第130話 そんな彼の者はこう呼ばれる

 戦場に異常バグが紛れ込んだ。ピースサインで下手糞に笑う姿に誰もが固まっていた。立つその場所は、現実と異界の境界線。お互いの最大戦力が拮抗する第一次攻防戦。


 その場にあるすべての視線が涼宮強へと集中していく。


 モニター越しに捉えた。その場にあるべきでない異物。国立研究所の職員たちの視線すらもくぎ付けにする。不死川の口元がワナワナと震えて心から異物を吐き出す。


「なんだ……あのバカは……っ」


 大バカ者以外の何物でもない。最前線の戦闘に首を突っ込む身の程知らずなど。


「どうやって……現れた?」


 田島ミチルの思考が不死川よりわずかに進んでいた。


 バカなのは周知の事実。それ以上に不可解な点があることを見逃さなかった。


 大爆発は起きている。


 ブラックユーモラスでさえ肉体を持っていかれていたほどの衝撃波。


 その中心地に立っていることが、どういった原理なのか。

 

 その圧倒的な迄の規格外のバカの存在感に、


 思考と言葉を奪われてモニターを見ている。


 手拍子が起こる。それは神々の神殿。


 一人や二人ではない。席を立ちあがった神々が手拍子を合わせてどんどんと音を大きく立てていく。音楽を司る神はバイオリンなどの楽器を手に取り音を感情のままに鳴らし始める。


 神々の手拍子と音楽が織りなす空気に神殿が興奮に包まれていく。


 それも、そのはず。これを神々は見に来たのだ。


【お待たせいたしました……】


 音楽に合わせて仕掛け人が声を上げる。


 ヘルメスが伝令を飛ばした、すべての人が創りし神に向けて。


 音楽と手拍子の音に酔いしれながら、支配人であるヘルメスが中央で笑みを浮かべる。彼らが求めるは終わりに向かう物語。それも自分たちの命の終わりに見合うほど物語。ありきたりなものなどで満足などするわけもない。


【我々、神々の――】


 これからが始まりだとヘルメスは囁く。


 全知全能の神ゼウスは巨大な身の丈に合った金杯で酒の神に注がせたワインを喰らう。そして、周りの神々の手に同じ金杯を具現化する。ケルト神話の神オーディンは娘であるワルキューレたちに音楽に合わせて舞えと指示を出す。その舞は神話の鎧を着た女神たちの華麗な舞にインド神話のシヴァが陽気にステップを踏み、割り込んでいく。




【今宵の宴の始まりだッ!!】




 彼ら神々はその死に見合う終わりを求めていた。限りある生というモノに憧れ、そして自分の知らない世界を望む。思い通りに進まないからこそ彼らは楽しいと感じる。


 この宴の先にあるものに期待をしているのだ。


 すべての終わりを司るにふさわしい物語――神々を含めた終焉の世界を。


 否が応でも注目が集まっている。それを知らぬのは本人ぐらい。


 主催者の声に合わせて神々の宴は加速する。あらゆる万物を想像する彼らの宴は粋を極める。この世で最高に美味な酒とあらゆる食彩が展開されていく。世界最高の音楽が奏でる一夜だけの即興曲。


 その光景に主催者は自分の憧れを思い出す。


【彼の者は、異界の者でもなく、現界の者と呼ぶには足りぬ者】


 騒がしい神殿でも透き通ったヘルメスの声が神々の鼓膜を揺らす。


 酒場で音楽に合わせて語らう人間にヘルメスは憧れた。


【その存在は神にもわからず、ましてや人になど分かるわけもなく】


 天界の者たちは望んでいた。退屈な日々の終わりを。


【異質で異常で、特別な存在】


 繰り返す日々に飽き飽きとしていた神々。同じものを繰り返し繰り返し、同じことを永久に続ける日々。そんなものに辟易するなというほうが無理だった。


 人間とは違う、彼らには寿命が無かったのだから――。


【彼の者には二つ名などでは足りぬ。だからこそ、三つの称号がつけられた】


 ただ、それもに到達する前までの話。


 彼らは契約を交わした或る者と。それは彼らを終わりに導く。


【最たるものというの三つの称号】


 その終わりが齎す、神々に希望と期待を。


 永遠の命に終わりが生まれた。それが何よりも彼らにとっては救いだった。


【最恐の存在であり、最凶を齎す、最強の者】


 始まりしかなかった彼らには足りなかった。満たされることはあったとしても、一時期なものに過ぎなかった。時がすべてを薄れさせていく、次第に何も感じなくなっていく。だが、彼らは無にはなれない。


 無を永遠の命が邪魔をしていたからだ。


 命が永久のユウを彼らに与え続けた。

 

【一人の少年が生まれたことにより世界変わってしまうのか……】


 だからこそ、神々は喜び歓喜の宴を上げる。


 これは彼らが終わりに向かっている最中。


【彼の者が生まれた時に我々の行き先は決まったのかもしれない……】


 終わりがあるからこそ神々もイマを喜び語らう。彼らが見てきた全てのモノが終わる瞬間。薄れていた失くしていた感情を取り戻すことを喜ばずにいられようか。終焉オワリを手にしたことにより、神々は本当の生命を得たのだ。


【彼の者は《始まりの英雄》の血を継ぎながらも、対極の存在となる】


 だからこそ、神々は感情を爆発させる。


 踊り、歌い、酔いしれ、生を謳歌する。


【《終わりの英雄》となるべき異常者バグ


 終焉を齎すために存在する世界の狂いバグ


【そんな彼の者はこう呼ばれる――】


 終わりに向かうイマがあるからこそヘルメスは自分の夢を叶える。彼が成りたかったモノは神ではない。地上に存在する一つの職業。音楽にのせて叙情詩で、新しいモノを創造する語りべに成りたかった。


 神が夢を見ることは異端か、それとも異常か。


 終わりがあると認識するからこそ、自分に素直になれた。


 伝令の神である役割を超越し、彼は神々に向けて歌い語らう。




【――――終わりを告げる者デットエンドと!!】




 たった一人の少年にその期待が寄せられている。


「だぁあああああ…………」


 人間と神の視線を一点に集め、さらに異界の侵略者たちにも認識されていた。マウスヘッダーたちの意識が涼宮強へと向いている。自分たちの自爆戦略を受けてなお平然としている異常者。


 涼宮強もそのマウスヘッダーたちの瞳なき視線を感じていた。


 ――数が多いな……ってか、多すぎだろ……。


 黒い巨大なゲートから落ちてくる球体状の魔物。そして、広大な栃木の戦場ヶ原を見渡しても存在する。首を回して見てみる強の瞳に映し出される異世界の軍勢。いままでの経験にない圧倒的物量。


 だからこそ、終わりを告げる者はいつも通りつぶやいた。


「めんどくせぇぇ…………」


 傷だらけの桐ケ谷の首根っこを片手で持ちながらも、


 ため息交じりにやる気のない態度を露わにする。


「はぁ…………とっとと」


 神々の期待など知ったことでもない。人々の失望など知ったことでもない。


 空気など読めもしないし、他人の期待に応えなどしない。


「――――ぶっ殺すか」


 その凶悪さを世界に見せつけるだけなのだから。



《つづく》

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る