6.デットエンドには昔好きだった言葉があった。そして、昔から聞こえる言葉があった。

第18話 紅葉狩りって何するの?

 昔、部屋のすみひざを抱えうずくまって泣いていた


 孤独な少年は、いま紅葉が咲き乱れる山に友達と来ている。


「強ちゃん~、すごいよ!!」

「師匠、紅葉だらけです!!」


 気の抜けた巨乳と赤髪のポニテールははしゃぐ。大きいバスケットケースを持ち天使は上品に笑う。ピエロと凶悪な男は紅葉を見ながら珍しくも静かに仁王立ちしていた。



◆ ◆ ◆ ◆



 秋も完全に深まってきた。


 秋と言えば食欲の秋。


 秋と言えば体育に飽き。


 そして、秋と言えば堕落に、


 持ってこぉおおいッ!


 俺は完全に布団と同化し精神を別次元に飛ばそうと意識をかたむけている。大地の様に寝そべり意識が別次元へと溶けていく。宇宙にいるような錯覚が俺を襲い始める。


 お布団くん、君の力はついに神を超えたんだね。


 この感覚は……異世界が俺を呼んでいるようだ。さぁて、ようやく俺のお呼ばれの番か。しょうがない。あっちの世界を救ってきてやるか。


 さぁ、俺を異世界召喚するがいい!


「お兄ちゃん、そろそろ準備始めないと遅刻しちゃうよ」

「ハーイ」


 異世界に召喚されるすんでのところで、妹様に召喚された。


「めずらしい一回で起きるなんて……」


 元気よく返事をする兄を不思議そうに見ている。


「まぁ、早く出掛ける準備しちゃってね。お兄ちゃん」

「了解であります!」

「気合いがあってよろしい!」


 俺の気合いの入った声に美咲ちゃんはどこかご機嫌だった。


「いつもこうだと助かるな~」

「それはこちらが困るな~」

「またバカなこと言って……早く準備してね」

「ほ~い」


 元気な俺の返事にふふと上品に笑って妹が部屋を出ていった。俺はめずらしく目覚まし美咲ちゃんタイムの一度目で起き上がった。異世界は明日以降で構わない。今日は紅葉狩りにピエロ達といくことになっているからである。


 美咲ちゃんのお弁当付きで!


 美咲ちゃんのピクニック弁当があるのであれば兄として起きることは当然。そして、今日は監獄学園がないからやる気もほんのちょびっとは出る。


 美咲ちゃん手作り弁当というのが重要なキーワードである。

 

 これだけで明日も生きていける。体育祭の時は他のヤツらに取られる始末。


 今度こそ美咲ちゃんのお弁当を堪能してやるんだ!


 それに日常のお弁当とは違う遠足仕様の美咲ちゃん弁当が楽しみで仕方ない!


 朝食はガレッタ。上品な衣の中に半熟卵とベーコンが乗っており、軽やかな朝には持って来いである。軽く朝食を済ませ玄関で待ち構えている玉藻と一緒に俺たちは駅に向かいだす。


 今日は箱根の山で紅葉を見て高揚こうようするというイベント。


「リュック新しいの買ったんですね♪」「そうなの♪」「おねいちゃんにピッタリのピンク色ですね」「美咲ちゃんも山ガールっぽいね」「私の場合はあり合わせですけどね♪」


 そのせいかエセ姉妹も快調かいちょうにトークを飛ばす。


 遠出などめったにないから。


「美咲ちゃん聞いて! 時じぃが着いて来るって言って、朝から止めるの大変だったんだよ~!」

「時さんも行きたかったのかもしれませんね」


 謎に怒っている玉藻に苦笑いしている美咲ちゃん。


 これは捨ておけん。


「連れてきてあげりゃいいじゃねぇか。時さんならいてもいいだろう」


 俺は時さんが居てくれてもいい。時さんの事は好きだし、昔から俺達三人の面倒をよく見てくれた恩もある。本当のおじいちゃんみたいな存在に俺は感じている。だからこそ、時さんが来てくれるならウェルカムだ。


 しかし、この巨乳ときたら……


「ダメだよッ!」


 何がダメなのか……。


「時じぃは色々小言がうるさいし……すぐに世話やくし、何かとつけて説教くさいし……」


 世話焼くのは別に良くないですか?


「時さんも、玉藻おねいちゃんのことが心配なだけですよ」

「とにかく過保護すぎるのー!」


 過保護は言えてる。時さんは名目上『玉藻専属執事長』なのであるから当たり前ではある。どんな時も玉藻の面倒を見るじぃさま。過保護ではあるし、玉藻は時さんに対して気兼ねなく色々要求するし。


 傍から見てるとわがままな孫と孫に激甘なおじいちゃんである。


「時さんは今日はお休みですね……はは」


 怒る玉藻に笑いながら返す美咲ちゃん。俺はその横で唇を尖らせる。


 時さんも来たがってったのなら……連れてきてあげればいいのに。老人とか紅葉好きそうだし、そうすれば車だしてくれて楽だろうし、間違いなく電車賃も浮くし。


 それに気づかずに俺と同じように唇を尖らせてブツブツ何か言い続ける玉藻。


「時じぃは……最近よく口答えしてくる、どこにでも着いて来たがる」


 玉藻が他人に何かぶつけるというのは非常に珍しい。幼少期から一緒にいることもあるだろう。時さんに対して心をオープンにしてるってことの表れだ。


 罵倒を吐くのは愛ある証拠。


 うちの妹もそうだから。


 お兄ちゃんを罵るのは愛深きゆえにだからッ!


 そんなこんなでいつの間にか駅に着いた。


「ねぇ……あの人」「うわー……おしゃれ」「スタイル良くない?」「近くにいるのは妹さんかな?」「全然似てないね」「身長差が凄すぎる」「彼女かな?」「それはないでしょ!」


 いつもの様にシャレオツな雰囲気で首に秋用の細いマフラーみたいなんしているニセジュノンボーイ櫻井。それに、たまにいるちっこい変なのがいる。


 コイツ、いつも突然いるけど……誰だ?


 俺に勢いよく頭を下げて


「師匠、おはようございます!」

「師匠……?」


 ポニテールをちょんまげのようにする赤髪。師匠とはなんぞや。


 今すぐ破門にするか。そもそも月謝もらってないし。


「強、紅葉狩りって何するんだ?」


 目の前の破門候補生を見ている俺にピエロが唐突に革新的質問を投げかけてきた。


「美味しいご飯を食べるだけのイベントだ。それ以外の何物でもない」

「ほぅ~」


 ピエロを納得させたが、


「……違います」


 我が家の環境大臣は納得させられなかったようだ。


 俺たちは合流して箱根山を目指す。


 電車に乗り新宿へ向かいそこから鼻先が長い小田急ロマンスカーに乗る予定だ。通常であれば遠回りのルートになるのだが、美咲ちゃんがロマンスカーに乗りたいということだけでこのルートが採用されたのである。


 俺が櫻井と一緒にロマンスカーに乗ると


「あれ?」

「なんだこれは?」


 不思議なことに周りの座席には誰も乗っていない。


 車両丸ごと連れ去られたように空席となっている。


 どこにも人がいない。後から乗ってくる様子もない。


 途中からおかしいとは思いつつあった。


 ホームで並んでる時に俺達しかいなかったのである。


 不思議そうにする俺ら二人に笑顔の巨乳がとんでもないことを言い出す。


「時じぃが全座席のチケット取ってくれたから好きな席に座っていいからね♪」



「「なっ!?」」


 占拠じゃねぇかッ!


 これが真実であり、現実である。


 権力というものは何よりも強い。


 休日の一車両貸切る等、造作もないくらいに。


 ピエロが小声で耳打ちしてくる。


「すげぇな、強ちゃん。国家権力の乱用だぜ……」

「間違いないな。これは職権乱用だ。税金泥棒一家のやることは恐ろしい……」

「俺の税金がここに!?」

「お前、無職だろう?」


 俺と櫻井は国家の身を案じていた。これでは一般市民からの暴動が相次いでもしょうがない。金で解決してしまっていい問題なのだろうか。それは私達の血税とあれば許されたことではない。


 俺もちゃんと消費税払ってるし!!


 だが使う側となれば話は別。実に快適空間だった。


 不公平と騒ぐのは得をしない者達だ。


 得する者は黙秘してやり過ごすのが政治家だ。


 俺たちは三人座席をひとつ反転させ五人で向かい合い座る。


 座席につくと玉藻が持ち物をゴソゴソしだし、


「そうだ、みんな!」


 小さな透明のケースに入ったものを取り出し、


「トランプやろう!!」


 笑顔でそれをみんなの前に差し出した。


 こいつはトランプが大好きである。トランプを昔から良くやらされた。俺以外は目を輝かせて楽しそうに「いいね」「いいですね」と口々に言っていた。


 きりがないトランプの旅が始まるとも知らずに。


 ババ抜きという定番のものからスタートするが――


 一人それ向きではないやつがいる。顔に出まくる。ジョーカーを持っていると顔が険しくなり、ジョーカーを自分の手札から取り上げられそうになると満面の笑みで顔の回りに花を飛ばす。文字通りバカである。無邪気である。無鉄砲である。


 ソヤツは巨乳である。


「くぅ~」

「鈴木さん、ジョーカー持ってんの?」

「も、持っていないよ! たた、たぶん強ちゃん辺りかな!」


 バレバレだ。ちなみに俺は持っていない。


「早くしろ、玉藻」

「わかってるもん!!」


 こんな状態なので勝負にすらならない。


「鈴木さんの負けだな」

「おねいさんの負けです!」

「……」


 一人残りのトランプを持っている負けた巨乳。


「負けちゃった……」


 備え付けのテーブルに捨てられているカードをかき集めて、


「けど、まだ時間もあるし、」


 ヤツは力強く指を一本突き立て、


「もう一回!!」


 言い放った。


「いいぞ!!」

「望むところです!」

「………………」

「………………ハハ」


 始まった……俺と美咲ちゃんは先が読めている。


「違うゲームでも私は……」

「はぁ~」


 永遠のもう一回が始まった。


 美咲ちゃんも困惑した表情を見せ始める。


 序盤は赤髪とピエロは乗り気で、


 「いいぞ」「いいですよ!」と言っているが先がまったく読めていない。


 これからどんな苦行をさせられるのかということを。


 終わりがない『もう一回』が恐ろしいことを――


 ババ抜きとは本来駆け引きを楽しむためのものである。運的要素も絡むがどこにジョーカーがいるかを予測しながらゲームを進めていくのが醍醐味。さらにそれを会話で誤魔化したり何気ないフリして相手に引かせたりするのがゲーム本来の楽しみ方。


 ポーカーフェイスも嘘もつけないやつがやるものではない。


 しかし、玉藻はある意味強いのだ。


「もう一回!!」

「いい……ぞ……」

「わかりまし……た」


 段々と櫻井と赤髪の勢いが玉藻に負けてきている。あまりに玉藻がやる気を出しすぎて言いづらい空気でもある。もうやめようとか。俺は窓の外の景色を眺めながら適当にババ抜きをしていく。手を抜いて負けてやるつもりはないので玉藻の表情を楽しんで見てはいる。


 そうして、110回ババ抜きを終えたところで俺たちは箱根にようやっと到着した。


「もう一回!!」


 巨乳の記念すべき110敗を祝うように。


「玉藻、もう着いたから終わりだ。お前の負けで終わり。ぶっちぎりの110敗だ」


 俺と玉藻以外はぐったりした様子だった。それもそのはず。


 もはやカードを揃えて捨てるだけの作業に何の楽しみもなかっただろう。


「えぇ~。じゃあ山についたら……もう一回」

「着いたらな」

「本当!」


 ギョッと他の奴の顔が強ばったのが見えたが、これはしょうがない。こうでもしないと車両どころかダイヤまで占拠してしまう。永遠にロマンスカーから出れなくなる恐れすらある。


 それに『エンドレスもう一回』は玉藻の得意技だ。


 やれば勝負には負けないが、無限ループで相手の精神をへし折る秘技エンドレスもう一回。ゲーム内容とか勝敗とか関係なく根競べに変化する。どっちが勝ってるのかわからなくなる、錯覚を起こす秘技である。


 どっちがより遊びを楽しんだかで言えば玉藻の勝ちとなるため、


 玉藻は強いのである。





 で、今に至るというわけだ。


「強ちゃん、紅葉がいっぱいだよ!」「これはシャドーに向いてそうな雰囲気です」「あまり遠くに行かないでね、昴ちゃん」


 山一面の紅葉が見渡せる丘に着き開けた場所で女性陣たちが準備をする。


 ビニールシートを三人で広げ楽しそうに空気で膨らませ、


 バサッと地面に敷いている。


 準備は女子に任せ、男は自然に身を任せる。


 俺と櫻井は大自然を前に腰に手を当て二人で仁王立ちしていた。


「強ちゃん、自然を前に人間はなんてちっぽけなんだ」


 無駄に壮大そうに見せているのだが、


「この壮大な自然が俺に、皆を不幸にするインスピレーションを掻き立ててくれる」


 言ってることは小さい。要は幸せなヤツが憎いという嫉妬である。


 ピエロ、人間ちっちゃい。


「次の二手目が決まりそうだ!」

「もう一手は考えてあるんだな。櫻井」

「あたぼうよ! 学園祭を楽しみに待っとけ!!」


 学園祭とかそういえばあったな。


 マカダミアの二学期は意外とせわしない。


 色々な学校行事が多い。


 体育祭が終わったら学園祭。


 学園祭が終わったら学園対抗戦と目白押し。


 糞つまらないありきたりなイベントだが、


 俺はピエロの活躍に期待するだけだ。


 きっと面白くしてくれると信じてるぞ、櫻井!


 だから忠告はしておこう。


「オロチにバレないように気を付けろよ。また懲罰房ちょうばつぼうへ叩き込まれるかもしれんからな。大幅なタイムロスになる」

「あのクソヤロウ……最近威力強くしてる気がするんだよな。日に日に痛くしやがる。もう体罰どころか拷問に近いぜ」


 確かに櫻井に対しては容赦ない、あの眼帯。


 だけど、ピエロは強かった。


「だけど、俺は負けない!!」

「頑張れ~」


 櫻井は手を強く上に掲げ、アホな誓いをする。





「世界を変えてやるんダァアアアアアアアアアアアアアア!!」





 櫻井の誓いはやまびことなり山の間を駆け巡っていく。エコーの様にだぁああとこだまする。山が応援している様な感じで俺も応援したくなる。


 頑張れ、ピエロ。お前の声はいま世界に刻まれたのだ。


「お兄ちゃん、櫻井先輩準備できましたよ」


 そして天使の声にかき消された。


 天使が俺を呼ぶ声が聞こえる。


 まじエンジェルボイス!! ピエロハウリングの比じゃない!!


 俺とピエロは敷かれたビニールシートの上に移動をする。


 全員が座ると、


「ご飯が先だ!!」


 俺の隣にいる玉藻がすぐさまトランプを取り出そうとしたので、


「くっ……!」


 俺がその手を止める。


 危なかった。隙を見せて全員集合する機会を待っていたようだ。意外と玉藻さんはシツコイ。止めるのが遅かったら巻き込まれるところだった。俺はここにトランプをしに来たのではなく、お弁当を食べに来たんだッ!


 悔しそうな顔する馬鹿とホッとする一同。


 そして、おいしくサンドイッチなど頬張り温かいお茶をすする。


 食事中に赤髪がサンドイッチ片手に


「師匠、あとでご指導宜しくお願いします!!」


 ――ご指導……って、何をだ?


 ――主語を言え。主語を。そして、お前は誰だ? 


 変なことを言ってきたので無視である。


 だが気分は不快ではない。


 そんな些細ささいなことなどはどうでもよく、たまにはこういうのも悪くないと俺は思った。自然と一体になるのも。自分たちが自然の景色の一部に溶け込んでく様な感覚。


 おなかも満たされ、視界が自然と上下して、


 俺は眠たくなって……眠く――


 まぶたが自然と下に落ちていく。



《つづく》

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る