第19話 嫌われ者の少年ヒーロー
「強ちゃん、寝ちゃった」
鈴木さんが嬉しそうに強の寝顔をみつめた。
器用に胡坐で座ったままうつらうつらしている。
「おいしょ」
鈴木さんはその頭を優しく抱え自分の
頭を優しく撫で始めた。
それは陽だまりの様な慈愛に満ちていた。優しく母のようであり、
愛おしそうに寝顔をみる顔は恋人のようであり、
自然な動きは伴侶のようでもある。
というか、だ。オイオイ、俺をひとりぼっちにするなよ、強ちゃん。
置き去りにされた俺は大自然を前に女子に囲まれ困る。
圧倒的ボッチ感。慣れない環境に困惑の他ない。
ただ黙って胡坐をかいてお茶を飲み干す。
「櫻井先輩、よかったら……お茶のおかわり、どうぞ」
「あっ、頂くよ」
俺の空いたカップにお茶が注がれていく。あまりに自然体な動きと対応に気分がよくなったのも束の間、端で赤髪がうざい目で俺を見ている。
その目をやめろ。眼球潰してやろうか小娘。
目の真ん中に星マークが見えるぞ。
的なのか、それは? そこを突けということか?
まぁ考えてもいきなり人様の眼球など突けるわけもなく。
俺はお茶を一口の飲んで冷静さを取り戻す。
恋とか愛とか、そういうのはめんどいんだ俺は。
それにこれは仕事の一環でもある。
涼宮強という《特異点》に異常がないかを監視する目的で着いてきたのだ。
「強ってさ、子供の頃どんなんだったの?」
お茶を飲みながら、まったりし俺は仕事を進めることにした。
「えっ、お兄ちゃんの昔ですか?」
俺と会う以前の情報は資料でしか見たことがない。能力で断片的な記憶を見たことは合っても、実際近くで見ていた美咲ちゃんの方が革新的な情報を持っているかもしれないと思量して、さり気なく聞き出してみる。
アイツの強大な力の理由や異世界に行けるゲートを開く仕組みなど、
不明な点は多い。
取捨選択さえ間違えなければ情報は多くあることに越したことがない。
「あまりいい話ではないですよ」
「構わないよ」
「私も師匠のこと知りたい!! 美咲お願い!!」
赤髪が美咲ちゃんに腕に纏わりつき後押しをする。
少しためらいながら美咲ちゃんが立ち上がった。
「ちょっと待ってくださいね」
タオルケットを寝ている二人にかけ落ち着いて座る。いつのまにか鈴木さんも強を膝枕をしながら眠りについていたようだ。それに気づく彼女も周りが良く見えている。
というか、本当に気遣いが行き届いている。
強の血が入ってるとは思えん。
この妹のおかげで強は何も知らず幸せそうな顔をして寝ていられることだろう。
「コホン、では」
ひとつ咳ばらいを入れ彼女は穏やかに口を開く。
どうやら話を始めてくれるようだ。
「そうですね、兄の子供頃は――」
強の話を美咲ちゃんが語り始める。
幼き強の過去を――
◆ ◆ ◆ ◆
涼宮強は子供時代からやんちゃでした。
最初は普通の子供でした。たくさんの友達と公園で遊び、
泥だらけになり、鼻水を垂らし、
「かぁちゃん、今日もいっぱい遊んだよ!」
夕暮れになると家に元気よく笑顔で帰ってくる、
兄は、そんな普通の子供でした。
「手を洗ってきな、強。すぐにご飯にするよ」
「わーい、ごはんごはん♪」
「コラ、強! ちゃんと靴は並べて脱ぎな!」
私の母は女王様というにふさわしい形で一家のすべてを取り仕切っていました。父はというと危険な仕事をしており、どこかイイ加減で母の尻にしかれている。家の中で権力は特になく、私を
それが私の家族――涼宮家です。
小さな私はまだ外に飛び出していく兄にはついて行けず、家でおとなしくしていることが多かった。私の体は兄に比べて弱く病気がちでもありましたから。
兄が異常に元気であるともいえたんですがね。
風邪ひとつひくことがない子供でしたので。
その当時、私は兄のことを良く羨ましく思っていました。
遊ぶのが生き甲斐でありそれだけがライフワークのような兄。
今では家にいるのが当たり前になっていますが、兄が小さい時は家にいる時間の方が短かったんじゃないかと思います。あの時の兄はいつも楽しそうでした。いまじゃやる気ない感じで生きてますが、本当にいつも馬鹿みたいに笑顔で毎日楽しそうだったんですよ。
「おにいたん、今日は何して遊んだの?」
「美咲、今日はね――」
夜になると兄は外でした遊びを私に自慢げに話してくれました。
ヒーローごっこで主役のヒーロー役をやり、
鬼ごっこでは敵なしで全員をとっつ構えたり、
ドロケイでは捕まった味方を救う英雄だったと。
みんなのリーダー的存在であり年長組との場所の取り合いでは前に出て喧嘩をして遊び場所を勝ち取ったなど。
遊べば負けなしの兄はやんちゃ極まりない話を、
私に毎日たくさん聞かせてくれました。
私は毎晩それを横並びの布団で聞くのが楽しみでした。
「でね、美咲」
「うん、どうなったの!」
目を輝かせてその話にうんうんと身を乗り出して聞いていました。
自分の兄はスゴイ人なんだっていうのと同時に自分も外で遊べたらこんな感じなのかなって。まるでファンタジー小説を初めて手にした時のような高揚感で興奮しながら楽しんで聞いていました。
そう思えたのも、話す兄の顔がずっと笑っていたからだと思います。
あのときが兄にとっての一番幸せな時だったに違いないと思えるほどに。
けど、それも長くは続きませんでした――
兄は遊びながら成長していきました。
急速な成長でした。遊びをこなし次第にメキメキと力をつけていきます。
「おにいたん、今日は何して遊んだの♪」
遊びには必要のない力を――
「………今日は、遊んでないんだ」
それから段々と兄と遊ぶ子供たちが怪我をしていくことが増えていったんです。
相手の家に両親が謝りに行き何度も頭を下げにいくことになりました。
時には喧嘩になり、
「おたくのガキんちょ、暴力的じゃないざまーす」
「あんッ!?」
母が相手の家に謝罪に行き暴言を吐かれ、
「ゴミみてぇな一家だな。テメェらはウジ虫以下だ……」
怒涛の汚い言葉を吐き捨て暴れることもありました。
「人間様になるには調教が必要だね~!!」「
「美麗ちゃん、ソイツ一般人だから!!」
子供の喧嘩に親が出ていくのは良くないが次第にそうもいかなくなっていったというのが当時の現状です。相手の子供は骨折をしたり病院に行かなければいけないほどの怪我をすることも多々あったので。
病院送りというのが幼稚園で起きること自体が異常事態でした。
「おにいたん………」
「………………」
色んなことがあり気付けば兄は外に出なくなりました。
今の兄からは想像も出来ないでしょうけど部屋でうずくまり膝を抱え肩を震わせて一人で泣くようになりました。
「おにいたん……泣かないで」
「みんなが……遊んでくれない。えぐっ――」
私は一人で泣く兄の頭を優しく撫でることしかできなかったです。
「よしよーし、いい子、いい子」
遊び相手がいなくなった兄と時折父親が心配して遊ぶこともあったんですが、
それは過激でした。
兄のふざけた遊び――『死亡遊戯』の元になったものです。
死亡遊戯はこの父親から始まったと言っても過言ではありません。
ただ、親と遊ぶと言ってもそれで兄が満たされることはありませんでした。何よりも遊ぶのが人一倍好きだったからだと思います。一人でいるのが嫌いだったんだですよ。
だから、いつも悲しそうに体育座りして窓の外を兄は見ていたんです。
私はヒーローがそうなってしまったのがイヤだった。
兄が変わってしまうのがイヤだったから。
私は兄の為に立ち上がりました。
兄がまた笑って過ごせるようにしたいという想いから動き出しました。
まずは何が原因か確かめる為に兄が遊んでいた友達たちに話を聞きに行くと、
「なんで、うちのおにいたんとなぜ遊ばないんですか?」
真実がわかってきたんです。
「あいつと遊ぶと痛いんだ。加減しないんだもん。ケガするし」「そうそう本気でやりすぎるんだよ」「力が異常なのに本気でやるなっていうの」「アイツ、バカだから加減できないんだって」
兄を馬鹿にする言葉の数々に私は身を震わせた。
「お兄ちゃんは……バカじゃない!」
聞き込みの最中に喧嘩になったこともあります。ひ弱な私ですからすぐに抑えつけられましたが。兄がバカにされることが当時はイヤでイヤでしょうがなかったんです。
誰に聞いても大体が怪我をする、痛い、
そして兄を馬鹿にする言葉がセットでした。
そんな私が家に帰ると母が心配して出てきました。
「美咲、外で何してきたの!?」
「………………」
私の憧れだった兄は悪者になっていました。私にとっては兄の話の中での兄しか知らなかったから、どうなっていたのかがまるで分からなかった。ヒーローだと思っていた存在がバカにされることに幼い私は母の前で泣くことしかできなかった。
「おにいちゃんが………嫌われて…………ぅっ」
「美咲…………」
けど、分かったこともありました。
兄は遊びに夢中になりすぎると力のコントロールができないということです。
だから兄が遊ぶことは出来なくなってしまったんです。誰よりも遊ぶのが好きだったから、遊ぶと夢中になってしまうから、手を抜くことがうまく出来ない不器用さんだったから。
それが分かってしまったから、
私は何もできなくなって、
兄も何もしなくなりました。
遊ぶのを止めた兄は、
これ以上力を強くしないために堕落して過ごしていました。
日々堕落して、寝て起きて食う寝る。
体を動かさないように堕落を極めていく。
しかし兄の願いと反して堕落しているだけなのに、
なぜか、それだけでも兄の力は日に日に成長していった。
兄の力は日に日に度を越していく。
兄の力は異常すぎました――
石を砕き鉄棒を曲げ走ると誰も追いつけない。
大人顔負けの力を小さな体で出すような異常を身に着けていきました。
それからは想像できる通り――
いま、みたいな感じになってしまいました。
◆ ◆ ◆ ◆
僕は遊ぶのが大好きだった。
遊んでいるときは時間など瞬く間に過ぎていく。ただ体を全力で動かして駆け回っているだけなのに、誰かと笑っている時間があるだけのことで、何もかもが楽しくてしょうがなかった。
けど、日が暮れて色が変わると僕たちは気づく。
これが終わりの合図なんだって。
「強ちゃん、またね!」「強ちゃん、明日ね!」「強ちゃん、次は負けないからな!」「強ちゃん、また遊ぼうね!」
みんなで笑って夕暮れになると、
明日もまた遊ぼうって言って、
手を振って別れるのが大好きだった。
『また明日!』って、
笑って大きな声で手を振って、
明日も遊べることを楽しみにしてるって、
体いっぱいに使って遠ざかる友達に別れを告げる。
そうやって、今日を終わりにするのが、
心の底から大好きだった――
「明日は何して遊ぼうかな♪」
そこから家に帰ると明日は何をして遊ぼうっかってことばかりいつも考えていた。かくれんぼに鬼ごっこ、たかおに、ハンカチ落としに花いちもんめ。鉄棒に野球にサッカー、ドッチボールに相撲とかけっこ。砂場遊びに箱ブランコ、
「全部はやり切れないなー!」
数え切れないくらいの遊び方を一日で終わらないほどの分を考えるんだ。
みんなで遊ぶのがひたすら楽しかったから。
時間を忘れて熱中して、笑い声が聞こえて、
時には叫び声にも似た楽しい声があって、活躍するとヒーローになれたんだ。
「強ちゃんすげぇ!」「強ちゃんとか捕まえらんないよー」「強ちゃんがいるほうが絶対勝つじゃん!」「強ちゃんと一緒のチームでよかった!」「強ちゃんこの次はうちのチームだから」「いいや、強ちゃんは俺達とのチームだ!」
僕は遊びが得意だったからみんなに褒めてもらえた。
「エヘヘ」
みんなが僕を囲んで、みんなが僕を必要としてくれた。
「まだまだ遊ぶぞー!」
それが毎日堪らなく嬉しくて楽しくてしょうがなかった。
だから、僕がいるチームが勝つように真剣に全力で僕は頑張る。
誰よりも早く走れるようにと、誰よりも上手に隠れるようにと、
誰よりも高く飛べるようにと、誰よりも遠くに飛ばせるようにと、
誰よりも一番に輝けるようにと。
限界なんかないって思えるぐらい全力で体を動かし続けた。
「強ちゃん、スゲェ!」「強ちゃん!」「どうやるの、強ちゃん!」「教えてよ、強ちゃん!」「強ちゃん、一緒にやらせて!」
すると歓声が聞こえるんだ。みんなが感動したようにおぉーっとかすごいよって、言うんだ。それで僕は笑うんだ。全力で誰よりも笑って遊びを楽しむんだ。
アハハって――。
集中して遊んでいる時はどんなことも怖くなかった。
どんなに高い所でも平気で昇れて、飛べた。
なんでも出来るって思えた。
どこまでも走れるって思えたし、
僕は何にでもなれるって思えた。
勇者にだって、英雄にだって、
なれるって心の底から思えていた。
だって、僕はスゴイのだから。
「今日は何して遊ぶ?」
「俺達アッチで遊ぶから」
けど、気が付いたら――
「じゃあ、僕も!」
「いいや、強ちゃん来ちゃだめだから!」
「えっ……」
いつの間にか僕の回りには誰もいなくなっていた。
「おい、早く始めようぜ!」「おう、いま行くー」「アッチでサッカーしようぜ!」「いいねー!」「サッカー、サッカー♪」
「……………………」
みんなを遊びに誘っても断られた。
仕方なく一人で砂場にいく。
一人で遊ぶのはちっとも楽しくない。
「つまんない………」
僕の前には笑い声もないし笑顔もない。砂があるだけだ。だから僕も笑えずにいる。静かに黙々とシャベルで穴を掘り続ける。ザクザクと静かな音が鳴る。
「ちょっと今のゴールだろ!」「いいや、オフサイドだよ」「ナニ、オフサイドって」「前に出すぎてるとオフサイドなんだってお父さんが言ってた」「前ってどこ」「多分、タカちゃんぐらい」「そんなに前に出てないって!」
横目でみんなが遊んでるのを羨ましそうに見ながら穴を掘る。
「できた……」
自分が入れるくらいの大きな穴を掘り終えても、砂をかけてくれる人はいない。
「……っ」
口を噤む。シャベルを片手に持ったまま一人だけの砂場で僕は立ち尽くす。
「そっちボールいったぞ!」「走れ走れ!」
みんなが楽しそうに遊んでる笑っている。
全力で走って叫んだり興奮した様子でわいわいとしている。
何も変わってない。
僕が見ていた景色は変わらずにアソコにあるのに――その中に僕だけがいないみたい。
「………………」
それが寂しくて、ひとりぼっちが苦しくて、僕は一人で穴を埋める。
せっせと何かに取りつかれたようにシャベルで砂を集めて元に戻そうと頑張ってみる。何もしゃべらずに一人で体を動かして穴を埋めきる。
「元に……戻らないや……」
何かが足りなくて凹んだようになって平らに、元の形に戻らない。どこかに消えたのか砂が無くなったのか、砂場がどこか形を変えている。
それがどうしようもなく悔しくて、
「くそっ!」
僕はシャベルを下に投げた。
「うぷっ――!」
その拍子に砂が跳ねて僕の顔をぶった。今までだったらここで誰かがそれを笑ってくれて僕も笑い返せた。けど誰もいないから僕は寂しくて砂場に涙を零すしかなかった。
「ぅ……うう」
たった、一人で涙を流した。
誰にも気づかれずに砂場で一人で、
泣いていた。
誰も遊んでくれないから。
『また明日』って、
いう言葉も聞けないから。
「くぅうう――」
孤独に負けた僕の目から水が溢れた。
悔しくて、ただ寂しくて泣き続けた。
「おにいたん……泣かないで」
部屋で泣いてると妹が頭を優しく撫でてくれた。
「よーしよし、いいこー、いいこー」
けど、それも辛かった。
「だいじょうぶぅ、だいじょうぶぅ」
「………………っ」
「おにいたんの、いたいのいたいのとんでけー!」
兄として一人なのが恥ずかしくて、情けなくて苦しかった。妹にカッコいい姿を見せたいのに何もできないで泣いてる姿を妹に見られるのが、情けなくて何より辛かった。
それでも、何もできなかった。
悔しくてもどかしくて、それでも、
自分に何も出来ないから、泣くしかなかった。
≪つづく≫
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