第153話 黒猫の殺意

【人が絶望に堕ちる時は――――】


 唸りを上げる両腕の上腕二頭筋。肥大した筋肉に血管が浮き上がり、男の本気の力を伝える。固めた拳を乱暴に機械の腕へと叩きつける形相は鬼気迫る。


「右マッスル、左マッスル、右マッスルッ!!」


 一瞬でも気を抜けばすぐに殺されかねない緊迫感に負けじと声を張り上げた。機械の腕に叩きつけられる拳が跳ね返ると同時に腰を引き絞り繰り出す。力のままに乱暴に破壊せんと拳を撃ち抜く。


超新星流チョウシンセイリュウ剣技――!!」


 大杉は二つの剣を引き絞り体の前で交差させる。大杉聖哉が異世界で編み出した自己流剣術、超新星流剣技。その名の由来はスーパースターを漢字に変換しただけのものであるが、マカダミアの剣術ギルドに於いてトップを務める男の剣技。


 その手に持つは――


 火の星剣セイケンフェニックス、いかづちの星剣ガルーダ。

 

火神鳴りひがみなり――」

 

 アルフォンスの両の拳が圧力で豊田の動きを抑えているタイミングを見計らい仕掛ける。アルフォンスの大きな体躯の横を抜けて、両腕に交差させた剣を叩きつけるようにして豊田の体を通り越す。


 雷と火が混在する剣技。


 豊田の正面に火を纏った稲光いなびかりが上がる。


 大杉聖哉は元より段階的加速を得意とする剣士。そこから、自分の動きをさらに加速させる。振り返りざまに地面を蹴り加速させ、さらにもう一度背後から斬りにかかる。


火神鳴りひがみなり!」


 二撃の交差を終える。だが、大杉の勢いは衰えることがなかった。衝撃でよろめく豊田の体を背に向けたまま右足を斜め後ろに下げ、腰を回して二刀の並列に構えた剣を加速させる。

 

炎雷大円斬エンライダイエンザンッッ!!」 


 大杉聖哉の超新星流剣技の大技三連弾。


 ――やったか……。

 

 全てに手ごたえがある、命中させた剣戟。二刀の剣が豊田の体を横に突き抜けるように炎と雷が混合したエフェクトを上げていた。豊田とアルフォンスとの間に立つ剣士の顔に手ごたえを確かめるように機械の顔を見上げる。


 ――大杉聖哉らしくなかった………。

 

 その顔が曇るのは早かった。


 人間とは違う表情。苦痛に歪むこともなく静かにカシャカシャとなる瞳孔のようなレンズ。ダメージの蓄積はあるはずだが、それでも何か支障を与えるほどのものではなかった。


 ――フラグを……立てるなんて。


 自分の持てる剣技の大技が炸裂した影響は大きかった。大技を三立てで撃ち込んでなおも立っている相手に敗北を認めざるえなかった。明らかに自分よりも格上である力の差。


「マッスル、パァアアンチ!!」


 大杉の下げた頭の後ろからアルフォンスの大きな拳が顔面を叩きつける。それでも衝撃で飛ぶことなくその機械の体は両足を地面につけていた。拳を受けた顔がわずかに後ろにずれたような体勢で拳と顔を密着させている。


 ――マッスル……硬すぎだぜ。


 元より機械の体が硬いことぐらい知っている。それでも多少は届くと思っていた差が大きすぎた。防御力が攻撃力を差し引いている。衝撃で吹き飛ぶこともなくその場にいるということは攻撃との差分がその程度しかなかったということ。


 ソレが、いま豊田に与えられるダメージに他ならない。


 戦闘に慣れている二人は一瞬で考える。


 あと何手当てれば倒せる。あと何回ダメージを蓄積させれば倒せる。その間に攻撃をされたら凌ぐ手立てはあるのか。この機械が自然回復を持っているとしたら、その回復量がダメージを越さないか。


 豊田を倒すための手立てを、


 何か希望となる答えを。


 だが、そんな都合のいい考えなど浮かぶことなく、機械の攻撃体勢が取られる。ただ右拳を高く上げて、駆動音を鳴らす。威嚇のようでもあり、手段の見えない攻撃にも二人には見える。


 ――何をする気だ……。


 機械であるからこそ、


 人間とは違う動きを齎す。


 ――マッスル集中だぜ!!


 ただの加速する拳なのか、それとも何か腕から武器が出てくるのか。警戒を上げていても次の攻撃は出るまで予測不能。もはや、後出しの権利に近い。想像などしても創造された科学を追い越せるものではなかった。


 二人を殺すために機械が何を繰り出すのかなど、想像も出来るわけがなかった。


 この二対一の戦いになど何もなかった。


 ――マッスル……読めねぇ。

 

 ――首を曲げて……何をする気だ……。

 

 豊田が繰り出したと思った動きに違和感を感じなかった。バチバチと首筋で音を鳴らしている腕を振り上げた豊田の顔が45度を通り過ぎて、なおも傾き続ける姿を見てもまだ気づけなかった。


 など誰にもされていなかった。


「意外と――――」


 その声を聴いても途中からの存在感を気づくことが出来なかった。気配も音もなくただゆっくりと歩いてきただけの褐色の少女の姿を見落とさせられていることなど。そのナイフが豊田の首をゆっくりと斬りつけたことも。


「硬い……」


 ただ静かに二つの短剣を握って、両手を脱力している少女の殺意に、


 誰一人として、気づけてなどいなかった。



《つづく》

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