第21話 『また明日』の変わりに昔ながらの『もう一回』

 僕には遊び相手がいない。


 ある奴とは遊びではなくなった。


 あれは殺し合いだ。


 アイツは記念すべき僕の殺しのブラックリスト登録ナンバーいち


 家族にはすごく可愛い妹がいるんだけれど、


 体が弱くて激しい遊びをすると熱を出すため母から厳しく言われていた。


 美咲と遊ぶときは優しくよって。


 だから、僕と遊べる人間はいない。僕は世界で一人だけ余っている。


 窓際に体育座りして僕は青空を見上げる。


 どこまでも広がる様な青を四角い窓から。


 ――もう本気で駆けまわったりできないの……。


 誰かと笑って遊ぶことなど二度と出来ないのかと思う。


「強ちゃん、あそびましょう~!!」


 部屋にとじこもっていたある日――


「ん?」


 外から女の子の声がした。元気いっぱいに叫んでいる声。


 ――あの子は……。


 部屋のカーテンを開け窓から女の子を姿を確認する。


 近所に住んでいる昔からの知り合い。


 同じところに通っている一人の女の子。なんどか一緒にみんなで遊んだ時にいた少女。どこまでもどんくさいヤツだったのは覚えている。


「強ちゃん、あそびましょー!」


 その子は窓の外でずっと叫んでいた。叫んでいるだけなのに何か楽しそうだ。目を力いっぱいつむって笑顔で楽しそう。そのせいでイヤになる。僕は何も楽しくない。


「強ちゃん、遊びましょう~!!」

「うるさいな……」


 僕は無視することにした。僕と遊んだヤツはケガをする。


 女の子となれば尚更遊べない。


 男と女が遊ぶことにも抵抗があったしアイツが運動はあまり得意でないことは一緒の幼稚園だから知っている。だから、その子が叫び続けていても僕は無視して一日をやり過ごした。


 けど、その子は――


「強ちゃん、遊びましょう~!!」

「うるさい……」


 翌日もこりずにやってきた。一人で何度も大声を出して周りの人から見られている。それでも女の子は僕の家だけを見つめてずっと呼び続ける。まるで開かないドアを激しく叩くかのように僕に声を浴びせてくる。


「強ちゃん、遊びましょう~!!」

「………………」


 ――すぐに飽きてやめるだろう。


 だけど、僕は反応を示さない。これは単なる気まぐれだ。あの子は多分叫んでいるのが楽しいんだ。けど、同じことをやっていればきっと飽きてくる。何の反応を示さなければあの子も諦めるだろう。


 だから、僕は静かに暮らす。


 それでも、毎日、毎日、


「強ちゃん、あそびましょう~!!」

「うるさ……い」


 毎日、毎日、毎日、


「強ちゃん、遊びましょう~!!」

「うるさい」


 来る日、来る日も、来る日も来た。


「強……あの子をほっといていいのかい?」

「いいんだ! あんな奴知らない!」

「そう……」


 困った子だねと言いながらお母さんが部屋を出ていく。お母さんが心配して僕に話しかけてきたが拒絶する。変な奴だ。アイツはちょっとおかしい。こんな嫌われ者の僕に毎日声をかけてくるのだ。普通じゃない。それに人の家の前で、ずっと叫び続けて夕方には見たことも無い車で帰っていく。


 ――これは嫌がらせに違いないだッ!


 そこで、僕と少女の根競べが始まった。


 雨が降る日も女の子は来る。ピンクのカッパを来て土砂降りの中でひたすらに叫んでいる。雨の音で多少は静かになると思っても、毎日のように呼ばれているから彼女の声が耳に届いてしまう。


「強ちゃん、遊びましょう~!!」

「本当にうるさい」


 イメージに刷り込まれている。同じセリフをずっとうんざりするくらいに聞かされている。だから女の子が脳内に焼き付いてるように消えない。叫んでいる動きで分かってしまう。どの文字を発しているのかが。


 少しすると車がいつものよりも早く到着した。


 中から老人が出て来て女の子の手を引く。いつも女の子を迎えに来る人。


 それに抵抗するように少女は両手で反抗するが引きづられて行く。


 さすがに雨の中でやっていたら、風邪を引く。子供でもわかることだ。


 ――アイツ……バカだ。


 これでさすがに懲りただろうと思った。大人に怒られ、雨に降られて、僕から何も反応がないのだ。明日以降来るわけもない。これでやっと一人になれる。


 いままでどおりに戻る。


 そう思って――


 翌日、窓の外を見た。


「なっ!?」


「強ちゃん、遊びましょう~!!」


 むしろ昨日よりも元気になっていた。ぴょんぴょんと飛び跳ねている。


 ――アイツ、バカだから風邪を引かない!?


 この時点で少しづつだけど悟る。もしかして、とんでもないヤツに眼をつけられているのではなかろうかと。まだストーカーっていう言葉を知らなかったけど、知っていたら間違いなくソレだと思ったに違いない。


 あまりにシツコイ嫌がらせ!!


 もはや、どうしようもない。何の反応もしないと決めたが故に彼女に何も言えない。それを良い事に女の子は日々元気に叫び続ける。一時間ぐらい人の家の前でこれでもかと元気に叫び続ける。


 あくる日、あくる日も、明日も、明後日も、明々後日も!


「強ちゃん、遊びましょう~!!」

「アイツ、ホントうるせぇッ!」


 ――アホみたいに家の前で叫んでくる!


「もう怒った!」


 いい加減に僕はうっとおしくなり、


「やめさせてやるんだ!」


 玄関の前にいるソイツに一言いってやることにした。


「強ちゃん、遊びましょう~!!」


 僕は出来得る限りの拒絶をその子にぶつけた。


「お前とは遊ばない!! ゼッタイに遊ばない!」


 指を口の中に入れて引っ張ってエリマキトカゲのように威嚇する。



「イィイイイイイッーだ」


 

 出来る限りの拒絶をぶつけて追い返そうとした。もう毎日毎日続いたことに飽き飽きとしていた。これでこの叫びを終わらせてやると僕は力いっぱい声に力を込めた。


 僕は精一杯ぶつけたんだけど……


「エヘヘ、やっとだ」


 女の子は笑っていた。


「強ちゃん、」


 僕の両手をそっと握りキラキラした笑顔でその子は言った。




「つかまえーた♪」



「っ……」



 力が弱い両手に握られ僕の小さな手は掴まれたまま動かない。


 手に伝わる温かさと柔らかさが心地よくすら感じる。


 この時に負けたのだと分かった。僕は反応をしないと決めていたのに引きづり出されていたのだ。彼女の作戦なのか、天然なのかもわからない。


 いつの間にか巻き込まれていた。


 計画性のかけらもない行動に。


「なんだよ……おまえ」


 いつ僕が出てくるかも分からないのに、


 それでも諦めずにずっと叫んでたのかよ。


 どこまでも――


 無鉄砲な奴。


「エヘへ、いっしょにあそぼう♪」


 言葉を失った。その子に僕の言葉は届かないから。

 

 気の抜けたようなだらしない顔で笑っているから。


 目がキラキラして宝石の様に輝いていて吸い込まれそうになったから。


 とても綺麗な青がかかった黒髪が長い少女が華が咲いたように笑うから。


 その子の笑顔を前に、僕は何も言えなくなってしまったんだ。


 初めて明確に負けたと思った。


 遊びでは誰にも負けたことがなかったのに、


 この訳の分からない女の子の遊びに僕は屈したのだと。


 この子には勝てないのかも。両手を握られたまま動けなかったから。


「強ちゃん?」


 声をかけられて心が見透かされるのを避ける様に僕は返す。

 

「僕は体を動かしたくないから家の中でなら……」

「強ちゃんのおうち!」


 なんで目を輝かせているんだろう。


 家の中で遊ぶのなんてつまんないのに!


「やめとくなら今の内だぞ!」


 外で遊んだほうが絶対に楽しいのに。


「家の中で遊ぶのって、ものすごーくつまんないんだぞ!!」


 体を思いっきり動かして走るほうが絶対に楽しいはずだ。


 家の中で動かずにいると暇で暇で逆に疲れるんだ。


 一人で何かをしてても全然楽しくなかったんだッ!


 みんなで外で遊んでた時に比べたら天と地だッ!


「強ちゃんがいっしょならいいよ!」


 女の子の言葉になぜだか僕は一歩たじろいだ。


「——ッ!」


 女の子の目が大きくなって輝きを増した。


 何を考えてるかわからない生き物が近くにグイグイ迫ってくる。


「あとで後悔してもしらないからなッ!」

「しないよ!」


 扉の前でやり取りをしてても埒が明かない。


「強ちゃん、あそぼー!」

「……わかったよ」


 僕は根負けしてしょうがなくその子を家に上げる。


「わたしね、いいもの持ってるの……うーんとね」


 部屋につくとその子はぶら下げていたピンクのポーチを漁りだし、


 何かを取り出した。


「トランプしよう♪」


 僕に差し出す。僕はトランプのケースを見る。


 トランプなど楽しくもない。カードを切ったり捨てたりするだけ。


「トリャンプ!」


 だけど妹がトランプを見ると興味を惹かれハイハイで駆け寄ってきてしまった。


「君もいっしょにやる?」

「うんうん。やうー」

「みんなで一緒にやろう♪」


 体が弱い妹でもトランプぐらいなら参加できる。それに妹も女の子の持ってきたトランプに興味津々だ。こうなったらお兄ちゃんは逃げられない。


 僕達三人は仕方なくトランプをすることにした。


「お前の番だぞ」

「ちょっと、まって……いま並べてるから」

「なんで、並べかえる?」

「それは………整理整頓だよ!」

「はぁ……」


 けどその子はとてもトランプが弱かった。恐ろしく弱かった。


 瞬殺できるくらいに弱すぎて、話にならなかった。


「くぅー」

「オマエ、顔に出すぎだ……」

「おねぇちゃん、よわいー♪」


 妹に負けるぐらい弱いなんてありえない。


 おまけに、その子はとても負けず嫌いで――


「弱くないもん。もう一回やれば勝てるもん。だからもう一回!」

「もういっかいー♪」

「何度やっても同じだと思うぞ」


 すぐにムキになって、何度も繰り返す。諦めないのが得意みたいな女だ。そのせいか、妹はその子の『もう一回』を気に入り一緒に連呼するようになっていた。僕はそれを聞くたびにため息をついた。


 何度も同じことをいうのがコイツの得意技なのだろう。


「強ちゃん、もう一回!」

「まだやるのかよ……」

「もういっかいー♪」

 

 その子はずっと「もう一回」って続けた。呆れるほどに続けた。


 普通なら何度も同じゲームを繰り返せば飽きてくるはずだった。


「ほんとよわいなー」

「今日は調子が悪いの………」

「頑張れー、おねいちゃん」

「頑張る!」

「なんだよ……それ」


 それなのに、


「また負けたー!」


 何度も勝てばつまらなくなると思っていた。


「まただ!」


 弱すぎてその子はまったく相手にならないのに。



「あはは♪」



 僕は笑っていた。


 その子に呆れてはいたけど、飽きなかった。楽しかったんだ。久々に遊べて笑い声があって。楽しかったんだ。純粋に楽しかったんだ。それにだらしなく感情をこぼすようなその子の笑顔につられてしまう。


「おねいちゃん、おもしろい♪」

「バカだよ……おまえ、くっく」

「もういっかいーだよ、強ちゃん!」


 こっちまでつられて嬉しくなるような笑顔で。


 いつのまにか僕は笑っていたんだ。


 その女の子は帰り際に、扉の前で僕と妹に満面の笑みで言う。


「強ちゃん、美咲ちゃん、また遊びにくるね♪」


 僕は照れながら鼻をかいてその子に返事を返す。


「うん……また……」

「うん、また♪」

「バーバイー」


 その日からその子は僕のところに通い詰めてくる。


 毎日毎日飽きずにひとりぼっちだった僕の元へ。


 この時から僕の遊び相手は、


 妹とその少女のになった。


 そこから長い付き合いになる。


 腐れ縁になった、その女の子。


 変わった物好きなやつ。




 鈴木玉藻っていう、女の子と――

 



◆ ◆ ◆ ◆




 俺は不思議な感覚に襲われている。


 夢の中で水のたくさん入ったヨーヨーが二つあり、それがリズムよく俺の顔面に柔らかく当たり繰り返される。なんだろう気持ちいい感覚だ。水風船の感触に似ていて柔らかく、おまけに温水なのか人肌程度に温かい。


 ただ、ずっと続くこの感覚。


 顔面にボヨンボヨンとされる。


 ヨーヨーがどれだけ好きなんだ?


 いつまでも繰り返す……


 ちょっと……イイ加減……うざい……よ!


 俺が目を覚ますと上から、


「な、なっ!!」


 視界を覆うように脂肪の塊がのしかかったき。


「スゥ―……スゥ―……」


 玉藻が激しく舟をこいでいる。その拍子に脂肪の塊が揺れ俺の顔面を何度も叩きつけた。呼吸する口を塞ぐように広がる脂肪。


 ――これがヨーヨーの正体かッ!?


 俺は慌ててヨーヨーを横に回避して転げる。


 ――いつの間にか俺はこいつの膝枕に身を預けていた! 


 目の前に見える先程までいた場所。柔らかそうな二本の太もも。


 ――って、なんじゃこりゃぁぁあああああ!!


「うぅん……」


 俺は勢いよく起き上がる。


 その反動で同時に眠気眼ねむけまなここすりながら、


「強ちゃん……おはよう」


 玉藻も目を覚ました。


「あっ…あっ………ぁつ」

「どうした……の?」


 俺は先程の衝撃が大きく、顔を赤くさせ池のコイのように口をパクパクさせていた。俺は誰かにこの状況を見られてないか心配になりあたりを急ぎ見渡す。


 すると……


「師匠ぉう……」「昴ちゃん、鼻水出てるよ」「色々あったんだな……強」


 なぜか赤髪が涙を流しており、美咲ちゃんが鼻水をティッシュで拭ってあげてる……ピエロは目をつぶり、手を組みコクコクうなずいている。


 もう、夕日がさしている。


「なんだ……この光景は?」





 俺たちは帰路に着き行きと同様に休日の一車両を占領し、


「また負けた!」

「玉藻、お前は向いていない。ババ抜きに向いてない」

「出来るもん!」

「出来た試しを見たことがない」


 トランプをやりながら帰る。


「もう一回!!」


 夕暮れの中を走る電車で、


 物好きな巨乳の昔ながらの叫び声を聞きながら。


「もういっかいー!!」


 笑いながら家に帰る。



《つづく》

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