第80話 未来予知を超えようと足掻くピエロの狂騒劇
レンと時の戦闘はお互いに拮抗していた。攻撃を攻撃で相殺し、拳と拳がはじけ飛ぶ。生じる衝撃の余波が収まらぬうちに次の攻撃を仕掛ける。レンの蹴りが炸裂すればそれを時の腕がうねり軌道を変える。
――ったく……やりづれぇ、じぃさんだ……。
レンの未来視は発動している。それでも時の動きは変幻自在に変わる。
——関節どうなってんだ……。
曲線のような軌道を生じさせる攻撃が無数の変化を生んでいる。骨とは本来真っすぐであるべきものだ。それがしなりうねる。そのうねりが未来を見て動くレンに対して時の攻撃は不規則に変化する。レンの挙動をよんで攻撃軌道をすぐさま変えているからに他らない。時政宗のモノは僅かな動作から全てを見抜き先を経験から予測している未来視とも呼べるモノだ。
——おまけにさっきから変な視線で俺の気が散ってる……。
じっと櫻井が見つめているのを感じていた。ただ立っているだけなのに集中した姿は何か嫌なものをレンに感じさせいた。時の隙を伺おうとしていた時にちらりと眼に入っていた。それでも時が攻撃を邪魔するが故に届かない。目を離すのは数回の攻防で一度がいいところだった。
——なんだッ!?
レンが気づいた。その動揺を見抜いたように時の眉が上がる。何かを視てレンは動揺した。それは自分ではないナニカ。自分の後ろにあるはずのものを視ている驚きの視線。レンは攻防をしながらも考える。
——小僧はどこに行きやがったッ!!
ターゲットである倒れてる鈴木玉藻の姿は見える。ただ研ぎ澄ました集中力を持った眼でこちらを見ていた一人の男の姿がない。僅かに目を離した隙に視界から消えている。
——逃げったってわけじゃねぇよな……。
時と高速で拳を交えながらもレンは行方を考える。僅かな隙をついての逃亡はあり得ないと踏んだ。自分を凝視していた男にそんな雰囲気はなかった。時も遅れて気づいた。ここで蓮が動揺するということは一つしかない。
——櫻井さんが……動いてしまいましたか……。
時にとってはそれは重荷に他ならない。二人を護ることを考えていたが故に居場所が分からないのであれば護りようがなくなる。だからこそ場所を限定するように指示を出したのに。
——そういうことか……。
櫻井の居場所を見つけたのはレンだった。それは未来視だった。時の背後から一つの影が出てくる。そして自分に攻撃をしかけにくる。それが二秒後の未来。
——助かるぜ……。
だからこそレンは喜んだ。それは時にとってのハンデに他ならないと考えたからだ。ただでさえ後ろを意識していた老人。それが離れた場所の二人を警戒しながら戦うことは重荷でしかない。さらにレンにとっても鈴木玉藻を奪還するには櫻井の立ち位置が邪魔だった。その年にしては戦闘力が高い存在。それが盾の役割をするのであれば二回チャンスがいる。
——ソッチから来てくれて。
櫻井を殺すことと、玉藻を奪うこと――その二回のチャンスが。
それがあちらからチャンスが来てくれるのだ。チャンスが一度飛び込んでくるのだ。おまけにレンと櫻井の実力差は明らかだ。これを喜ばずして何といえようか。
——さぁ、出てこい。
レンは待ち望む。時の背後から櫻井が姿を現す。時の反応が僅かに遅れる。右横から身を乗り出してくる櫻井に注意を向けている。レンには分かっていた。そこから櫻井が出てくることが。
——殺してやるからッ!
レンは狙いすましたように時の右側を狙うように拳を繰り出した。
「——っ」
だが未来を僅かに変えた。櫻井は攻撃を防いだ。ガードした腕は痺れている。それでも櫻井は耐えた。攻撃を仕掛けようとしていたがレンの動きをよく視ていた。僅かに出した欲を見逃さなかった。殺気を感じたことにより防御に切り替えた。
——防ぎやがったかッ!?
レンは櫻井の殺害に失敗したことで悔しさがこみ上げる。これはイレギュラーな未来だと。力の差からたまたま偶然の防御だと誤解した。しかし、思い違いだ、櫻井が何も考えずに飛び込むわけもない。
なぜ、時の右側を選んだのかも分かっていない。
——まずは一手目クリアって感じか……。
櫻井は死地に飛び込む覚悟は出来ていた。それでも死ぬことを選んだわけではない。敢えて右側を選んだのだ。レンの攻撃を右側からに限定するために。時と横並びになることで蓮が攻撃できる範囲を絞っていた。時側から攻撃することなどありえない状況を創り出していた。
——そういうことですか……櫻井さん。
僅かに視線を落とした時は理解する。櫻井が何も考え無しに突っ込んできたわけではないのだと。サインを送ってきているのだと。それに時は了解の意を示す。手のひらで櫻井の背中を押して加速させる。
——乗りましょう!
——行くぜッ、時さん!!
二人が横並びだった状態から櫻井を前面に出し、時がその後ろで構える。レンの顔が歪む。この状況で守るべき対象を前に出してくる意図が読めない。櫻井が前衛にいる状況がおかしい。これでは自分と時の板挟みになる。
それは攻防が一番激しい場所になる。
——何やってんだ……殺す気か。
実力差が自分達に劣るものが一列に並ぶ戦闘で間に入るなど愚行でしかない。チャンスが継続されることになるのは好ましいが、その手段の意味が分からない。それでもゆっくり考えてる暇などなかった。
能力の未来が櫻井の攻撃を告げている。
それは左下から潜るように打ち上げてくる拳。
——これで終わり……ナッ!
驚きに眼が開く。未来にノイズが割り込む。レンの視界に這いよる蛇の拳。櫻井が開けた隙間から蛇が口を開けて突っ込んでくる。櫻井の一撃よりもそっちに意識が取られる。この蛇は蠢く。単純な戦闘ランクで言えば時と大差はない。
同ランクの戦いであれば勝敗を決するのは一撃の重み。
「——チッ!」
蛇の拳を辛うじて身を横に傾けて躱すレン。それでも未来は変わっていない部分もある。一人の男が残っている。ソイツの攻撃がまだ来ていない。レンの体勢が乱れているところに櫻井の拳が襲い掛かる。
——このガキッ!
レンは拳を使い櫻井の攻撃を打ち落とす。その瞬間に眼にした。忌むべき存在。未来に割り込んでくるノイズ。幾度となく未来を変える男の顔。死ぬはずだったのに立ち続けているピエロの表情。
——なんて……顔してやがるッ!
下から覗く顔は先程までと違った。冷たく研ぎ澄まされた視線。感情の起伏はなく、何を考えているのかも分からない表情。死に怯えることもなく、力の差を誤解している様な氷の無表情。
——やっぱり、そうだったか……未来予知なんて万能じゃねぇのな。
動揺するレンの顔に櫻井は心静かに悟る。完璧な能力など存在しないのだと。これが未来予知の欠陥なのだと。策は練り上がっていた。それをただ確かめるだけだ、自分の命を使って。
時は笑みをかみ殺す。先程までの櫻井とは纏う雰囲気が違う。足手まといと認識していたが存外そうでもないようだ。足りない部分を補ってきたのだと。
——その年で死を前にして恐れぬとは、中々の度量。
時は櫻井という人間を調べ上げているから分かっている。彼がデスゲーム出身であるということも。彼がこちらで戦闘技術を身に着けていったことも。
——大した肝っ玉でございます、この土壇場で自ら死地に飛び込むとは。
だからこそ、御庭番衆の元御頭は認める。
櫻井を褒めたたえるように素早く優しく蛇の口が背中に触れる。櫻井の心読術が発動する。僅かに時の思考が流れ込む。静かな水面に波紋を投じる様に広がる。
——わかったぜ……ッ!
それは賭けだった。上手く行く保証などどこにもない。
それでも現状を打破しようとする、
未来予知を超えようと足掻くピエロの狂騒劇。
櫻井は右足を振り上げる。レンの視界が歪む。
——なんだ……ッ。
櫻井の攻撃など大したことなどない。それでも未来が違う。振り上げた足の隙間から蛇が顔を覗かせている。まるで櫻井の動きに合わせる様に時が隙間から攻撃を繰り出す。
それを前に反応せずにはいられない――警戒すべきは時の攻撃。
蛇を打ち落とした男の前で振り上げられた足が方向を変えて振り下ろされる――かかと落とし。櫻井の攻撃を躱して一歩櫻井に近づく。それは櫻井を殺すための距離。心臓に目掛けてレンの拳が引かれる。
——コイツを早くッ!!
レンの焦りが生まれていた。奇妙なことに他ならない。先程までの足を引っ張っていた男が邪魔に思えてしょうがない。表情が無表情になっただけではない。殺気の質が変わっている。冷たく鋭い刺さる様な剣。
——どうにかしねぇとッ!!
レンの中でも感覚が変わっていた。足手まといのはずだと思っているが何かがオカシイ。先程からの攻防でイヤな予感がしている。櫻井が乱入したことにより何かが変化している。
拳を急いで繰り出す、これ以上の変化を起こさせないために。
——どうなって……るッ!
だが、拳は空を切った。時に邪魔されたわけでもない。まるでよんでいたかのように櫻井が回避した、僅かに上体を横にして軽やかに。そして、レンを見つめる冷たい視線は外れない。まるで何かを見透かす様にレンの顔を視てくる。レンの体を凝視している。
【恐怖を失くして死地に飛び込むとは愚行だ。強者の戦闘に弱者が割って入るなど
櫻井の姿を視て神々は嗤う。それは先程までの少年と変わりないものだ。ただ死地に飛び込む覚悟を持っただけのこと。そして、彼が考え抜いた結果に過ぎない。
【命を削る、その愚かさこそが……】
だからこそ、神々は期待と愛を込めてピエロを視る。死を前にして感情を無くす表情。そして、恐怖を殺す胆力。そんなことをするのは、どこまでも絶望を味わった少年。
【――最高に美しい!】
だからこそ、神々は言葉を失くす。多くは語る必要もないと。その命のきらめきこそが最も神が好むものだと。それが神が人間に望むものだ。
「ジジィッ!」
レンは思わず声を上げた。櫻井が上体をずらして開けた隙間からレンの腕に絡みつくように這い上がる蛇。攻撃をして前がかりになったところ狙いすましたように蛇拳が狙い撃つ。
「まったく、年上に対する――」
レンは激しく首を横にして回避するのがやっとだった。頬の肉が蛇のくちばしに持っていかれる。
「口の
ピエロの後ろから老人は指を血で染めながらも静かに説教を垂れる。
《つづく》
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