俺たちの関係をデットエンドで終わらせねぇ！！

第86話 異世界異端者 ＶＳ 御庭番衆 —ミミが救われるし—

　ミミは心の底から破戒僧に向けて、憎悪を抱く。

　——マジ……ウザィしッ。

　早くリーダーと合流したいのに巨漢の男が立ち塞がってくる。ミミは強くナイフを両手に握りしめて腰を落とす。見ただけで分かる、異常な強さが彼女には薄いオーラのように見て取れる。

「どうした、嬢ちゃん………仲間が心配か？」

　その心を見透かす様にサイはにんまりと笑顔を浮かべる。

「安心しろ……大丈夫だ」

　サイもまたミミの気配を呼んでいた。対峙すれば分かる、

　研ぎ澄まされた感覚を持つホンモノの予感。

　だからこそ、サイは笑顔でミミを見定める。

　この少女の正体が何であるか――。

「すぐに、その苦しみから………」

　数珠を両手で強く握りしめる。

「救ってやるからな」

「ウッサイ………、シッッ！」

　殺気と殺気がぶつかり合い――、

　二人の間の木の葉が激しく真っ二つに弾け飛ぶ。

　——いつ……だ？

　瞬間、少女と対峙していた破戒僧の意識が後ろ側に向いた。

　その一瞬を見逃すことも無い。気配を感じる感覚が研ぎ澄まされている。血に染まった落ち葉が激しく舞い上がる。高速で駆けだした少女は背後に意識を取られる獲物へと二本のナイフを振りかぶる。

「おぉ―――？」

　破戒僧の眼に映る少女の軽やかな身のこなしは獣と大差ない。

　スキを見せれば喉元に噛みつくような激しい衝動が肌を撃つ。柔軟な体と身軽さが描く動きは直線と言うよりも曲線に近く捉え辛い。それでもサイは笑って迎え入れる。

　彼女を救う為に――

「———怨（オン）———」

　破戒僧は、数珠を握り一文字の真言を唱えるだけだった。

　——な………にっ……。

　サイを斬ろうとするミミの体を寒気が襲う。ただ数珠を持って、

　真言を一音唱えただけの無防備な男にイヤな予感を感じた。

　——躱さなきゃ………ッッ！

　斬りかかってはダメだと反射的に獣の本能が働く。咄嗟に右手で斬る予定だったナイフを手から離し男に向けて投げ放つ。左手に残ったもう一本のナイフを自分のわき腹辺りに突き刺す。

「勘づいたか………」

　野太い声が簡単を告げる。あと一歩遅ければ巻き込めていたのにと。

　咄嗟の緊急回避だった。それはオロチ戦でも使った。

　自分の服にナイフを突き刺し、距離を取る異能の回避。

「オカシイな……初めて見せるはずなんだがなー」

　破戒僧は首を傾げる。

　絶対的に誘い込めていたと思い込んでいた。少女の素早さを見誤っていた。反射速度が格段に高い。危機に対しての反応が転がっている死体共とは違いすぎる。

　僅か一瞬のやり取りの中に死が滲む。

「ホント………キモ」

　ミミは回避だけでなく攻撃も行った。

　そのナイフが塵となりこの世から紛失した。顔に向けて放ったはずのナイフが大きな数珠のたまに吸い込まれ、ネジ切れるように消えたのを目の当たりにした。

　それでも、サイへの攻撃は当たっていた。

「ふむ……不可思議（ふかしぎ）」

　サイはビクともしていない。

　ミミの動きに疑念を抱きながらも己が背中に手を伸ばして、

　攻撃の後を抜き去る。

　そして、自分に刺さっていた

「いつぞやに……どこから？」

　獲物をマジマジと眺める。自分の血に染まったナイフ。

　一本は消した。二本目は彼女の回避に使われた。それなのにどこからともなく出現した、三本目のナイフ。おまけに戦闘の最中にそれらしき動きも無く、唐突に背後に気配を感じた。

　——何かの能力に違いないが……。

　破戒僧はミミという少女を訝し気に見つめる。

　——このデブ……ちょー、……やりづら、キモ。

　同時にミミも訝し気な視線を返す。

　関西の受験と同様に発動条件を満たし体を操る準備が出来たが、

　——能力で動かせないじゃんよ……。

　サイの実力によりソレが封じられている。

　——アレ１個って……こともない？

　そして、視界に映る際の武器が気になる。

　自分のナイフを紛失させた謎の数珠。

「嬢ちゃん、いくつだ？」

「はぁーあ？」

「歳だ、歳！」　

「女の子に歳聞くとか……ありえないっしょ」

　殺し合いの中に普通の会話が入るが依然とミミの機嫌がすこぶる悪い。それでも少女は新しいナイフを取り出す合間に巨漢に返す。

「ピチピチの十七歳だよ、ミミは……」

「おぉー、若いな！」

　年齢を聞いてサイは大きな眼（まなこ）をランランと輝かせる。それにミミは腰を落としていた体勢をゆっくりと上げて腰に手を当て、サイの顔を見上げながらも苦笑いを浮かべた。

「ごめん、ミミのタイプじゃない」

「いやいや、お嬢ちゃんに釣り合うなどとは思っとりはせん！」

　サイの謙遜する言葉に少女はツインテールの片方をクルクルしながら、

　まんざらでもない顔を浮かべる。そして、可愛く相手に告げる。

「退（しりぞ）いてくれるなら、お情けデート一回ぐらいして上げてもいいよ」

「こりゃー、まいった、ハハハハ！！」

　サイの大きな笑い声を聴いて、

「声……うっさ……」

　ミミは一転ダルさを醸し出す。

　早く洋館の方に向かいたいのに、

　相手がメンドクサイことに中々の力量を誇っている。

「スマン、スマン！」

「だから、ウッサイし」

「その若さでこれほどの実力を持つ者もそうはいないのに驚嘆してな」

「………じゃあ、デブチン」

　ナイフをクルクルと回して、眼前の敵にミミは切っ先を向ける。

「死んでくれない？」

「俺が死んだら、誰が救いを与える？」

「デブチンの死によって、ミミが救われるし」

　もはや、両者の会話が噛み合うこともない。真剣に聞く方が馬鹿げているサイの言葉と投げやりなミミの言葉が噛み合うことなどない。お互いに殺す気が変わることなどないのだと。

「いやー、これはマイッタ！」

　一本取られたと禿げた頭を豪快に叩く音が鳴り響く。

「チッ――――」

　瞬間、ミミが舌打ちを鳴らす。苛立ちが募る。

　——このデブチン……マジうっざ！！

　会話で誘導されていたことに気づいた。

「キャヒャヒャヒャ！」

　敵は元から二体その場にいたのだと、ミミは気づく。

　この不毛な会話がソレをおびき寄せるための時間稼ぎなのだと。

　不気味な嗤い声の妖怪男が背後から迫ってくる間の―—時間稼ぎ。

《つづく》