第85話 異世界異端者 VS 御庭番衆 —邂逅—

 二つに分かれた髪が森の中に彩る金色。


「アインツ、急いでッ!!」


 少女は急ぎ吸血鬼に催促する。


「ミミ様、待って………くっださい!」


 森を駆け抜け川を飛び越え、山から山へと越えていく。その足が止まることを許さない。


 ——パパ………っ。


 苛立ちと不安が彼女を掻き立てる。


 どれだけ急ごうとも距離が彼女の行く手を阻み時間を貪る。眼前にはもう見えている。


 これは襲撃なのだと。悪い予感は間違いなかったのだと。


 大木が次々となぎ倒されていく様に彼女の瞳が焦りに歪む。



 

 森の騒めきは広がっていく――。




 野生動物の群れが人間たちの戦場から遠ざかる様に山を降りて市街地へと下っていく。地獄に居られる強き獣が残される。狼の足跡が森に響く。銃撃の雨をくぐり抜け、そのメスの爪を剥き出しにする。


「ジャマ――――」


 鮮血が爪痕を残す。


 三本の紅き模様を大木に描き出す。


「しないで………」


 それの材料は血肉に他ならない。


 狼少女は獲物へと殺意を露にする。その身のこなしは獣人の身でありながらも武を身に着けたもの。生まれ持った素質が人間という個体を遥かに凌駕する。


「チックしょぉおおおお!!」


 洋館に近づくほどに、


 敵の警備は増えていくが、


「どいて――」


 モノともしない。


 拳一振りで人の首を破壊する。これでもかと捻じれた首元を持って彼女は次の獲物を探す。敵に対して少女にとって怒りに近いものがある。


 ——レンちょんの分も……


 仲間を想うが故に拳に力が入る。


 ——暴れるッッ!!


「よくもまぁ……ここまで集めたもんだよ……」


 聖なる魔法が狂った者達へと審判を下す。


「一匹いればなんとやらってことか…………」

 

 神々しい白服を着た女が死体の横を通り過ぎていく。


「ゴキブリみたいな連中だ――――」


 聖なる光の槍が天井から降り注ぐ中で、悲鳴を上げる有象無象に眼もくれずにただ真っすぐと洋館へと狼少女を引き連れて近づいていく。大地が数多の狂人の血を吸い込もうとも、


 その女の戦闘服に一切の穢れはなく。


「駆除する身にもなって欲しいもんだよ………ったく」


 彼女を際立たせるだけだった。


 地獄のような風景の中に荘厳に長身の女が風を切って歩くだけ。どれだけの死を積み重ねようとも、正義という神々しさを身にまとい彼女は狼少女を引き連れて地獄を歩く。


 他でもない、


 地獄を作っているのが、彼女だとしても――。


「リーダー……来たぞ!?」


 ガラの悪い男の人形が声を上げると同時に、


 洋館が大きく揺れて到着を知らせる。


「テメェら、来客だ………」


 包帯男の眼光が鋭さを増して仲間を射抜く。




「気を抜くんじゃねぇぞ――最高に持て成せ」




 ソレにメンバー各々が反応を見せる。


 赤い外套を被った金髪の少女はソファーから立ち上がり媒介にマナを込める。細身で長身のオカマは鞭を取り出し床に叩きつける。人形を手に持った少年はソファーの後ろに移動してリーダーの背中に身を隠す。空手道着をきた白眼の男は拳をドアに向けて構える。


「いやだ……僕はイヤだ……っっ」


 気弱そうな青年が体を震わせ、窓に目を向けた。


「イヤなら、変わればいいんだよ」

 

 隻腕の包帯男は静かに狂気を覗かせ、ジンと呼ばれる青年に向けた。


「もうっ……たくさんだ! お前らに付き合ってから最悪だッッ!!」


 それでも青年は吠えた。仲間割れのような声が洋館に響き渡る。


「お頭……なんか言い合いしてる?」

「ほっとけ、シャオ」


 赤い絨毯が敷かれた廊下を二人が闊歩していく。


 段々と包帯男達に近づいていく――。


「陣……落ち着けよ」

「もう、こんなところにッッ――」


 青年は部屋の中で走り出した。逃げる為に外へとただ速く駆け出し身を乗り出す。ガラスが弾けた音が鳴り、青年は山の中へと逃走していく。包帯男は見送り、ソファーに寄りかかった。


「ソッチの方が―――」


 山の中へと消えていく青年の未来を予想するように


「お前にとって、地獄だぜ」


 嗤った。


 逃げたことなど気になど止めていない様に男は嗤う。


 気だるそうに御庭番衆お頭の彼女の胸元に結ってある髪が跳ねる。


 彼女の動きが止まった。


「さて、ご対面と行こうか……」


 その扉の前に御庭番衆が到着する。


 狼少女の鼻が僅かに動く。


「お頭、この扉……ヘン?」


 狼少女の鼻が違和感を感じ取る。普通に見える扉でも幾つものプロテクトを施してある気配がする。此処から先に入れるものを選定するような試しの門。


「さて……どんなお客様がお見えになるのか、楽しみね」


 金髪の少女がにっこりと笑って、二人がいる扉を反対側から見ている。


 この仕掛けを作ったのは他でもない、マリーだ。


 彼女は魔術を専門に扱う。


 術は基本的に知識が深ければ深い程に、


 準備時間があればあるほど複雑なものを、準備が出来る。


「生きて会えればですけれど――」


 その扉に仕掛けられたものは大量の魔術の結界。


 対衝撃反射、対魔法防御、対攻城、物質強化——


 対砲弾、対神器相殺、対毒撃、対呪詛返し、対魔封殺。


 彼女の持てるありとあらゆる魔術の結晶がソコに散りばめられている。


 迂闊に生半可なモノが扉をあけようとすれば——


 その身に大量の反撃を受けることになる罠。


「どいてな……シャオ」

「お頭…………」


 その扉を前に狼少女を後ろに下がらせ、白服の女は拳を鳴らす。


「コレが挨拶の仕方だ、見ときな」


 狼少女に自分の拳を見せて、お頭は拳を引き絞る。


 力を込めた拳が震え出す。小刻みに震えるその拳は徐々に、


 聖なる光に包まれていく――。


 お頭の打ち出される拳はノックに他ならない。


 試されているというのなら、呼び出すまでだ。


 女はこれでもかと拳にマナを込めていく。


 銀翔衛の芸当と同じ原理――。


 纏うは聖魔法における結界魔術の輝き。


 結界とは盾だ。強い結界とは何か。


 求められることなど一つしかない――。


 ただどんな攻撃をも防げばいい。ただどんな魔法をも退ければいい。

 

 ただ――硬ければソレでいい。



「たのもォオオオオオオおお!!」


 

 女の咆哮と共に打ち出された拳は幾つもの魔術を貫通していく。魔術が発動するがお構いなしに突き抜けていく。保護された拳は防壁の役割すらをも果たす。強固なの盾はあらゆる魔術を退け、障壁をも打ち砕く矛となる。


 ソレが邂逅の合図になる――。


「嬢ちゃん……オマエも救われに来たのか?」

「なに……アンタ?」


 金髪の少女は手で汗をぬぐいながらも悪態を返す。


 禿げた巨漢の男はそうか、そうかと悲し気に頷いた。


「これも……仏のお導き………」

「はぁ?」


 信仰の厚い言葉に間の抜けた声が返る。


 山で二人は出会ってしまった。


「救ってやる…………」

「アンタ、アタマオカシイじゃないの?」


 ミミとサイという二人の狂人が邂逅を終えた。


「ちょー………キモイんですけど」


 狂人の女子高生と狂人の破戒僧が対峙する。



《つづく》

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