第129話 コレが世界の鉄則だ

【お見事……お見事……正に神業】


 剣聖の一振りが神々の会場を沸かせる。爆発するよりも早く断ち切る妙技に力を与えた神々でさえ驚嘆の拍手を送る。ヘルメスを中心とする神の神殿。そこから下界を眺めて、神たちは楽しんでいるのだ。


【だが、果たしてソレが――】


 ヘルメスの透き通る声が会場にいる神話の群像たちの鼓膜をついて、


【ナニを仲間に与えるのか……】


 嗤わせた。


 敵は爆発する魔物、衝撃が引き金となる。


【勇気や希望ではない……ソレは】


 そのあまりに神業である剣技が答えを出してしまっている。


 三傑に位置する黒服の剣豪によるひと斬り。その妙技は日本一の剣術といっても差し支えなどない。だからこそ、仲間達に同時に教えてしまうことになる皮肉。


 ——爆発……するのかッ!


 戦場に響いた爆発は周囲数百メートルに及んでいる。だからこそ、気づかないわけがない。この魔物の悪魔的生態を、そして戦闘の難しさを、なにより、窮地に陥った仲間の手助けが困難であることを。


「桐ケ谷殿、耐えるでござるよッ!!」


 ただ一人、敵に取り囲まれている。


 杉崎を始め仲間達の耳にも届いている豪鬼の声。


 あまりに密集している。もし、あそこで爆発が起きれば連鎖的に爆発が起こる可能性が頭を駆け巡る。助けることが桐ケ谷を追い詰めることになる。もし、敵をかき分けていこうものなら、衝撃を与えて爆発。


【————絶望を与える】


 ——誰一人、死なせるものかァッッ!!


 剣豪が一人、仲間の元へと駆けていく。爆発を斬り伏せることが出来る自分であれば可能性がまだあると。剣豪の脚が大地を砕き駆け抜ける。だからこそ、周りの者が悟るには十分だった。


 豪鬼の慌て様からして、それほどの芸当がなければ逃げられないのだと。


 極限状態の糸が僅かに切れかかる。周りに響く気持ちの悪い、魔物の嗤い。鎌を握っていた力が僅かに抜けた。攻撃をしてはいけない。耐えろということはそういうことだ。


 ——耐えろか……キツイぜ……豪鬼さん。


 桐ケ谷は鎌を脱力して持ち、目の前の敵を眺める。その口元が嗤い続ける。自分に逃げ道などないのだと。広いフィールドを有効活用していればどうにかなった可能性はある。一匹一匹狩っていれば爆発の衝撃を受け流すことも出来たであろう。


 それでも、この取り囲まれた状態では――


 爆発が連鎖したら反応など出来るはずもない。


 どこから来るか分かる爆発とは違う。四方八方予期しない爆発が起こればただでは済まない。一つ目を受け流せたとしても二つ目、三つ目に超反応をすることは出来ない。


 文字通り、八方塞がりの窮地。


 活路を見出すには敵を殺さねば通れない。かといって、衝撃を与えれば死ぬ可能性がある。豪鬼の助けが来るまで相手がゆっくりしていてくれるかも分からない。


 だからこそ、桐ケ谷は静かに鎌を下に降ろす。


 一呼吸入れてみた。攻撃できない状態に力みは要らない。

 

 ——まぁ……


 だが、この男も最強を誇る黒服を纏う。


 ただでやられるものかと瞳の奥を光らせる。


 ——やるだけ、やりますか……。


 桐ケ谷の手元から大鎌が大地に落とされた。ソレは攻撃の意志を失くした証明。武器を離し体の力を抜いた。ソレは神経全てを注ぐためである。


「ゲェエエエッエエエッ!」


 脱力した桐ケ谷の命を狙うように消化液が降り注ぐ。それも無数の口を十数の個体が一斉に放った。異世界の魔物とて狩りの仕方は心得ている。世界に君臨するということ他種族を制圧するということなのだから。


 桐ケ谷を取り囲んでいる魔物を援護するように他の個体までもが動き出す。


 ―—桐ケ谷さんッ!

 

「コッチを向けェエエエエッッ!!」


 背後を見せて逃げようとする魔物を杉崎莉緒が無理やり殴りつける。少しでもいい。桐ケ谷の方に行く数を減らせればと。焦りが生む硬直。


 それを見透かしたように対象は口だけで嗤いを浮かべる。


 ——なっ、ゥゥ!?


 相手は爆発個体ボマー


 衝撃が杉崎の体を襲った。目の前の個体が爆発した衝撃で防御態勢を取りながらも吹き飛ばされていく。桐ケ谷との距離がさらに遠のく。一方向からの衝撃であれば何とか逃がすことが出来るが杉崎が飛ばされた距離はゆうに数十メートル。


 耳鳴りがする頭を振り、激しく動揺する杉崎。


 ——マズイ……マズイ、マズイ!!


 この規模の爆発が続くのであれば桐ケ谷の身が持たないことは明白だった。


「不死川所長、なにか、何か手はないんですか!?」

 

 焦りが伝播する。田島の横で阿部が大きな声を上げて問いかける。


「解析が終わってないんだ!」


 荒げた声で阿部を押し返す。不死川とて未知の生物。その見分けがつく訳がない。データを全個体取れればマーキングは出来るだろうが、ソレが間に合うとは到底思えもしない。


 黒服の袖が消化液で溶け、白い蒸気を上げる。


「死の……」


 桐ケ谷は覚悟していた、死ぬことを。豪鬼が走ってくるが間に合う様相はない。他の仲間達も必死に合流する魔物の注意を引いてるが数が圧倒的に違いすぎる。これは時間の問題なのだろうと覚悟した。


踊りワルツとシャレこもうかァ……ッ!」


 絶望に染まることなく桐ケ谷が吠えた。消化液を受けた黒服。それは避け切れなかった。全量など喰らう気などない。耐えろと言われたのだ。時間を稼ぐだけに集中する。


 その為に武器を投げ捨てた。相手の懐に飛び込むようにして身を投げ出していく。攻撃をすれば爆発する。ならば、攻撃せずに避け続ける。


 敵と敵の間に武器を持たずに入っていく。


 ——踊れ、踊れッ!!


 僅かに生まれる魔物たちの混乱――。


 近い距離に集まっている個体。お互いに桐ケ谷への攻撃を迷う。


「イマ……」


 敵の軍団に紛れる密集地帯への突撃。ただ、飛び跳ねて敵の攻撃を絞らせない。お互いに見合う魔物たちを嘲笑うように口の無い部分に手を叩きつけて軽業で僅かなスキを相手に作り続ける。


「オレ……ッ、不運ハードラックと――」

 

 マウスヘッダー達は困惑した。


「ダンスってんぜぇえええ!」


 追い詰められた獣が攻撃を捨てて逃げることに徹している。おまけに一番危険な方法で楽しむように。攻撃を捨て身軽さだけに全てを集中させた獲物。桐ケ谷の縦横無尽の動きに消化液の反応が追いつかない。


 数々の口だけが苛立ちを表す。


 あと一歩のところで獲物が激しく逃げ回る。


 援軍は到着しつつある。もう既に退路などない。それでも軍団の中心で一人の男がかき乱して生き延びる。攻撃してくるわけでもなく、諦めるのでもなく、ただ飛び跳ねている。

 

 この死という絶望を楽しむかのように踊っている――。


【そう長くも持つはずがない】


 神の予言の通りだった。マウスヘッダー達は消化液を仲間のいる場所構わずに吐き散らす。お互いの体に当たろうともお構いなしだった。ソレは大地を溶かし、ブラックユーモラスの装備品を溶かす。


 それでも、マウスヘッダーの体を溶かすまでには至らない。


 元より自分たちの消化液でしかない。


 体内で生成したものを大量に浴びようともその表皮が溶けきることなどなかった。煙が上がろうともマウスヘッダーにとってはかすり傷程度のものでしかなかった。


 ——あと、ちょっとだろ……


 桐ケ谷は逃げ回りつつも徐々に追い詰められていく。液体は躱しにくい。空中に浮くことで広がり、粒となって広範囲に広がる。わずか一滴でも装備品にダメージを与えていく。


 ——あと、ちょっとだと思うんだけどな……


 徐々に溶かされていく黒服。


 一度は持ったとしても、何度も攻撃を受けた証が桐ケ谷から防御力を奪っていく。桐ケ谷の拳にもソレが当たる。僅かに手に灼ける痛みが走った。だが、死というモノに比べれば大したことはない。


 持ちこたえようと必死に踊り狂うように、敵の中心で踊りまわる。


 ——持たせてくれよ……頼むぜ……


 希望を抱く瞳。ソレが視界の隅にずっと取られていた。走ってくる黒服。自分を助けんが為に鬼の形相で駆けてくる。だからこそ、縋る。自分の元に来てくれと。灼ける痛みが増していく。


 ——なぁ……頼むぜ


 黒服が溶けかけ剥き出しになる皮膚に容赦なく降り注ぐ、マウスヘッダーの消化液。敵の数が増えていく姿も見えていた。どこまでも自分を執拗に狙うように集団が形成されている。


 ——イッテェなぁ……


 運悪く瞼に相手の消化液が当たった。片目だけになった。塞がれたことで死角が増える。視界の左半分が黒く染まった。痛みで目が開けられない。それでも動き続けた。


「————ッ!!」 


 だが、魔物は見過ごさなかった。


 獲物が弱った瞬間を――その瞳が閉じられたことを。


「ガァ、ハッ————!」


 桐ケ谷の体が地面に叩きつけられた。何事が起きたかも分からなかった。自分の足がいうことを聞かなかった。溶かされる痛みとは違う。残った片目で見て初めて分かった。


 ——足を……


 地面に叩きつけられ止まった桐ケ谷を上から覆いつくすように、


 いくつもの口が嗤い、桐ケ谷に影を落とす。さすがにここまでかと観念した。


「桐ケ谷殿ォオオオオオオおお!!」


 豪鬼の声が鼓舞するが動けないのではしょうがなかった。地面に叩きつけられた体は拘束されていた。動きたくても、逃げたくても、無理だった。


 ——掴まれちまった……ってことか……。


 桐ケ谷の左足をマウスヘッダーの手が掴んでいた。マウスヘッダーの四本ある手。見事に死角を狙われた。左側が見えなくった桐ケ谷の飛び跳ねている足を奴らの手が掴んで大地に叩きつけた。


「はぁ……」


 ——ここまでか……俺も。


 自分を動かさないようにいくつも手が押さえつける。囚われた状態で武器も無い。最後に足掻くように右手を可能な限り伸ばした。終わりという死を迎え入れる。


 ——ワリィ……豪鬼さん。


 あとは捕食されるのか、溶かされるのか。


「それでも……テメェらを」


 ——せめて……せめてもだ。


 だが、桐ケ谷の瞳はまだ死んでいなかった。その伸ばしている右手は諦めていなかった。死ぬことをではない。このまま、ただ無惨に殺される未来を受け入れることを拒絶する。

 




「————道連れだァアアアアアッ!!」




 

 武器を求めた――攻撃をすることを選んだ。


 これは黒服の一矢報いる反撃。勝ち誇ったマウスヘッダー達の後ろから切り裂く音が鳴る。男の魂の叫びに呼応するように武器が彼の手元を目指して動き出していた。


 大鎌が回転しながら敵の中央目掛けて飛んでいく。爆発する個体に当たっても構わない。どうせ死ぬなら、自爆もろとも消し飛ばしてやるという気概。自分の死と引き換えに敵も道連れにしてやるという所業。


 マウスヘッダー達の後方から大鎌が主人の意志に従うように飛んでいく。


 ——待つでござるよ……まだ待って!!


 届かぬ距離に歯がゆさが増す。刀を振るってもまだ仲間の位置に届くわけもなく。その散り際を歪んだ眼で睨み、言葉を押し殺す。

 

【さぁ、終わりを告げる時だ……】


 神々の拳が握られる。


 ソレは桐ケ谷のその誇り高き散り際に贈られる賞賛か。はたまた、その命の散りざまを見届ける高揚か。死という終わりを待つ神々の期待の表れだったのか。




が世界の鉄則だったね……】




「アァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――——!!」




 爆発音と共に桐ケ谷の叫びが上がった。神々は拳を強く握り瞳を輝かせ、席を立ちあがる。戦場に大きな転機が訪れたのだ。ソレが彼らに刺激を与える。


「桐ケ谷ドノォオオオオオオオオオオ!!」


 豪鬼の仲間を呼ぶ叫び声すら爆発にかき消されていく。黒服たちの身に強烈な爆風が打ち付ける。大地が弾けて飛び上がる。その爆撃は大地を揺らし、崩壊の音を響かせる。


 打ち付ける爆発に全員の姿がかき消されていく——。


 ブラックユーモラスですら、その連鎖的爆風に耐え切れなかった。多くのマウスヘッダー達も同様に一部はかき消され、大多数は爆風で球状の体を飛ばされていく。


 誰よりも早く、剣豪の瞳が開かれていく。


 ——桐ケ谷……殿……ッ。


 衝撃の余波が残る大地が舞い上がる景色の中でその瞳が捉える。


 ——桐ケ……がや……?


 砂塵の中に紛れ込む影を捉えた。誰かが立っている。


 ——ど、誰だ……。


 豪鬼の瞳が影に混乱する。明らかに桐ケ谷とは違う。


【確か遅れて現れるんだ…………】


 始まりの英雄と言われた男にその立ち姿は似ていた。爆風が止み、雪と砂塵がまい上がる世界に姿を現す。豪鬼の唇がわなわなと震える。気づいてしまった。ソレが何者なのかを。


【ソレで格好良く登場するのが世界の鉄則だったね】



 ——ハルオ……さッ、んぐ!?



 戦場に一人の少年が姿を現す。




【……主人公ヒーローってやつは】




 寝ぐせを整えていない獅子のような頭髪でダルそうに戦場に立つ。冬の終わりにワイシャツ一枚で学生服のズボン。その異常者は天から舞い降りた。豪鬼の瞳がひん剥かれる。


 ——キョウくん!?


 似ていても違う。その顔に眼帯がない。

 

【告げてくれ………】


 そこに居るのは始まりの英雄などではない。


【終わりを————!!】


 神々に永遠の命に終わりを告げる異常者。


「ケホッ、エホッ——!」


 少年の手に黒服の男が握られていた。死を覚悟した瞬間だった。空から人が降ってきたのだ。周りの爆風を押し返す様に大地を砕き、衝撃波を与えた隕石のような少年。


「マカダミアキャッツ学園!」


 神々含め戦場にいるすべての者の注目を集めるように、


 舞い降りるは終わりを告げる者。


「二年C組ィイイイイ、出席番号21番ッッ!」 


 腹の底から少年は声を出して名乗りを上げる。


 空気の読めなさに関しては天下一品。 


「今年度学園対抗戦MVP!!」


 ソレが少年にとっての一番の名乗り。彼が成した功績。




「涼宮………………キョウォオオオオオオオオオオオオオオ!!」




 ブラックユーモラスの全員が呆気に取られた。仲間が死にそうな状況を回避できたがもっとややこしいことになりつつある。どこからともなく現れたワイシャツの学生に混乱させられる。


 マウスヘッダー達も爆発飛ばされた場所から四つの手を使ってゆっくりと起き上がる。まるで何が起きたのか分からないようにゆっくりと事態を確認するように。



【【【ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ——】】】



 神殿を揺らすような咆哮が鳴りやまない。神々は待っているのだ、終わりを。自分たちの退屈な命が尽きる瞬間を。そして、退屈な日々が終わることをずっと願っているからこそ、その少年に期待を獣が遠吠えするような雄たけびを上げて喜び迎える。


 終わらせてくれと——この退屈な日々を。


 神々の咆哮を受けていることなど知らずに涼宮強はピースサインを作って顔の前で横にスライドしていく。今の状況など知らぬ。それでも少年のやることは決まっている。


「呼ばれてないけどッ…………」


 要請があったわけでもない。ただ単身で独断でこの場に降り立った。


 この腐って腐臭がするような状況を終わらせるために。


 どこまでもフザケタ主人公の登場に混乱が加速する。


 元よりこの主人公は、普通とは程遠い、普通でない主人公。


 この主人公はいる。




「ジャジャジャじゃーん………だ! にっ!」




 ——何しに来ちゃったの、強くンんんんんんんんんん!!


 九条豪鬼の混乱は他の者よりひとしおだった。



《つづく》

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