第107話 国立第六研究所に彼女が残したもの
白衣を来た研修者たち職員の風貌に似つかわしくない激しい声掛けが飛び交う。お互いに席移動して確認している暇もなく、声で情報をやり取りする原始的な方法。
「
国立第六研究所では、ゲートの記録を取ることに職員が躍起になっていた。
「今のところ、震度一程度の規模で収まっています!」「
だが、ソレが彼らにとって一番効率のいいやり方に他ならなかった。情報が飛び交う中で各々が誤差を修正していく。自分に関係のにないやり取りであろうとも耳を傾けて情報の修正を行う。
情報の共有という点でデータ確認するよりも早く異変を察知できる手法。
「実にみな勤勉に働くものだ……」
「田島教授、第三訂正資料の差し替え版です」
せわしなく動き回る。モニターの情報は数分と待たずに切り替わる。ある職員は頭を掻きむしりながらもキーボード片手で入力する。ある職員はキーボード外の場所でタイピングを繰り返し、これから打ち込むデータを暗算で算入する。
「第五改訂版の各変動係数が出来ました!」
田島みちるも次から次へと持ってこられる資料に目を通していく。
「おおよそ……固まって来たな」
資料を机の上に投げ去り、ゴスロリ幼女風の女は席から立ち上がる。
「うぅーん…………とっ」
凝り固まった体をほぐす様にして、
彼女は職員たちの懸命な働きぶりを上から眺める。
「空間磁場細微振動あり!!」「OK!!」「時空間の波形データをコッチに回してくれ!!」「修正中、三分後に送る!」「
——捨てたものではないな……。
この光景を田島みちるは感慨深く思う。
——凡人と手を組むのも悪くない……。
二人でいいと願っていた孤独な天才。
櫻井京子以外を近づけることを拒んできた彼女が一人で歩んだ先に見た光景。彼女の城ともいえるモノが完成に近づいていく風景に歩んできた道のり。
——多くの馬鹿共と関わるのもそう悪くないものだ……京子。
田島みちるの指示を元に働く職員たち。それは彼女の手足だ。
——君の言う通りだ……私についてくるバカもいるんだ。
その手足が脳である彼女を徐々に変えていった。
「ご褒美の時間だ」
資料を持ってきていた女性職員に眼を向ける。
「は………い」
田島の言葉へ神妙に頷く職員。
田島みちるは微笑み、机の上にあるマイクに顔を近づける。
これから勤勉に働いてきた者たちへのご褒美を告げる為だ。
「諸君の働きで概ねのデータは集まった」
館内に流れる放送に手を動かしながらも職位たちが耳を傾ける。
「ゲートの推定開放時間は三十五分後、誤差五分圏内」
これはこの研究所における脳からの指令に他ならないのだから。
「よくやった……けど、忘れるな」
それが手足となる自分たちに何かを伝えようとしているのだ。
「データは何よりも重要だ。実測値ほど有用なものはない」
田島の楽しそうな声が響く。
これは彼女が耳が酸っぱくなるほどに職員たちに聞かせてきた口上。
「未知の事象解析するに当たって、積み上げていくことで答えに近づく」
田島みちるはなによりも実測値が大切だと思っている。
「そこに法則が必ずある。答えは、なによりも目の前で起きた実測値にあるのだから」
だからこそ、
「ソレが一点の疑念も無い法則なのだから」
これは念推しなのだ。
「そこらへんは、よーく理解しているな……諸君?」
彼らの実績によってゲートの開放が予知できるようになった。彼らのおかげでゲートの開放時間が誤差十二時間から始まり、十時間、八時間、七時間、六時間半、と時を刻み続け二時間以内に留まった。
そのおかげで皆が平和な暮らしを日々おくれている。
「凡人であれば、あるほどに長い時間を懸けろ。必死になれ」
それは彼らの積み上げて来た時間があるからこそだ。
「答えには必ず辿り着ける……天才である私が保証する」
何度も起きてきたゲートのデータを蓄積し解き明かしてきた。
「間違い続けても、何度も繰り返せばいい、答えに近づくのだから」
それは田島みちる一人ではない。ここにいる全員の力があってこその功績。
そして、この場にいない一人の凡人による軌跡。
彼らは誰も知らない事象に何度も失敗を繰り返しながら近づいてきた。
「諦めない執念こそが、未知に挑む糧になる、力になる」
天才の横に立った一人の死人の存在。
「ソレを我々は――――」
田島みちるの生涯を支えてきた一人の凡人。天才を孤独にさせなかった一人の恩人。彼女がいたからこそ今の田島みちるが在り、この国立第六研究所がある。
「
田島の横に立つ職員の瞳に涙がこみ上げる。職員の瞳にやる気が満ち溢れる。いまは亡き創設当時からの職員。彼女の魂がその場にいる全員の胸に刻み込まれている。
研究の道半ばで亡くなった一人の女性の姿が誰の記憶にもこびりついている。
その名を聞くだけで彼らは止まることが出来なくなる。
もし、ゲートの感知が完全であるならばあの悲劇は防げたのかもしれない。
魔物によって人が殺されることも無くなるのかもしれない。
事前に対策を打てるようになるはずだと、
「データは一ミリとて逃すな! データを取りこぼすことは答えを見失うことに繋がる! データを決して間違えるな、明日仲間が死ぬことに繋がる可能性を残すことになるぞッ!」
今は亡き仲間の死が彼らに力を与える。
田島みちるの言葉に誰もが気合をいれざる得ない。自分の胸にある痛みが何よりも分からせる。この痛みを誰よりも感じるものが居るのだから。櫻井京子の死に一番の痛みを覚えたであろう小さき胸があることを知っているのだから。
この研究所に住むようになった田島みちる。彼女は可能な限り帰宅をしない。一日でも早く研究を終える為に彼女は死力を尽す。
彼女こそがこの研究所の脳だ。
そして、心臓に当たるのだ。
その言葉に揺さぶられない職員など、
この研究所という体にはいない。
ソレを感じ取る脳は優しく語る。
「これから三十五分以内に手の空いた職員共は倉庫に行って」
田島みちるはこの場所をいつからか愛するようになった。
櫻井京子の死を乗り越えられたのも彼らが居てくれたからだ。
「食料を取ってこい。ゲートが開いたあとは好きにするがいい」
だからこそ、手足となってくれる彼らの労をねぎらう。
「データは取れないからな」
これは彼女なりの彼らのへの褒美。
「その後は休憩がてらブラックユーモラスという一流の戦闘集団の見世物をエンターテインメントとして皆で楽しもうじゃないか、諸君」
職員の誰もが彼女の言葉ににやける。近くの職員と目を合わせる。
「我らが所長はサイコーだな」「天才ときて、おまけに優しい」「さらにカワイイも追加ね」「各チーム、人員を割いて倉庫に向かわせろ!」「ポップコーンとコーラは絶対条件だッ!」「アルコールは持ってくるなよ、仕事にならなくなるからな!」
活気に満ち溢れる現場を見て田島はマイクの電源を切る。
これから始まる戦闘を見れるのは彼らの特権でもある。他の比ではない。選び抜かれた最強の異能者共と人類を滅ぼしに来る強大な外敵との戦争。それはどんな娯楽映画よりも彼らを興奮させる。
日常を守る彼らにはソレを特等席で見ることが可能である。
そして、所長の許可まであれば何も問題などない。
「田島所長……ずいぶんと変わりましたね」
「ん?」
田島の近くにいた職員は彼女を優しい瞳で見つめる。人と理解し合うことを拒絶してきた天才。それが人を率いるに値する国立研究所の所長になったのだと。
「私は君たちに変えられたのさ、」
一番の親友の死を経て彼女は完璧に近づいたのだと。
「責任は取ってもらうけどな」
「ハイ」
ジョーク交じりに彼女たちは微笑み合う。
「ゲートを解き明かすまでご一緒させて頂きます、田島所長」
この未知を解き明かすまで一蓮托生なのだと。
《つづく》
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