第105話 この世界の終わりまで
【世界の秘密に近づこうと足掻く者たちもまた酔狂だ】
八神出雲は静かに天井を見上げる。
届くはずもない願い。叶わぬ思い。
「リョウタ……」
それでも彼女は願い続ける。あの子ともう一度会える日を。
「どうか……一目だけでもいいから……っ」
静かに目を閉じて女は聖道服に身を包み、天上の神を見上げる。
【誰が本当の世界を知っている?】
「リーダー、考えごとかしら?」
「マリー……オマエはどう考える、あのオンナの発言を」
隻腕の包帯男は金髪の少女に問いかける。この世界が誰のエゴなのかということを。この世界は誰によって変えられているのかということを。それを受けて少女は口元を緩めて微笑む。
【誰が
「おそらく、総理が関係していると見て間違いないわね」
御庭番衆の女の発言は明らかに自分たちよりも進んだ理解を示していた。
男はそれを受け取りさらに立ったまま考え込む。
「そうなるよな……」
【世界を手にいれようなどと傲慢にもほどがある夢を抱く者よ】
「神々に未来と何かと引き換えにこの世界を願った……」
【半分正解だ……】
「第八研究所……で何かが起きた。涼宮晴夫は何かを知ってしまった?」
【狂人であるが故に疑問を抱くか……】
「鈴木政玄にとって都合が悪い何かを晴夫が掴んだ……そして、ソレは晴夫にとって許しがたいことだった」
【けど、キミが真実に辿り着くにはまだ足りない】
「晴夫と政玄は対立している……その状態で晴夫が逃げる理由はなんだ?」
【君の手元にある情報ではたどり着けるわけがない】
「あのバカが逃げるなんてことをするのか……」
【君はまだ真実に届く位置にいない】
「リーダー、随分と真剣に考えるのね。らしくないわよ」
「マリー……オマエは面白くねぇのか?」
金髪の少女の嘲笑を受け取り、男は包帯に包まれた顔で嗤って見せる。
「なにが?」
それに金髪少女はニコリと可憐に笑って問い返す。
その言葉の真意はなんだと。
「世界の秘密ってやつに興味がわかねぇか」
男は楽しんでいた。この狂った状況こそが最高に楽しいのだと嗤っている。
「世界改変なんてフザケタ事象が神々の力だとして」
これが神が仕掛けた人間を試すゲームなのだとしたら。
「神は何を望んでいる、神は誰の何を叶える契約を交わしたのか」
【ソレはいずれ時がくれば分かる、終焉の時がね】
「ソレで世界の命運が決まる」
終わりに向かっている世界で今を生きる狂人だからこそ嗤って楽しむことが出来る。それが破滅の道だとしても男は進むことを止める気はない。これは男にとっての最高のゲームでしかないのだから。
「ソレをもし俺の手にできるとしたら……最高じゃねぇか」
【ソレもある意味可能ではある、キミが真実に辿り着けたのならね】
「晴夫………」
「美麗ちゃん、砂時計が止まった……」
二人はその砂時計を眺めて不安そうな表情を浮かべる。落ちた砂の量が今までと違った。これまでの時の進行とは違う。今回の落ち方は、今までで一番量が多かったのだから。
「晴夫、止まったってことは………」
「あぁ……政玄の思惑とは別で時が進むことが起きたってことだ」
【家族と離れて、なおいばらの道を進む二人組】
晴夫は静かに異国の地から空を見上げる。自分では何かが出来ないと分かっているもどかしさが俺様主義の男を苦しめる。自分の思い通りにならないことばかりが起こる。
【君たちは果たして間に合うのか……】
だからこそ、男は手に持った砂時計を握りながら願う。
「キョウ………頼んだぞッ!」
【君たちが終焉を阻止しようとしても時は無慈悲に進んでいく】
息子に願いを託す父親の姿を神たちは期待して微笑んで見ている。なぜなら、二人がこの終焉の舞台に立っている主要人物に他ならないから。誰もがもがき苦しむ舞台を神は愉悦として楽しむ。
【さぁ、時間はなくなってきた】
総理官邸の廊下に均等な感覚で音が鳴り響く。静かに歩くヒールの音が淡々と。
「……楽しくなってきた」
普段は表情をあまり変えない彼女もこの状況を楽しむように微笑む。足元はどこか均等の歩幅でありながらも喜びを表す様に踏みつけ鳴らす。
「……いずれ終わるのなら」
彼女は恍惚の表情を浮かべる。
「楽しまなきゃ――――」
終焉を待ち望むように。
「損よね」
この異常事態を楽しむように一人の女が嗤う。
【全員、君たちは正常とは程遠い………】
総理は一人は部屋に佇む。
これから始まる栃木と京都の大戦を彼は静かに自分の持ち場で待つ。
人類が真に敵対するものが何か。
「………やはり
鈴木政玄は知っている。この世界がいま試されているということを。この世界が一人の裁定者によって終焉に向かって動いているということを。
彼と二人だけが確信持って知っている。
「私に出来ることは――――」
【これは君から始まった願いの物語だ】
総理は一人席を立ちあがり窓辺に立ち世界を見る。
「ただ、
【ただ君一人の物語ではない】
全てが思惑通りになど常勝の彼とていかない。それぞれがイレギュラーな存在。一人一人が意思を持ちココに動いてしまう。将棋やチェスの駒とは違う。不規則かつ自由に動き回る。
【君の願いがどういうカタチで叶うのか、我々は楽しませて貰うよ】
歴代史上最高の日本国総理と言われる彼とて全てを把握などできない。
「玉藻様…………」
老人はベッドで眠る少女の横に座りただ心配そうに眺める。彼女が御庭番衆に狙われてたということは、ソレは鈴木政玄という男の指示だということをもっとも理解している。
だからこそ、彼は自分に取って
「コレでいいのだろうか…………」
【迷っているのが見て取れるよ、時政宗。君の願いは本当に過去と同じものなのか。ソレを決めるのは今の君自身だ】
ただ大事な少女の未来を憂う他ない。
時政宗もまた御庭番衆と変わらない鈴木政玄という男の駒であるのだから。
「ハァ……まじハナちゃん仕事きつくなりそう」
長いマフラーで口元を隠した女子高生風の女が街を歩いて学校に戻っていく。彼女の責務は増えた。一人の男の監視から二人の男の監視へと。
「本当にどうなっても知らないんだから、ハナちゃん」
一人でプンプンと怒って街を闊歩していく。
その途中で彼女は足を止めて空を見げる。神々が見ている天上を。
先程まで独り言をつぶやいて女は真剣な顔を見せて空を見つめる。
「なんで、みんな気づかないのかな…………」
六道花宮は天真爛漫な仮面を捨てて、ただ静かに空に殺気を放つ。
「願いなんて叶うはずもないのに――」
【色んな表情を見せてくれる君の願い】
そこに込められているのは神への失望と疑惑。
「願ってばかりで、バカみたい」
願いなど叶うはずも無いと彼女は空へと吐き捨てる。それは一人の女を思い出してのこと。先程まで話していた女のバカげた願いを否定するように彼女は怒りを表す。
「まぁ、ハナちゃん的にどうでもいいけどね♪」
そして、彼女は仮面を戻してまた歩き出す。
【ソレは無に等しい、キミは期待などしない、願いなどしない】
別にどうでもいいことだと吐き捨てる様に彼女は天真爛漫に歩いていく。
心の底から全てがどうでもいいと思いながら――。
【君たち誰もがこの世界で舞台に立つにふさわしい彩りの役者だ】
狂った世界で動く人の姿を神は愉悦で眺めるだけだ。
【これからも見して貰うよ、君たちがどういう世界を描くのか】
彼らは人の願いなど叶えはしない。彼らが求めるのは自分たちの願いだけだ。
【————この世界の終わりまで】
終わりという願い――ひとつだけ。
《つづく》
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