルメスが誰に問いかけているかといえば、人類にだろう、人間にだろう、


 ソレは、たった一人の人間になのかもしれない。


 神は怠惰を嫌う、怠惰を許さない。進化を求めぬ者には見向きもしないだろう、停滞を選ぶものには蔑みを向けるだろう。誰かが出した正解をなぞるような模倣など望んではいないのだろう。


【君の人生モノガタリだ、君が主役だ、君が選べばいい】


 ヘルメスの輝く瞳がスクリーンの奥に映る人間たちへと向けられている。


【聖人君主などでなくてもいい、強くなくてもいい、卑怯で姑息でもいいだろう】

 

 その問いが届かないことなどヘルメスは良く分かっている。ありとあらゆる神がいるなかで一人の神が出会える人間など数が知れている。それでも彼は問わずにはいられなかった。


【誰かのためではなく自分のために動く自己顕示欲の塊でもいい。絶望に負けて打ちひしがれて死にたがってもいいだろう。誰からも愛されていないかもしれない。優しさが人よりも劣ることもあるだろう】


 ソレでは主人公になるには足りないように思われる。


 そんな条件のモノは受け入れられないのかもしれない。


【それでも、ただひとつだけ――】


 だからこそ、神ヘルメスは付け加える。これがヘルメスの願いだと。もうすぐ、神の世界も終焉と共に終わりを迎える。だからこそ、神ヘルメスは最後にと願う。神である身でありながらも、人に願う。




【君の人生モノガタリがあることだ】




 さぁ、行けと神ヘルメスは人間たちに届かぬ言葉でバトンを渡す。これは神が描くものではない。神で描けるものでもない。なぜなら彼らは主役ではないのだ。その権利があるのは、その主役にだけだ。


 そして、神から委ねられる。


 この世界の命運は、その者達へと委ねられる。


 神は彼らに力を渡したのだ。ソレを使う権利は彼らにしかない。


 黒服の男たちが京都で武器を構えて敵を睨みつける。その顔は悪役の微笑みだった。異世界から転生して来たのは人間ではなく異界の王。立場が逆になっている。もし、目の前のサソリの騎士を勇者だとするならコチラが魔王側だ。


 圧倒的な転生者であろうとも、絶望となるならば狩りつくす。


「テメェラァアアアアアアアアアアアアアア!!」


 火神恭弥の怒号のような号令が飛んだ。


 これが合図だと分かっている。もはや、火神恭弥の怒りが沸点を超えていることなど誰もが承知している。そして、ソレがリーダーの怒りであり、自分たちの士気を最大に高めることであることも。


「時間をォオオオオオオオオ―――」


 開戦の合図はまもなく。異界の王を殺すと宣言した暴力の申し子。日本最高峰の多重アビリティの持ち主。その男の脳に電流が強く流れる。絶望を殺す創造を最大限に高め、火神恭弥の右腕は横に鋭く伸ばされる。


 


「稼ゲェエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!」


 

 その合図を皮切りに京都の黒服たちが一斉に動き出す。



《つづく》

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