第20話 ゴミ親子の生み出した『死亡遊戯』
遊びたいのに遊ぶことが出来ないことがなにより辛かった。
それから、僕にはお父さんしか遊び相手がいなかった。
たまにお父さんが遊んでくれるようになってくれたけど、痛い遊びばっかだった。『あっち向いて死ね』とか。顔を思いっきり指で殴られた。逃げる方向を無理やり変えられる。
他にもグーで殴られたり……
最悪な遊びばかりだった。
◆ ◆ ◆ ◆
それは
危険な遊び、『
「おーい、強。お父さんと遊ぼうぜ」
「えっ……?」
息子が驚いて見上げる顔に眼帯をかけた親父は笑って返す。
「たまには外で一緒に遊ぼうぜ、父ちゃんとな♪」
この時はまだ仲のいい親子だった。かわいい一人息子として扱っていた。晴夫は家で引きこもる息子を心配して休日の多摩川へと車で連れ出した。
「いっぱい遊ぼうぜ、強!」
「わぁー!」
車中では心なしか久しぶりの遊びということで、助手席の強の目もたくさんの遊び道具を前に光り輝いていた。晴夫もその光景に笑みを浮かべて、楽しい息子との休日を満喫するぞと意気込む。
「今日は死ぬまで遊ぶぞー!」
「うん!」
そして、河原について二人の楽しい遊びが、
始まるはずだった――
「じゃあ、強。最初はキャッチボールからな!」
「うん!」
まだ純粋だった。涼宮強はまだすごくピュアだった。
「じゃあ、いくよ」
「こいやー、強!」
そう他の子どもと変わらないピュアさ。
ただ、違うのは――
「オラッぁあああ!」
力が異常に強いということだけ。
「――ファッ!?」
度肝を抜かれた晴夫の眼が見開く。
――なんじゃあ、こりゃッ!?
ボールがうねりゴォーっと轟き風を切り裂く。それは、もはや弾丸。
――俺様としたことが油断したッッ!?
慌てて顔をのけ反る。油断してた晴夫の頬をチュンっと霞めて遥か彼方に消えていく。晴夫の頬から一筋の赤い雫が流れた。白球という弾丸で頬が僅かばかり切れた。
「アッ、ハハ」
晴夫は乾いた笑いしかだせない。
できの悪いロボットのように首を回して行方をみるがボールが視界にない。開始数秒でボールが一つ消えた。そして息子の異常な力を身に染みて感じたことによるもの。
「お父さん、ちゃんとキャッチしてよー!」
「……」
純粋な子供の言葉。
「ふぅ……」
――随分と無茶を言ってくれるじゃないの……。
だが、晴夫は少しカチンときた。鉄砲級の弾丸をキャッチしろと言っている発言。だが、晴夫も大人でありブラックユーモラスである。この程度の事では怒ってはいかんと自分を嗜める。
――俺、落ち着け。落ち着くんだ、俺。
頬の傷口を指で拭いピッと血を飛ばして筋肉を硬直させ傷口を塞ぐ。
自然回復力も大したものである。
だって、ブラックユーモラスなのだから。
――相手は子供。子供のやることだ、怒っちゃいかん。
涼宮晴夫は冷静さを取り戻し、今日の目的を思い出す。
――今日は息子と楽しい一日にするんだ。
目を閉じて開くと息子は楽しそうに笑って「おとうさん早くー」と催促している。可愛いではないかと思えるほどに純粋な姿だ。
「ごめん、ごめん、強ちゃん」
晴夫は気を取り直して遊びに興じる。
「お父さん、ちょっとー、寝不足でぼぉーっとしててさ」
晴夫は寝不足ではない。
昨日夜十時には布団に入っている。
「おとうさん、はやーく」
飛び跳ね催促する息子を前に晴夫はポケットから新しいボールを一個取り出す。キャッチボールを続行するためだ。この日の為にスポーツ用品店に行って数々の品ぞろえを息子の為に用意してきたのだ。
目的を取り戻した父は笑顔を息子に向けた。
「いっくよー、強ちゃーん♪」
そしてすごく優しく山なりのボールを強に投げる。それはスローボール。本当に本当に優しい一球だった。やすやすと強はキャッチする。晴夫としては見本として見せたつもりだった。こうやって一緒に遊ぼうよと。
しかし、期待は裏切られる。
「じゃあー、いくよぉおー」
あの野郎ッ――!?
返ってくるは、また足を振り上げ、全力と言わんばかりの投球。
遊ぶの大好き強ちゃんは手を抜かない。
晴夫のお手本など無意味。全力で動きたい衝動だけの動物。
それが子供という生物。
「―――チっ」
弾丸級のボールを晴夫は無言でミットを横に振り、怒りで殴りつけるようにキャッチする。バンと響く音。晴夫の無表情になる顔。いとも容易くキャッチしてみせた。
「そうきたか……」
伊達にブラックユーモラスではない、この男。
「おとうさん、はやくー!」
純粋な催促である。だが、晴夫はまたカチンと来ていた。お手本を見せたのに渾身の一球を返してくる無邪気さが苛立つ。キャッチした手がグローブ越しに少しジンジンしたのも原因だ。
「はぁー……」
――早くしなきゃな……。
溜息をつき、ボールを投げ返す体勢を整える。少し大人の晴夫も魔が差した。ちょっと力が入ってしまった。正確に言うとちょっと力を入れてみた。晴夫は伊達にブラックユーモラスではない。
「ていっ!」
――ちょっとだけなッ!
それは凡そ子供に向けて投げる速さではない弾丸球。
「おぉー!」
びっくりする息子。
「はは♪」
だがあっさりとキャッチして見せる。
「……」
目を丸くして無言になる晴夫。異常な反射神経と動体視力。
――それを取っちゃう感じかなぁ?
晴夫はまた少しカチンときた。
懲らしめてやろうとしたボールがあっさりと取られたのだから。大人の威厳を魅せるはずが我が子の異常さを前に霞んでいる。ちょっと生意気に見えたのはいうまでもない。
親心子知らず。
ちょっと失敗してくれるくらいのほうが良かっただろう。
その方が可愛げがあるというものだ。子供だから失敗していいものだ。
――まぁ、子供相手の準備運動にいいぐらいか。
晴夫が首をコキコキと鳴らしてわずかに苛立ちを見せているのにも気づかない。
「じゃあ、お父さんそろそろ本気でいくよー!」
「はぁ?」
呆ける親父。言葉通り息子は肩慣らしをしていた。まだ本気ではなかった。
親父同様に準備運動のいったんに過ぎない。
晴夫の予想をはるかに超えてくる息子の成長。
「おりゃ♪」
腕の振りの速さが尋常ではない。
「――ッ!」
――なんつう柔軟性!
子供の関節が出来上がってないしなやかな体は鞭のようにしなり白球に全力を伝える。もはや音速に近い謎の白い球が自分に向けて放たれている。晴夫の予想を超える豪速球。本当なら喜ばしいはずなのだが、なぜか苛立たしい。
——野郎、俺様を殺す気かぁッ!?
無邪気な殺意が晴夫を喰らいに来る。
晴夫は堪らずにミットに空いた手を添え、
「うぁぉおおおお!」
あまりの衝撃に咆哮して両手でキャッチした。衝撃がデカい。
腕だけで殺しきれぬ弾丸。
「………………っ」
――止まった……。
約三メートルほど地面を引きずられようやっと止まった。近くからプスプスと何か焼き焦げる音と匂いがする。グローブなどもはや焼け焦げて手のひらを全開にさせている。
これが息子の本気。
同い年の子にやったら間違いなく殺人犯というレベル。
頭部が跡形もなくこの世から消えているだろう。
だが、晴夫はブラックユーモラス。
ダメージとしては大したことはない。
そう、大したことなどないのだ。
いま受けている精神的苦痛に比べたら――
「強ちゃん、お父さんも……」
どうってことなどない。
「ちょっと本気出しちゃっおっかな-」
笑顔を作りつつも顔も声もどこか引きつっている。
ピクピクしている。怒りによるものだろう。若干目が怖くなっていることに息子は気づかずにグローブをパンパンと拳で叩きつけて準備万端の体勢で今か今かと待ち構えている。
「いいよ、おとうさん!」
そして晴夫は大きく足を振りかぶり、
「いっくぞー」
地面をけりつける。それは涼宮晴夫という男のでたらめな踏み込みにより行われる。大地がドンと鈍い奇声をあげるほどに。
「クオォラアアアッ!」
――お仕置きだ、強ォオオオオッ!
少し行き過ぎたコミュニケーションをしてくる子供のおいたを嗜めるための一球。放たれた球は息子と同じく音速に近い。もはやボールは兵器とかした。
そんじょそこらのミサイルより強力である攻撃。
普通の子供なら即死だろう。
ただ、強であれば痛い思いぐらいですむ。
そのまだ見ぬ未来が晴夫の口元を微かに緩める。
「よーし、それなら!」
だが、未来はまたもや裏切られた。
「なッ――!」
驚きの声を上げたのは晴夫。
「ウラララララ!」
息子は楽しいと言わんばかりの笑顔でその場で小回りし始める。徐々に回転数を上げていきコマの様に回転していく。その回転は加速を止めない。小規模な竜巻を作りあげるほどに加速していく。晴夫の髪の毛がその方向へと引きずられる。
——強……テメェ何する気だッ!?
子供の発想力は無限大。
ブラックユーモラスである晴夫の想像もおよびが付かない。
「わふぅうううう♪」
キャッチするのに回転しているとはどういうことかと。もはやキャッチボールでやることではなかった。白球が竜巻の中へバチンと音を立て消える。強は高速回転の渦の中で晴夫が見せたことを真似するようにボールを横殴りにキャッチし、竜巻中へと吸い込んだ。
——まさか、回転して威力を殺す気かッ!
晴夫の予想は的中する。
ブラックユーモラスの洞察力は伊達ではない。
キャッチだけでは殺しきれない威力を、
真っすぐなベクトルを横に分散させ回転を続けに続け、
徐々に回転を遅くして、止めクルリと回り、
「へへ、すごいでしょー!」
誉めてと言わんばかりの得意気な笑顔返してくる息子。
それは挑発に近かった。
晴夫の息子のおいたに対する叱責の剛速球は、力を霧散させられ威力を無効化されかっ消えたという事実。お前の怒りは届かないという現実。
――そうか……そうか……。
そのことに晴夫の頭の血管がピキッと音を立てた。
「へぇー、そうくるんだ――」
声が死んでいる。抑揚が無い。
もはや笑顔も作り切れていない。未完成である。
なりよりも目が死んでいるので表情がないに等しい。
心が死んで愛情も無い。
――次の一球で、
晴夫は心に決めた。子供への愛情などないと。
――コロス。
だが攻撃するためのボールが手元にないのでは仕方ない。
もう一回キャッチから始めなければならない。
それがキャッチボールというもの。
「どうしようっかなー、こうかなー」
親の殺意に気づかぬ純粋無垢な息子はボールをニギニギしている。
――早くしろ、クソガキ。
ブラックユーモラスの涼宮晴夫を本気にさせた事実に気づかずに。
そして握りが定まったのか満面の笑顔で投げ変えす言葉を告げる。
「じゃあー、いくよー」
カラダ全部を使って全力で――己が最大を白い球に力を込める!
「いっけぇえええええ!」
先程と同じ音速の白い兵器。
――これは要らねぇ。
晴夫は原形を収めていないグローブを投げ捨てた。腰を落として体の真ん中に素手を置き待ち構える。ストレートボールのキャッチなど容易い。
——これを取ったがテメェの最後だ。
伊達にブラックユーモラスではない、この男。
――強、お父さんはな、
眼帯をしてない方の眼が冷酷な殺意に染まっている。
——お前を殺すことに決めたよ……
片目だろうが視線には音速だろうと視界に映っているボールをしっかり捉えている。はっきり縫い目まで見えている。縦に入った二本のライン。
真っすぐ来る白いボール。
いやにハッキリ見える白いライン――
「ナニッ――!?」
この男は学習をしない。
幾度となく自分の想像を超えてくる息子のトリッキーさについて何も学んでいない。見えすぎていたのだ。急激に下降したように落ちる謎の球種。それはストレートより回転数が少なく空気抵抗をモロに受けて手元で急激に変化する。
子供故に握り方も適当だった。
何も知らない握りが奇跡の魔球を再現する。
奇跡の魔球――
フォークボールである。
「ガォッアアア――!」
晴夫の顔が急激に苦痛で歪んだ。直前で軌道を真下に替え、体の中心で下に軌道を変えた。胸より下の男の場所。股間にデットボールである。ゴールデンボールがデットエンド。
まさに男にとっての真のデッドボール。
「はぅ、はっほっぅ――」
さすがのブラックユーモラスでもこれはキツイ。防御力が薄い男の急所を兵器が襲ったのだ。むき出しの内蔵とも呼べる場所を。ダメージが他のところの100倍近い。
「はぅ、はー、はっーぐ!」
さすがの晴夫といえどもこれには地にひれ伏し呻きながら冷や汗を流す始末。
「おとうさん、大丈夫?」
「だいじょうぶじゃないよ……」
「へっ?」
「もうこれ以上、お前に弟や妹はできない……」
晴夫のイライラは頂点手前まで来ていて。
「美咲がいれば、僕はいいよ!」
――そういうことじゃないんだよねッ!!
子供故の無邪気さが殺意を駆り立てる。
だが、苦痛が晴夫の歪んだ精神を叩き直した。
――イカン、イカン。子供のやることだ。大目に見なければ。
晴夫は股関を押さえている間に一旦自分をクールダウンさせることに成功する。
――俺は大人であり、コイツの親だ。
玉金に走る激痛を忘れ去り晴夫は笑顔で言い放つ。
――強は遊べなくて辛い思いをしているというのに、ここで俺が怒ってはコイツが可哀そうだ。誰も味方がいなくなってしまうではないか。
「強ちゃん、違う遊びしよっか!」
「うん!」
ボールを使った遊びは危険と判断し晴夫は次の遊びに切り替えた。
「なにするの、おとうさん!?」
「決めたぞ、おとうさんは♪」
河原に二人で正座して向かいあっている。
「強、アッチ向いてホイだ!」
「うん、やろう!」
これならば安全と鷹をくくる晴夫。何一つ危ないことなどない。なぜなら、この遊びに攻撃要素はない。道具と云う武器になりそうなものも存在しない。ただ相手を指さすだけ。そう何も起きるわけがないはず。
だった――
「ぼくのかちだね!」
「おう、こい。強!」
「アッチ向いて――」
晴夫は静かに左を向く。
強の右手の人差し指は右を向こうとしていた。
そこでまたもや奇跡が発動する――二度目の奇跡。
「ホイ♪」
攻撃を出来るはずがない、ゲームにおいて攻撃が発動するという奇跡。もはや奇跡以外の何物でもない。強が興奮状態で振るった指は周囲の空気をかき集め弾丸となり、晴夫の頬を逆方向にブッ叩く。
「ガァッ!」
不可視の一撃。目視不可能な攻撃。空気の弾丸。
晴夫の顔は左から右に高速で持ってかれた。
――イッテェ!?
あまりの唐突な攻撃により首を負傷する晴夫。
――イッテェ……ナァ。
頭でプチっと音が鳴った。首が捻挫して痛いせいもある。
「やったー、ボクのかちだぁ!」
だが、ここまで仕出かしてくれた息子への憎悪が一番の原因だろう。
「おとうさん、もう一回やろう!」
父の異変に気付かずにはしゃぐ息子。
「おぉ、そうだな……」
晴夫は静かに首を元に戻した。
「殺ろうか――」
父の声色が変わっていることにすら気づいてない強。
漢字一文字が入ってることにも気づいていない。
『殺』という漢字を子供時代の強はまだ習っていない。
まさかそれが『や』と読むことなども知る由もない。
無垢な息子は何も知らずにじゃんけんに負けてしまった。
「おとうさんの番だ……」
「うん」
だが、息子は勝ちを確信しているから余裕である。
遊びの達人にも近い、強。
「アッチ向いて――」
――来たッ!
強は知っている。アッチ向いてホイの必勝法を。
――お父さん、ぼくは知っているんだ!
晴夫の指を見ていれば分かることを。
――アッチ向いてホイで攻撃する時、
それは人間が自然に行ってしまう動作。
――必ずその指は反対側に一度反動を付けてしまうということをッ!!
子供ながらに鋭い観察眼を持っている。そして強靭な動体視力があっての賜物。動く前の予備動作はほんの一瞬だがそれを見逃さずに集中して捉える。
――キタッ、右だ!
晴夫の指が微かに動いた。その引き金となる方に全力で顔を向ける。
最初に指が動いた方向へと全力で顔面を持っていく。強は勝ちを確信した。
――逃がすか。
だが、大人の知恵は純粋な子供が対応できるほど生易しいものではない。
「ホォオイイイイイッ!」
「ニャッ!」
強の頬に指が突き刺さる。攻撃がぶち込まれた。力いっぱい突き刺した指を振り切る
伊達にブラックユーモラスの創設者ではない、涼宮晴夫という男は。
相手が異常な力の持ち主だろうが関係ない。力には力で押し返す。相手が顔面を全力で動かそうが、指一本で叩き潰すかの如く。それは強靭な指の力。逆らえば串刺しになるであろう一突き。
――いまのなに……。
オヤジと同じく予想だにしない体の動きに首が痛みを発する。
――いたい……ッ!
強の体内でグキッと音が聞こえた。
——首がぁああッ!?
頸椎捻挫である。又の名をむち打ちという。
「お……おとうさん、ずるいよ」
息子は痛い首を抑えながら父の反則行為に抗議する。
「いや、いや、おとうさん。つい熱くなっちゃって、ごめんね~強ちゃん」
晴夫のそれは謝罪ではない。明らかな挑発行為。
「――っ!」
――コイツ……殺すッ!
仲が良かった親子の中で確実に溝が入った。分かっていての反則行為。
もはや言葉で抗議したところで解決はできない。
なぜなら、この勝負に審判はいない。
二人だけの密室状態による勝負。やるかやられるか。
そういう勝負。それを決闘という。
息子は初めて決闘を理解した。
これは殺し合いだと――
だが相手を油断させるようににこやかに笑う。
「そうだねー、熱くなっちゃったんならしょうがないよねー」
遊びで駆け引きというものも学んでいる。
「もう一回
息子は何も知らぬがヤロウの使い方を会得した。殺すという漢字は知らなくても感情は知っている。それを人は殺意と言う。
「いいぞー、強♪」
二人とも笑顔だが殺意でいっぱい。
史上最悪の遊びが誕生する瞬間だった。
「「ジャァアアアアンンンンケェンンンンンンンンンンン!」」
始まりの掛け声からして気合が違う。
力いっぱい力を込めている。攻撃よ、俺にこいと!
「「ポルォオイイイイイイッ!!」」
異常な親子のじゃんけん。風を叩きつけ爆風を起こす。
両者の激しい動きに回りの近くの草むらが吹き飛んだ。
「なんじゃー!?」「きゃぁああ!」
川べりを歩く老人の帽子が空を舞う。女子高生のスカートが捲れる。
だが、それでも視界に捉えるのは目の前の敵だけ――勝者は笑みを浮かべる。
「ぼくの番だね、お父さん――」
「くそっ……!」
かろうじて遊びの基本ルールは守るが、晴夫は戦闘モードに入っていた。
――クソガキの雰囲気が変わってやがるッ!?
もはやこれは戦闘。相手は息子で高々子供であろうが馬鹿力の持ち主。
――コイツをいっちょ前に殺気に近しいものを出してやがる、この俺様にッ!!
恐るべき戦闘能力を誇る野生児。
気を抜けば親の威厳が死ぬということも理解している。
自ずと集中力が高まる。
「こいや……」
一挙手一投足の挙動を見逃さないように細心の注意を払っていた。
だが、
「アッチ向いて――」
「なにッ!?」
――何処に行きやがったッ!?
晴夫の視界から敵が消えた。一瞬の出来事に晴夫の脳が追いつていない。
『死亡遊戯』の始まりである。
「死ねぇエエエエエエエッ!」
次の瞬間、晴夫の顔が下から圧力を受けた様に歪む。
「ガッ――ハァッ!?」
顎に強烈な衝撃が起こり顔が跳ね上がり正座していた体が宙に浮く。
人間の視界は横に広いが縦の動きに弱い。小さいものであれば尚更有効である。小さな体で身を屈めていた強を見失っていた。そして、強は一時的に晴夫の視界から逃れ、渾身のジャンピングアッパーカットを繰り出したのだ。
息子から親父への会心の一撃。
そして、地に仰向けに倒れている親に対して、
「ふん、おとうさんの」
息子は鼻で嗤いながら馬鹿にするような目線で告げた。
「――負けだね」
お前の負けだと。だが相手は涼宮晴夫。最強の父親である。
一撃でやられるわけがない。倒れた体勢から殺意に満ちた声が聞こえてくる。
「ゴミ野郎……いいや、ゴミ息子、」
それは息子に向けているというよりは敵に向けての言葉。
「俺様に対していい度胸だな……」
殴られた顎をさすりながら彼は立ち上がってきた。これしきではやられない。
戦闘を幾多も経験しダメージには慣れている。
星の数ほど魔物を討伐してきた。
伊達にブラックユーモラスでNo.1でも創設者でもない。
実力は日本でも五本の指に入る絶対的強者。
「殺してやるよ――」
それが本気の眼を息子に向ける。だが息子も負けない。
「殺せるもんなら、殺してみろッ! ゴミ親父ぃいいい!!」
暴言に暴言で返す。最強の親子の永き戦いがここからは始まる。
じゃんけんと二人の力強い声が響く。
「ジャンゲン、ポォオオイイイイイイイイイ!」
ポイで攻撃権を勝ち取りに行くが、その暴風が河川敷の形を変える。災害に近い。誰もが走って逃げていく。川は波立ち短い距離の向こう岸に激しく打ち付ける。
強が出したのはグー。
「おれの勝ちだッ!」
晴夫が出したのはチョキ。ルール上は負けであるが、
「いいや……甘いぜ」
この俺様至上主義はルールをも覆す。負けとか勝ち以前にやられっぱなしではいられない。お気づきの通り大人げない男である。
「俺のチョキはナァ――」
強のグーをチョキで挟み込み最強の親父は指に力を込める。
拳に対してたった指二本。圧倒的不利に見えるがそうではない。
「グーをも砕くんだッ!」
「アイヤヤアヤヤッヤヤ―――!」
指の力が尋常ではない。小学校にも入っていない幼児の拳が砕かれてパーになる。もはやルール無用。残っているのは辛うじて攻撃権の獲得を最初に決めるといった法則のみ。
強が潰された右手を痛がり引くと、晴夫は右腕を後ろに引く。
「アッチ向いて――」
もはや指ではない。拳と拳でやるのが『アッチ向いて死ね』である。おまけに、その引かれた腕は、
「ぶっ飛べェエエエエエエエエ!」
真っすぐと突き出される。2Dの平面で遊ぶものが3Dに進化している。
それは言わずと知れた右ストレート。
痛がる息子の顔面に向けて容赦のない一撃。
「クッ――!」
――ズルいッ!! どこまでも卑怯だッ!!
息子は間一髪マトリックスのように体を後ろに反らし一撃をかわす。すれすれだった。鼻先を大人の拳が掠めた。ひりつく緊張感とスピード感は戦闘そのもの。
――このゴミジジィ……殺す気かッ!?
見誤れば大ダメージを受けること間違いなし。
ピリピリとした感覚が五感を呼び覚ます。
集中が途切れた瞬間、油断した瞬間にどちらかの攻撃が決まる。
「「じゃんけんんんんんんんんんん!」」
なぜかルールの一部だけは残っている。
またもやじゃんけんから始まる。
そして強が出すのは先程と同じくグー。そして晴夫が出すのはチョキ。
「「ポォオオイイイイイ!」」
強には見えていた。晴夫がこちらの拳をチョキで掴みに来るのが。
——テメェのチョキを
圧倒的動体視力でこちらのグーを蛇が口を開けた様に掴みに来ている。
だが二度同じ手を食うほどアホではない。
――グーで砕くッ!
出されたグーは飛行機がテイクオフするように急激に軌道を変えて上昇する。それが狙っているのは蛇の上顎。二本で抑えられてしまうなら、挟む前に一本を破壊するたくらみ。
「グアァアアアアアァアアアアアアアアアア!」
拳対指一本。
晴夫の悲鳴が上がる。どれだけ指の力が強かろうと挟むことが出来なければ発揮できない。突き指した指を痛がり擦る。その止まっているところに獣の眼光が勝負どころを見極める。
「アッチ向いて――」
足先で土を蹴り上あげる。それは蹴りではなく父親の視界を潰すためのもの。
土砂が顔に当たり晴夫の動きがわずかに止まる。
本命は身を土砂に隠して溜めた右腕。
「死ねぇぇえええええええええ!」
放つは右フック。横殴りとなるため前後左右と広範囲への攻撃が可能であり、
決まればデカい一撃。視界を潰されたヤツに有効な攻撃。
「なにッ!」
声を漏らすは息子。空を切る右の拳。
「――あめぇんだよ」
ヤツは目を閉じたまま何かを察知したように躱していた。
「この程度で死ぬわけねぇだろ」
そして目を開いて息子に親の威厳を放つ。くぐり抜けてきた場数がちげぇんだといわんばかりだ。確実に捉えられたと思ったが故に強の拳が悔しさで震える。
――コイツ……
見上げるほどにデカい敵。
――強いッ!!
そしてそれは生涯通しての宿敵となり得る力の持ち主。
名を――涼宮晴夫という。涼宮強の父親である。
そうして、はた迷惑な数々の危険な遊びが生まれていく。
それは周りを巻き込んで不幸にし、恐怖を植え付ける最凶の遊び。
最強の親子による家族の絆の結晶――それが『死亡遊戯』である。
「「死ねぇエエエエエエエエエエエエエエエ!」」
≪つづく≫
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