第137話 だからこその死亡遊戯!
【
魔物の大軍を前に笑っている顔が主人公が物語る。恐怖の象徴としての、嗤いではなく笑いへと変わって瞳を輝かせている姿にヘルメスの胸が躍る。
【何の能力もなく、何の変哲もない、その身でありながらも】
涼宮強の体に少しずつ力が入っているのが分かる。拳を握る動作に合わせて筋肉が隆起している。それでもどこにでもいそうな体型に他ならない。筋骨隆々ではなく、若干細身にすら見える身体。
【強大な力を持っていただけの
強の膝が少しずつ曲がり始める。
涼宮強の体が熱を帯びる。ワクワクする心を抑えきれない。心臓が少しずつ稼働を上げていく。血流が全身を駆け巡る。力の開放を間近に控え、全身で準備を整えるが如く。
【いろいろな出会いを経て、君は変わっていったんだ】
出してはダメだと抑圧してきた枷が緩むことによる、圧迫からの心の開放が心地よくないわけがない。自分でもまるでどうなるか分からない好奇心。ソレがキョウ本来の姿を映し出す。
待ち遠しそうに嬉しそうな笑顔へと変貌させる。
【学園対抗戦で力の使い道は知ったはずだ】
怒りに身を任せたあの夏の日とは違う。
今まで涼宮強になかったことだ。自ら望んで力を使うことなど。
――いくぞ……いくぞぉォオ。
【本当に……】
だが、子供の時にはあったモノだ。体と心が思い出せと強の心臓を鳴らす。
誰よりも早く走りたい、誰よりも力が強くなりたい、誰よりも輝いていたい。
自分がどこまで出来るかも分からないからこそのワクワク。
日に日に成長していくことが楽しくてしょうがなかった。
昨日できなかったことがイマ出来ることがたまらなく楽しかった、あの時を。
【子供のようだね、キミは】
本来薄れていくものである、子供心。
だが、涼宮強の時は止まっていた。幼い頃にしまい込んでいたが故に薄れることがなかった。本当に大事なものがずっとしまってあった。心の奥底に遊びに対する欲求が隠されていた。
【だからこその――】
一番楽しい時を奪われていたが故の残心。ソレが少し時間を経て形を変える。
抑圧に抑圧を重ねて、忘れられない遊び心という残心が変形する。
有り余り使い道がない力が、遊びと融合し新たなモノを生んだ。
【
「ギィェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!」
一斉に魔物軍勢が強へと飛びかかる。四つ手が地面を叩きつけ、球状の体がいくつも空に舞い上がった。涼宮強を排除しようと魔物たちの殺意が襲い掛かる。無数の個体の口から溶解液が飛び出す。
それでも、涼宮強は笑っていた。
空を埋め尽くすように広がる魔物の群れを前に、絶望を感じることなどなく。
【さぁ、存分に遊ぶがいい。その権利が
ヘルメスの声が期待で跳ね上がる。
未知を前に、恐怖を前に、絶望を前に、涼宮強は笑う。
「ヨォーイ…………」
これからどうなるかも分からない。それでも心から楽しいと思えた。
ケガへの怖さより、命を奪われる恐怖より、勝るものがあるから。
小さい時に味わえなかったモノをイマになって取り戻し始める。
『普通』を目指していた自分ではなく、幼き頃の『誰でもない白紙』の自分。
【君の、君だけの、君しか描けない、物語を神々に捧げてくれ!!】
『幼かった頃は何にでも成れると思っていた。
不可能なことなんて何一つないと思っていた。
幼くてまだ
それでも自分は世界にとって特別な存在になれると信じ込んでいた。
心の底から嘘一つも無く信じられていた。
まだ何も知らない世界で、その中心には自分がいて、
自分と云う存在が他人とは違うものに思えていて、
未来は夢や希望に溢れていた』
【自分が何者であるかをイマ世界に示す時だ、
『この世界で俺、
「ドォンンンンンンンンンンンンンンン!!」
涼宮強の力が解放される。多くの人間がソレを目の当たりにする。
風が歓喜の激しい踊りを舞う。大地が彼と共に咆哮を上げて形を変えた。誰もが瞳を閉じられなかった。自分の持っている常識という世界が大きく崩れる瞬間を眼にした。
たった一人の少年から目が離せなかった。
――笑っている……たのしそうに……。
あまりに強大な世界を変えるほどの力。人の身に余った力。
力は恐怖を連れ来るモノ。力は人を遠ざけるモノ。
なのに、笑っている少年。
大量の溶解液は意味を為さなかった。少年が起こした風圧に飛ばされその身を捕まえることも出来ない。魔物の横をすり抜けていく影が空中を駆け回っていく。何もない場所を蹴り飛ばして、少年は重力を無視する。
――なんなのよ……。
杉崎の胸を襲う熱。
――なんなのよ……っ。
もはや驚きではなくなっていた。その少年が特別なのだと理解した。
その少年が持っている輝きは、あまりに違う。
――戦場よ……ココ。
異世界の軍勢との戦いの最前線。異界と現実との境界線。その場所であまり少年は自由だ。何にも縛られず、重力などないかのように自由に飛び回る。感情を隠すこともなく、戦場ということすらも感じさせない。
――どうなってんのよ、ほんとに……。
そういう場所ではないのよと自分の胸を掴んで杉崎は小さく笑う。
高校生一人で何かを出来る場所でも場面でもないはずだった。
だからこそ、笑う他なかった。
――スピードもパワーも底なしに上がってくじゃない……あの子。
先ほど見た時とは別物だった。どこまでも加速していく。
どんどんと離れていく力の違いに笑いしかない。競争をしていた時にどんどんと離されていく感覚。あまりに圧倒的なものを見せられた時の如実な反応が表面に出てしまっただけのこと。
――あぁ…………ぁああ。
けど、胸がざわつく。
追いつけないと分かっていても揺さぶられる。
――なんだろう……この感じ?
自然と拳を握り始めていた。悔しさとは違った。
戦闘を生業としてきた彼女の闘志が焚きつけられる。
――ウズウズ……してくる。
涼宮強の戦闘が呼び起こす人間の本能。
戦場ということすら忘れて楽しそうに笑う少年。ただ自分の力を振るうだけのことに、対価はいらない。ただあるものを、自分の中にあったものを、出すだけでいい。
ソレを解き放てばいいだけのこと――。
――あぁ…………ぁあああ。
杉崎以外の黒服にも伝搬する闘志。彼らだからなおの事、わかる。
涼宮強のしていることは戦闘ではない。あれはもっと別のモノだと。そこに技術や経験などなくただあるがままの姿。武術や能力といった類とは違う。自分の体を自由に使って笑っているだけだ。
――ぁあああ……。
恐怖や絶望を前に笑っている。全てを楽しさだけで、飲み込んでいく。
滅茶苦茶に動き回って、燥いでいるだけだ。
ただ、戦場で自由に遊びまわっている。
――…………遊びたいッ!!
そんなものに感化された、ただ一人の少年が笑って遊ぶ姿に。
誰よりも自由で輝きを放つ涼宮強に、黒服たちの意識が変えられていく。
《つづく》
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