第131話 思ったより、カッテェな……

 遍く全てが一人の異常者によって支配されていく。


 人々の視線、神々の視線、


 魔物たちの視線ですらも――。


 様子を窺うように無尽蔵の口だけ頭部マウスヘッダーたちがジリジリと距離を詰めていく。仲間を殺された感情はなくとも意識はある。その異常者の登場による選別に他ならなかった。


 殺そうとした桐ケ谷という獲物を横取りするように、


 手に持って存在を誇示している異質。

 

 首をコキコキ鳴らして構えを取らない。


 周囲を取り囲むようにジワジワとその不審者を追い詰めていく魔物。


 だが、本当に追い詰められているのはどちらなのか。


「……おっさん、わりぃが怪我人は引っ込んでてくれ」


 乱暴に腕を振るった。黒服の男が乱暴に宙を舞う。強の視界はちゃんととらえていた。こちらまで近づいてきていた人物。そのものに桐ケ谷を託すといわんばかりに投げ放った。


「っ、桐ケ谷殿!?」


 魔物の上空を舞う桐ケ谷に視線が集中する。豪鬼は慌てて落下地点に急ぐ。その豪鬼の後を追うように杉崎たちも視線で追う。マウスヘッダーたちの向きも獲物を追うように自ずとそちらを向いてしまう。


 だが、


【その凶悪な存在から】


 神々の視線だけは外れはしなかった。


【視線を外すなど、自殺行為だ……】


 大砲が火を噴いたような轟音――


 静かだった戦場に激しい衝撃音が鳴り響く。

 

 誰もが目をそらした瞬間に開始されていた。


 涼宮強の右ストレートが一番近いマウスヘッダーに撃ち込まれていた。


 丸い球状の体が仲間にぶつかりながら激しく吹っ飛んでいく。


「思ったより……カッテェな…」


 だが、一撃で仕留めるほどには至らなかった。まだその飛んでいったマウスヘッダーは黒き灰となり霧散していない。その一撃が気づかせてしまった。


 マウスヘッダーたちの意識が完全に向いた。


 涼宮強コイツは害敵だと――。


 共通認識を持つ魔物。その意識が伝搬する。


 たった一人の存在に敵意がすべて向く。その敵は不思議そうに自分の拳を眺めている。一撃で仕留められなかったことへの違和感。殺すつもりでやったがうまくいかなかったことにしっくりと来ない様子。


【まだまだこんなものじゃないだろう……君という存在は】


 神々の期待を一身に受け、魔物たちの熱烈な殺意を一身に受け、


 黒服たちから不思議な目で見られている。


 杉崎の目の前でマウスヘッダーたちが激しく動き始める。四つ手を地面に素早く叩きつけ機敏に動き出した。それもまるで黒服である自分たちを無視するようにたった一人のもとへと。


「一刻も早く、その場から!」


 慌てて声を出していた。


 涼宮強に聞こえるように声を上げていた。


 意識下にあるいち高校生という存在。おまけにワイシャツ一枚の軽装。戦場に似つかわしくなどない。その者に向けて魔物全部が動き出してしまっている現状。言い放つ途中、マウスヘッダーの一匹が飛び上がり強を真後ろから狙う。


「下がり―――」


 それでも言葉を続けた。その者に届くようにと。


 だが帰ってくるのは言葉に対しての返答ではなかった。


「じゃあ…………」


 不思議そうに眺めていた拳が動き出す。


 後ろから飛んでくる気配は感じ取っていた。それでも間に合うと自信があった。


 ――さっきのでダメなら………


「コレぐらい――――」


 涼宮強にとって先ほどの一撃は調整を間違えただけ。


「――――カァッ!」


 さっきのでダメならばと、さっきより早く鋭く拳に威力をのせるだけでよかった。


 先ほどの衝撃を超える音がした。


「なさ――い………っ!?」

 

 杉崎莉緒の声が上擦る。


 大気がその場から消失するような破壊音。


 やって、見せた。ちょっと予定が狂ったのだと最強の男は見せてくる。


 強の背後で撃たれた瞬間にマウスヘッダーは黒き灰となって霧散。


 これで調整が上手くいったと言わんばかりに


「コレぐらいか……ふむふむ」


 涼宮強がうんうんと拳を見て頷き、ポツリとこぼし、


 ――コレぐらいなんだな……。


 力加減の調整を反芻するようにまばたきをする動きの間に、


 ――ナニが………


 杉崎は狂ったことを理解する。


 この戦場は浸食されていくのだと、神々が望む異常事態へと。


 瞼が閉じられるのは、本来の姿を露わす前兆。殺せると確認は終えた。その存在自体が異常で異質。神々の期待は大きくなる。彼らは知っているから。しかし、その場にいる豪鬼を抜かした黒服たちが知るわけもなかった。


 その男が人類の最上位ランクに到達していることに。


 ――起こってっ…………


 杉崎の反応が正しい。


 彼らの常識が覆される瞬間に他ならない。


 いくら強いといっても高校生。学園対抗戦MVPなどという肩書の人間はブラックユーモラスの中にいる。それでも違うのだと認識することが出来るだろうか。ただのバカなワイシャツ一枚で戦場に赴く高校生にどれほどの力が宿っているかなど想像だにしなかった。


 国立研究所でも同じだった、戦慄が走る。


 今まで見ていたのは最上の戦闘。選ばれし最強の自警団たちの異世界防衛戦。誰もが止まっていた。指先一つすら動かすこともままならず、どこまでもオカシイ状況に目を向けるのが関の山に他ならない。


【イッツ……ショータイムだ】


 閉じられれば、開くのが定石。


 獣の眼光が敵を睨みつけながらも、口元が邪悪な笑みを浮かべる。


「遊んでやるよ――」


 圧倒的強者であるがゆえに持ち得る余裕。相手は異界を統べた魔物。それでも自分のほうが異常なのだと殺した感触が異常者に教えてしまった。そして、なにより力をセーブしていた一撃目。


 最凶の獣の戦場は開かれている。


 栃木に存在する広大な戦場ヶ原――


 広さは400haに及ぶ辺り一面が開けた広大な湿原地帯。


 異常な力を振るう理由も得ている。愛する少女を守るために。なによりも、これは涼宮強が得意とする防衛戦。異世界からの侵略に対して世界を守るという純然たる正当防衛権利を有する戦い。  


 この上ないお膳立ての上にある。

 

 唯一、気にすることがあれば――、


 戦場以外に被害が及ぶことぐらいだろう。


「テメェらを……殺し尽くすまでェナァアアアアアアアアアア!」


 獣が吠える。大地が悲鳴を上げる。辛うじて黒服の視線が後を追う。


 ――チョッ……トッ


 杉崎が首を振るよりも強の動きが速かった。眼球を移動するだけしか出来ない。

 

「――ッッ!!」


 杉崎の体へと爆発と爆風が同時に襲い来る。

 

 マウスヘッダー達が取り囲んでいたはずだった。それでも、抑えることは出来な。い。獣の動きに誰もが遅れを取った。魔物もブラックユーモラスも、地上に存在する風と音でさえも追いつけはしなかった。


 遅れて人間に伝えることしかできない。杉崎の体を暴風が打ち付け続ける。


 ――ナンダッテ……てぇーのよ!?

 

【相も変わらず、規格外】


 取り囲む軍団が分断されて一部隊が宙を舞う。世界がその異常な動きに取り残されていく。力を出して動くだけで大気が行き場を探して逃げ惑う。大地は踏みしだかれ形状を変えていく。


 神々の宴はその異常さに酔いしれて加速していく。


 ワルキューレたちの激しい舞踊。洗練された動きにお互いの武器をぶつけ合い音楽の神に混ぜ合わせる。金杯がぶつかりあって甲高い残響を神殿に響かせる。ヘルメスは高笑いを浮かべる。


【まだ本気じゃないんだろう……】


 今宵の宴の成功を祝うように――。


【見せてくれ、君の全部を!!】


 まだ宴は始まったばかりだと高らかに大声を上げた。


「死亡遊戯……」

 

 地上から空中へと巻き上げられた魔物たち。その下で恐怖が拳を引いて待ち構える。力とは何かと問われ続ける。圧倒的な迄に残酷で無残な強者の権利であると答えるように獣は見せつける。


拳玉殺法ケンダマサッポウッ 生死技せいしわざ !!」


 両の拳が空中に目掛けて放たれる。敵との距離は空いてるがそんな距離などは力の前には無意味。この男には見えない無限の弾丸が常備されている。この地球上に存在する大気こそが涼宮強の本領発揮となるのだから。


ケェン!」


 言い終わった時には攻撃は終わっていた。


 もうすでに命は奪われた後だ。上空に舞い上がった魔物の数は八体。球状のど真ん中を数分の狂いもなく刺し穿つ空弾エアブラスト。空中で灰へと変わって霧散する。


「何が……何だ……ナンダ、コレは!?」


 不死川が叫んだ。天才でも理解できぬ領域へとバグが進行していく。


 だが、その遊戯は始まったばかり。



《つづく》


 

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