第79話 君たちにどれだけの未来が存在する。君たちの無数の選択肢を全部潰すなど不可能だ。君たちの未来は無限に広がるのだから

【それでいい……力が及ばないとしても諦めるな。それは君に似合わない】


 神々たちは櫻井の姿に期待を込める。ずっと彼を見て来たから分かっている。その少年がどれほどの絶望を味わってきたのか。彼が異世界でどうなっていったのかも全てを神は知っている。


【諦めたところで何も変わらない。停滞していたところで進化などない。何があっても前に進むと君はに誓ったはずだ。変えたいのなら前に進め!】


 櫻井はトキとレンの動きだけを集中して視ていた。戦闘を追える範囲でもいいから、何か一つでも情報がないかと頭を動かし続けた。


 ——断片的にしか見えねぇ……


 衝撃音を追うように眼を見張る。僅かだが時たちの動きが一瞬だけ垣間見える。激しい拳の撃ち合い。お互いの拳を打ち落としながらお互い機会を伺うように攻撃の機を狙っている。


 ——見えねぇなら……繋げろ。イメージしろ……。


 ただ真剣に考えた。静止画ではない動的な世界。それでも全てが見えるわけではない。一枚絵を見て、見てない場面を繋げるように想像することで動作を描き出す。それは漫画を読むのに似ている。コマというものから全体の流れを書かずともつなげるイメージ。推測であるがそれでもないよりも動きが分かる。


 櫻井が考え続けるが故に二人の戦闘が繋がっていく。


 ——時さんは俺たちの方に攻撃がいかないように、コート野郎の攻撃を撃ち落としている。コート野郎は機会を伺っているけど攻めあぐねている。あのニョロニョロした蛇みたいに動く攻撃に対処が遅れて苦戦している。


 遠くから見ていることが光明だった。全体を視ることを意識しても戦闘の最中にいたら見えない情報が多く転がっている。自分が後ろに引いてるからこそ二人の攻防の狙いがハッキリ見える。


 ——なんだ……時さんの視線がチラチラ下がってる……?


【そうだ、考え続けるんだ。力が急激に育つ可能性などないに等しい。だから足りない部分は頭を使って考えろ】 


 高速の戦闘の最中に時の視線が不自然に動いている。レンの顔ではなく体の一部に向く目線。それが何かを警戒していることを如実に櫻井に示している。攻撃する部位ではないところに注意を払う必要とはなにか。


 ——コート野郎の手に何がある……?


 ただ目を見開いて考える。それは凝視に近い。時の落ちる視線を追うように櫻井は動き回る二人の動きを凝視する。食い入るように見つめて思考をフル回転させる。


 ——違う…………か?


 視線で情報を受け取りながらも櫻井はアタマだけを別に動かし始める。追い詰められたが故に脳が働く。死地にいると感じているが故にデスゲーム的感覚による観察力が働く。


 ——待てよ……時さんが気合を上げた時、アイツがのに反応していた。見えない攻撃が指に結びつくのか……。


 確証が抱けないが故に半信半疑になる。まだ情報が足りてないと櫻井はレンの動作を思い出す。最初の斬撃は見ることも叶わなかった。でも、それ以外はどうなのか。


 ——アイツ……構えを整えた時に指を動かして準備しているみたいだったよな……それにアイツの親指が動いたときに時さんが何もない所を叩きだした。ってことはだ……見えなくても物理的には存在しているナニカってことになるよな。


 それは物質であると仮説する。


 時が殴れたり防御が出来るということは物質以外にあり得ない。


 ——見えない物質であり……切断できる……これはか?

 

 物質を透明にする方法。


 ――いや……切断だけじゃなかったはずだ。時さんが殴った時は建物がはじけ飛んだ。じゃあ、形状が変わっている。透明な武器を創る能力。


 櫻井は思考を完結させるに至る。


 ——待て……


 だが、彼は安易に答えを出すことを止めた。考えるのを止めない。


 ——だとしたら、なぜ指先にを送る?

 

 時が戦闘中に警戒している必要があるのか。能力で形状が違う武器を作れるとしたらそれはトキが反応できるものではない。剣から槍、弓矢、斧、そういった形状の違う類が判別できない。防ぎ方が変わるのに対応など出来るモノだろうか。


 ——指の動きで形状が違う武器を創れるとしたら時さんが判別できるわけもない。複雑な指の動きでどの武器が来るかなど分からない。反応できるってことは武器は元から存在している。それが何らかの理由で見えづらいが……正解じゃねぇか?


 見えないということが一番の恐怖。見えないからこそ反応が、対応が、とれない。けど、櫻井が対応できないだけでトキは対応が取れている。そこには何かからくりがあるはずだ。


 ——切断に優れている見えづらく……形状が場所によって異なる武器。


 それは正解に近づいていく。情報を整理していけば何かしらの答えに行き届く。考え続けるが故に光明の光は大きくなっていく。


 ——ワイヤ―……釣り針に近いもの。先をどこかにひっかけてから糸のようなもので切断することに使うものだ。


 糸ならば元から見え辛い。それも高速戦闘の中で細い糸であればあるほどに。手品用の糸は強度も強く薄いという話もある。糸というのはその心細い見た目に対して抜群の強度を誇るものが多い。


 ——なら、引っかけるワイヤーが何で見えない……?


 それでも糸だけではなかった。出なければ時が殴りつけたものなんだ。あれは建物を切断ではなく倒壊させた。斬るのではなく破壊だった。


 ——それを隠す方法がある。能力、術……魔法はあり得ない。でも能力なら他にも使うことが前提になる。拳を見えづらくすることだってできる。肉体全部を透明人間にしたほうがいいに決まってる。となれば、知られてデメリットになるほうが少ない。


 レンは未来予知という能力を使っているから魔法の可能性はない。そんなことをすれば脳が焼き切れてしまうはずだ。術なら媒介で使用できる。能力ならイメージで使用できる。それを武器だけに使う必要性は低い。武器だけを隠すためだけにそんな便利なものを隠す必要性が皆無だ。


 ——能力でも術でもないとしたら……


 櫻井は一つの可能性に行きつく。それならば、可能になると。





 ——科学技術かッ!!




 それは光を透過することで出来る迷彩。カメレオンやタコなど保護色を変えるモノとは違う。光学的に透明化する技術。それは進歩した世界での科学技術に他ならない。だが、この世界には近未来的科学技術が存在もする。


 ——光学迷彩こうがくめいさい……ッ!


 ただ、それも完全ではなかった。糸のような物質でもあっても時には僅かに空間の歪みが見えた。不自然さが完全に消せるわけでもない。細い糸のような景色の歪み。それを時政宗が見逃さなかっただけに過ぎない。


 ——武器の光学迷彩のワイヤーを使って、指の動きで操作をしている。ワイヤーをどこかにひっかけて後は糸を引くだけで切断している。ただ、それが見え辛いってだけのことか。おまけに何かの動作に合わせて腕を振るえばどこに引っかけるのカモフラージュも出来る。


 それは正解だった。


 レンの武器は光学迷彩を使用した糸である。それは極小の仕掛けは昆虫の足のような吸着性の数ミクロンの毛を使用したもの。それでも櫻井の予想通りだった。見た目とは違う吸着力。おまけにその糸の強度は岩石をも真っ二つに出来る。


 ——だから、時さんは指の動きに警戒して武器を視ている。


 櫻井の中で視ることによって段々とからくりが分かってくる。この戦闘に於いて何が起きているのかが視ているからこそ分かってくる。間に巻き込まれて悪戦苦闘していた状況では見ることも出来なかった。


 ——そもそも、未来予知みらいよちってなんだ……おかしくねぇか?


 激しく命のやり取りを迫られていた状況で止まっていた思考が完全に動き出した。あり得ないことばかりに動揺していた。


 ——なんで……時さんは闘える? なんで……俺は死んでいない?


 二秒先の未来が見えると言った。なのに、レンは戦闘を掌握しきれていない。それには必ず理由がある。そもそも何度も殺す気で襲い掛かって来たにも関わらずそれは未遂に終わっている。


 ——未来は確定できない……未来が見えると言っても確実性がない?


【その通りだ、君たちの未来など何一つとして決まってなどいない】


 ——ヤツの視ている未来は……常に変わっている。


【君たちにどれだけの未来が存在する。君たちの無数の選択肢を全部潰すなど不可能だ。君たちの未来は無限に広がるのだから】


 ――時さんの攻撃は軌道がよめない。だから反応が取りづらい……。


 時がいま戦えてる理由はそれに他ならない。激しく蠢く蛇が変則的に軌道を変えるからこそレンの未来予知が反応をしきれない。相手の動きを見て合わせて変えているからこそ、レンの二秒先が変わり続けている。


 ——俺をもそういうことなのか……?


 櫻井の中で紐づいていく。それはレンの糸のように限りなく細い可能性。レンがなぜ櫻井を先に狙ってきたのか。弱いという理由だけなのだろうか。


 ——俺がいると未来がズレやすい……可能性。


 何かレンにとって不都合になる事実があったのでないか。だからこそレンは必死に櫻井を殺しに来ていたのではないか。鈴木玉藻を狙うよりも早く櫻井を仕留める理由があったはずではないか。


 ——二秒先の何を見ている……どういう景色を視ている?


【そうだ、考え続けろ】


 櫻井の状況が変わっていくのに神々はニヤニヤと笑みを浮かべる。彼らにとっては好物なのだ。こういう人種を神々は好むのだ。だからこそヘルメス静かに声を出した。


【不可能だと諦めるな、考え続けろ。才能などと言う言葉に惑わされて止まるな、考え続けろ。何か手はないか、何か変えるための方法はないか、考え続けろ】


 抗い続ける人間が好きなのだ。神々は試練など与えない。神々は恩恵は与えてもそれ以上の事は関与しない。彼らは未来を描き出すものが好きなのだ。そして、それが絶望が濃ければ濃いほど味を増す。

 

【力が足りないと止まるな、抗え、考え続けて抵抗しろ】


 ——俺がいるとヤツの未来予知が阻害される可能性って……なんだ。


 力が及ばないと理解しても止まるなと神はいう。それが人間としての在り方だと。永遠の弱者という立場など存在しないのだと。


 それは、始まりの弱者がいるだけだ。


【止まってしまえば、未来永劫変わることなどない。そんなものに神は力など貸すはずもない。君たちの物語がつまらなくなってしまうから】


 生まれつきの強者などこの世にいないのだから。


 ——そういうことかよ……。


 神は怠惰を嫌う。停滞を嫌う。


 進化を諦めることを嫌う。


【自分の心に従え……心の答えに耳を貸せ】


 ——アイツの未来予知はだ……。


 神は進化を望む。神は抗うものを好む。


 神は前進するものに願う。


【安易に感情を捨てるな、悔しいと感じる心を、屈辱と感じる憤慨を! 現状に不満があるなら立ち上がって変えてみせろッ!】

 

 ——お荷物扱いしてくれた分の屈辱をこれから返しに行くぜ……。


 人間が変わることを望む神々は櫻井に期待する。どれだけ絶望に打ちのめされようとも彼はまた進みだした。彼の足は強く止まることがなくなった。そして、止まりかけたこの機に彼は神々が望む選択をした。


 ——長襟コート野郎ッ!


 櫻井は胸ポケットに勢いよく手を突っ込んだ。


 胸ポケットから赤いものを取り出し口に近づける。


「……ッ!」

 

 ポンと音を鳴らし、歯と歯でキャップを咥えていた。学園対抗戦でも強へと投げ入れたお助けアイテムの赤ペンで彼は自分の手に文字を書き始める。


 終えると同時に赤ペンを投げ捨てた。





【さぁ、君の進化を見せてくれ】


 ――さぁ、始めっぞ……





 櫻井は静かに時たちの戦闘に一歩を踏み出す。ゆっくりと機会を伺いながらピエロはタイミングを見計らう。それにヘルメスは愛おしそうに愛でる声を出した。


【そうだ、君はいつもその顔をするんだった……】


 ——俺たちの……


 その男が向かうのは格上の戦闘。力が及ばぬ戦場だと知り、なおも足を前に出す。止まって見ていることなどしないと意志を表す。それは彼が傍観者となり下がることを嫌悪したからに過ぎない。他人に運命を委ねることを拒否した結果に過ぎない。


 両親が死んだときに何もできなかった。ヒロインが死んだときに見ていることしかできなかった。何一つ自分の意志で強さで変えることができなかった後悔があるからこそ櫻井は前に出る。


 普通は死を前にして人は脅えた顔をする。こびへつらう顔をする。涙を流す。


 だが、ピエロは違う。


【絶望に、死と向かい会う時に、】


 絶望と対峙する時に彼は表情から感情を消し去る、相手に情報を読ませないために。そのせいで整った綺麗な顔立ちが強調される。


 それでも美しさの中に氷のような冷徹を感じさせる。


【そういう顔をするんだったね】


 櫻井は、ただ冷たく戦闘を見つめながらも二人に近づいていく。




 ——殺し合いの戦闘デスゲームをッ!



 

 それが櫻井はじめの戦闘に覚悟を決めた顔に他ならないのだから。



《つづく》

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