第106話 下手な鉄砲みたいな女よ

「サークライ!?」


 教室に戻ってきた櫻井の姿を見て装備を整えていた仲間の誰もが驚いた。マカダミアの学生服はいわば戦闘服に近い。それがボロボロに破れていることに加え、櫻井の疲労した様子から何かあったことが一目瞭然で分かる。


「強は……?」

「涼宮ならアレ以来姿を見てませんわ、それより何があったのよ……」


 ——いないのか……っ。


 強が教室に戻っていればと思い、櫻井はいったん教室に戻ってきたが空振りに終わる。レンとトキとの戦闘に関わった疲労は未だに抜けない。ミカクロスフォードの答えを聞いて櫻井は壁にもたれかかり座りこんだ。


「ちょっと……厄介な戦闘に巻き込まれた……」

「ミキさん、回復を!!」

「わかってる!!」


 誰もが心配そうに櫻井を見る。表情が険しくただ事ではない雰囲気が漏れ出ている。疲れ切っているが故に取り繕う余裕も無く、櫻井は徒労に浸る。


 ——どこに………いった。


 涼宮強を監視することが自分の仕事。その仕事を全う出来ない焦り。それに加えて、いまゲートが開かれようとしているからこそ櫻井の焦燥は募る。ミキフォリオの回復魔法を受けながらも、一人考え続ける。


 ——こんな訳わかんないことが起きてるときに………


 櫻井は一度強く膝を叩きつける。その苦々しい空気に誰もが不安を覚える。何かの戦闘に巻き込まれてきた男の苛立ち。強を見失ったあの時、櫻井は玉藻を探しに行った。

 

 ——ナニやってんだよ………キョウ。


 玉藻と連絡がつかないという事態を知った強が動き出したのだから、玉藻の方しかないと踏んでいた。玉藻の身を案じて強が動いたのだと。なのに、玉藻が危険にされていようとも涼宮強の姿は戦闘の場面になかった。


 櫻井自体も頭が多少混乱している。


 御庭番衆という聞きなれない単語。そして、玉藻を奪い合う様な戦闘。


 ——次から次へと…………っ


 これから栃木と京都で大規模なゲートが開くさなかだというのに混乱しかない。


「…………チッ!」

 

 ——イマ何が起きてんだよッ!!


 冷静になれない思考。謎ばかりが膨らむ状態に苛立ちしかない。再度、自分の膝を強く叩きつける仕草にサエが怯えた眼を向ける。回復魔法をかけているミキフォリオの様子が変わっていく。


「サクライ……アンタ、」


 かけ続けても終わらない回復魔法。櫻井の疲労が消えない。ミキフォリオ自身それなりの回復が出来るとマカダミアの中で自負していた。その魔法を使っても櫻井の傷が癒えていくスピードが明らかに遅い。


「どんだけ、体力使ってきたの……終わらないんだけど」


 体力の全回復を一瞬で出来る魔法は存在する。それも条件が整えばということだけだ。体力の上限が回復魔法一回の質より劣るのであれば全回復も可能。しかし、それが足りない時には見合う量の回復を行い続ける必要がある。


「……死にかけたからな」


 櫻井の体力の消費が遥かに、


 ミキフォリオの魔法を凌いでる状況が生まれている。


「サクライが死にかけるなんて、大丈夫なの?」

「何がだよ?」

「そんな魔物放置してて……あたし達が攻撃受けたら死んじゃうじゃん……」

「…………っ」


 意外と鋭いのか、鈍いのか分からないミキフォリオの発言に櫻井が眉を顰める。敵が御庭番衆と謎の組織だともいえるわけがない。おまけにソレがダブルSランク相当の実力者などと口をさけても櫻井は明かすことができない。


 ダメージ耐久競争一位の櫻井で辛うじての状況なら、死んでも当然である。


 ——どう……答えるか……。


「大丈夫だ、その魔物は」


 櫻井は口から出まかせを出す準備を整える。


「通りすがりの凄腕暗殺武術家の手によって、臓物をぶちまけてあの世に召した」

「なにそれ、こわっ!!」


 櫻井の嘘半分本当半分の回答に回復魔法をかけ続けるミキフォリオが驚きを見せる。あまりの突拍子もない話にミカクロスフォードが眉を吊り上げる。田中達も同じく目を点にして状況の把握が追いついていかない。


「櫻井……本当なんでふか?」

「訳の分からんことを言ってると思われて当然だが………」


 櫻井は半分が本当であるが故に思い出して、


「俺も訳が分かんねぇんだよ………まじで不幸すぎて……ッ」


 田中に困って見せる。


 玉藻を中心になぜ戦っていたのかも分からないままに高度な戦闘への参加。ついていくのに必死だったが故に得た情報は数少ない『御庭番衆』という単語のみ。おまけに強を見つけることも出来ずじまいでどこに行ってるかも分からない。


「涼宮なら栃木に向かったんじゃない?」

「はぁ?……なに言ってんだ、ミキフォリオ?」

 

 唐突なミキフォリオの発言に櫻井がつっこむ。


「いやだってさ、涼宮はタマを心配していったのなら栃木にいって魔物を根絶やしにしてきた方が早いとか考えるかもじゃん。おまけに涼宮とか指示があるまで待つのとかだいで嫌いそうだし」

「………一理ある……一理ある!」


 ミキフォリオに言われて櫻井は初めて栃木の可能性に気づく。櫻井が涼宮強という人間を知っているからこそ、その可能性も無きにもあらずと思わずにはいられない。


「でしょ! でしょ!」

「オマエ……ひょっとして、頭いいのか?」

「なにそれ、ひどくない!」

「ミキさんはバカな癖にごくたまに的を射るのよ。下手な鉄砲みたいな女よ」

「ミカ、下手な鉄砲は言いすぎでしょ!!」


 いつもの雰囲気に戻った仲間達。


 そして、その教室に櫻井より遅れてあられる者が一人。


 櫻井は強かと思い視線を扉に向ける。


 そして、二人の視線が合う。


 ——櫻井くん……か。


 ——花……宮か。


 だが、お互いの視線の思惑は違う。何も知らない櫻井と御庭番衆の六道花宮。気づかれているか反応を伺う様なハナの視線。じっとこちらを見ている視線に櫻井は不思議な感覚を受ける。


 ——気づいてなさそう……そこまでの情報は持ってないみたい。


 ——このボロボロな状態を……クラス委員が心配してるのか?


 同じクラスメイトに対して警戒心もない櫻井はじめは気づかない。彼女が自分を悩ませている御庭番衆という情報を持っている女だと。自分と同じように強の監視をしている存在だということに。


 この時、気づくはずもなかった――。



《つづく》

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