第128話 生存戦略を斬り伏せろ!

 敵とて何かの戦略は持っている――人類だけに許された権利ではない。


 蜂にはフェロモンがある。それは多種多様な共有意識をもたらす。繁殖に必要な性欲を促す役割があり、在る時は集合する用途に使われる。他にも外敵にマークをつけ目印として扱われる。その外敵を集合体で認識に襲い掛かり、排除する。


 シャチは狩りをする時にカルーセル・フィーディングを用いる。


 シャチの群れは交代でニシンの大群の下に潜る。そして周囲を泳ぎながら気泡や鳴き声を放ち、白い腹部をひらめかせてニシンを威嚇する。するとニシンは、ますます小さく密集する。回転カルーセルが最高潮に達すると、ニシンは逃げ道を求めて海面に身を躍らせる。


 そして、群れの端から尾で叩き海上に上げて仕留めていく。


 クジラを仕留める時は海面へ浮上させずに溺死させ、カモメをおびき寄せる為ににえを群れに投げて捕食する。


 知恵を持って敵を仕留めるのは、


 人間だけの特権ではない。


 異世界を治めた魔物とて同じように知恵を持つことがない訳がなかった。


 マウスヘッダーという固有種に備わった戦略。仲間の死害を吸気して、己が身を爆弾へと変えていく。それも全部ではない。人間に性別がある様にある一定の構造を有する個体のみが有する特徴。


 種族が害されれば害されるほどに外敵の攻撃を押し返す、


 甚大無比な自爆攻撃による生存戦略。




「ゲェエエエエエエエエエエエエエエ—!!」




 ソレが剣豪の前で起ころうとしていた。


 これから爆発することなど九条豪鬼は知らない。それでも異変が起きていることわかる。敵の体が内部爆発の予兆で変形し始めている。それになりより異変を感じ取ってからが早かった。


 すでに敵の攻撃に対して、身構えていた。


 異界で剣聖と呼ばれし剣豪勇者は備えていた。


 敵が何をしてこようと構わない。敵が自爆しようが構わない。


 ただ目を凝らして構えていた。敵の一挙一動を見逃すことが無きよう。


 刀は鞘に収まり右手は柄を握れるように半分開かれていた。腰は落とされ、もうすでに左側に捻られている。左手は軽く鞘に添えられて鞘走りを加速させるために押さえられている。


 思考はひとつ——ただシンプルに。




 ——叩っ斬る




 それだけだった。何が来ようとも静かに斬り伏せる。


 戦闘を重ねてきたが故に精錬された思考の極致。仲間を助けに走ったことなど忘却し、事態に構える。自分の身なくして仲間など守れるはずもないことは当に承知している。


 だからこその、迷走無き一択。


 常人には理解など追いつかない。爆発を察知した不死川の口が慌てて動き出す。田島の顔が歪む刹那の時に剣豪は準備を当に終えている。その刀は振るうがための構えは出来ている。


「——ェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ」


 爆発の叫び。爆熱によって発光をもたらす肉体。

 

 変形する球状の体。それでも一瞬を斬る為に待ち構える。


 豪鬼が斬るは――目の前の敵であり、絶望。


 前髪が爆風の始まりで揺れ始める、その一瞬。爆破が霧散する直前の一瞬。


 周囲の風が吸い込まれる爆発の予備動作。


 その一瞬で、


 ——イマ……ッ!


 十分だった。柄を持つ手に力が入った。


 鞘が刀身を加速させる。刀が反発により鞘の中で火花を上げる。それをもう一つの手で押さえつけさらなる反発を生む。全ての動作が一つの神経で出来ていた。

 

 強者であらんが為に迷いなどなく、最強を誇示するが故に力強く、


 神速の動作に乗せて刃が


 絶望を斬り伏せる――


 横薙ぎ一閃ヨコナギイッセン


 鞘に刀が収まった音だけが残される。ソレが九条豪鬼の残身。全てが終わったと伝える。その腕の振りは見えず、刀を眼にすることも無く、全てが終わっている。


 最強の剣閃ケンセン


 ―—……、………………。


 刹那の思考は終わる。斬ることだけだった。


 豪鬼の眼光の前に広がる爆発は広がる。だが、それはもうすでに斬り伏せた。


バクハァーツゥウウウウ爆発ッッ!」

 

 不死川が叫び上げた時に既に事態は終わっている。


 剣豪の前を避ける様に爆発が周囲に数百メートルに広がっていく。


 ただ斬り伏せた後だ。


 その膨張する前の段階。爆発が起こる前の核をただ真っ二つに切り裂いた。

 

 爆発が剣豪を避ける様に広がっていくだけだった。


 田島ミチルの表情が変化する。何も見えるわけも無かった。


「……何が……おきた」


 魔物が爆発した。それが剣豪の身に与える衝撃はなかった。


 渋顔のいる場所を避ける様に爆発の跡が残る景色に理論など追いつかなかった。


 道理も理屈も追い越すほどにその黒服が誇示する、最強。


 物見遊山で楽しんでいた第六研究所全員の視線と手が止まっていた。


 画面から目を離せるわけもなかった。其処に映る男があまりにサマになっていた。無言で刀に手を置いている佇まいに感動すら覚える。


 日本という島国が生んだ奇跡の職業――サムライの姿がソコにあったのだから。


 全員の注目を集めただ静かに絶望を斬り伏せた男は、


 ——えっ、え……自爆するん?


 遅れて事態を理解する、マウスヘッダーという魔物にがあると。


 サムライの心臓が若干バクバクしていたことを誰も知らない。



《つづく》

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