第78話 利口なフリなどを止めてしまえ!

 気絶している鈴木さんの横で俺はそっと立ち上がった。目の前で繰り広げられる戦闘を見守るようにただ立って役割を理解するしかなかった。


 ——分かってる……


 力が足りない、実力が届かない、


 俺にこの場で出来ることなどない。


「分かってんだよッ……!」


 自分がしたことが何なのか、


 自分がこの戦いでしたことは何なのか。


 後悔に近かった。時さんの足を引っ張っていただけだった。俺がいることであの人は二人を護ることを強いられていた。俺が動くことであの人の邪魔になっていた。


 その理由は明確だった――。


 ——俺が弱いからだッ!


 僅かに積み上げてきた自信が崩れたことが悔しかった。自分では出来てるほうだと思っていた。それがここに来てみれば遅れる攻防、反応すらも出来ず、格上との戦闘で何一つ上手くいかない。


 俺が一撃打つたびに二回攻撃が返ってくる。手数の差も明白だった。


 それに俺の渾身を込めた攻撃もあのコート野郎には効いていない。


 ——あの人がいなきゃ……オレは何回死んでた……


 二人の戦いは俺を抜かしたことにより苛烈を極めた。いつのまにか辺りに家屋が無くなっている。あまりに早いスピードの攻防に暴風が吹き荒ぶ。これが二人の戦闘なのだろう。届くわけもないと知る。


 だって、何をやってるか目で追うこともままならない。


 ——こんな俺に出来ることは……


 自然と鈴木さんの方に視野を広げた。二人の動きに警戒はしている、コート野郎が俺の方に来ることを。鈴木さんの傍に居ろっていうことはそういうことなのだ。


 その場所に攻撃がいかないように守ってやるということに他ならない。


 ——俺がすることは鈴木さんを守るフリをすることだけか……。


 それが俺に与えられた役割だ。この戦いに参加するわけにはいかない。また足手まといになる。これ以上、時さんの負担を増やすことはできない。だってあの人はいまもなお俺たちを護っているのだから。


 ——俺はここで万が一に備えるしかねぇ……それが、


 それは仕方ないということだ。弱い俺の選択肢はそれしかない。


【幾重にも立ち上がってきた君もここでついに諦めるか】


 弱者に選択の余地などない。高みにいる者たちへの挑戦など無駄だ。


【それもそれで面白いだろう、君が挫折することも、神にとってはまたいい面白さでしかない】


 未来予知と触れて心を読む能力じゃ差は歴然だ。未来を見ている相手の思考を読んで何になる。おまけに触れてからじゃないと次の攻撃も分からない。お手上げだ。


【君の才能という名の能力は陳腐だよ、何一つ優れているようには思えない】


 ここで俺が参加したところでトキさんの足を引っ張って死体が一個増えるだけだ。アイツは俺を簡単に殺せる。俺とアイツじゃ実力差がチゲェ。


【彼のほうが才能に溢れてる。未来を見ることが出来ておまけに君よりステータスも上だ。これは当然の結果に過ぎないだろうね】


 九字護身法を使えばそれなりに出来るかもしれないが、それはヤツの注意を引くことになる。後ろの鈴木さんを危険に巻き込む行為だ。祝詞を唱えてる間に見えない攻撃が来たらどうする。


【君の切り札もここでは役に立たない。おまけに九字護身法のない君の限界はSランク。彼はダブルSSランクだ。届くわけもないだろう】


 だったら、仕方ねぇよな。俺に出来ることを最大限やってあとはまかせるしかねぇだろう……それが得策だ。せめて鈴木さんの盾になってあの人の負担を減らすこだけだ。


【それが正しい考えだ、それが最良の選択だろうね】

 

 俺は足を開いて腰を落とす。出来るだけ動きやすいように、出来るだけ早く反応できるように。来られたら何を出来るわけでもないのに、いっちょ前に構えを取る。来たら反撃してやると心にもなくポーズだけを取って。


【君はアタマがいい、そうするのが正解だろう】


 拳を握って、顔に力を込めて、


 ただ二人の戦闘を見るしかない。


【でも、なぜだい?】


 そうだ、見るしかねぇんだ……


 見てることしかできねぇから、


 自分の命を人に委ねて戦ってるフリしかできねぇからッ!



【なぜ、君はそんなに力を入れて――】



 見てるだけで……いい……って……



【歯をくいしばって、悔しそうに顔を歪めて、拳を握る】


 



 ——っんなわけねェだろぉおおおお!





 ただ見ているだけ、ただ人にまかせるだけ、自分の役割は盾にしかならないなんてことは屈辱だ。悔しいに決まってる。自分の力が及ばねぇから傍観するしかできないのなら、俺は流花ねぇを殺した時と何も変わってねぇんだよッ!


【立場をわきまえて弱者は何もしないのが利口だ……】


 何かが燃え上がった。


【自分よりも格上を相手にするなどバカのすることだ】


 燻るものが音を立ててメラメラと燃え上がるのを感じた。 



 

【だが、ソレでいい!】




 二人の戦いを見ることだけじゃダメだ。この場を打開することを考えろ。俺に出来ることが何かほかにないか、あのコート野郎を退ける為に俺は何をすればいいか、考えろ、オレ!


【利口なフリなどを止めてしまえ! 進化して頭が良くなったと錯覚していても人類キミタチの本能は獣だ! 利口になどなる必要などない! 自分で決めた限界で挑戦を辞めることなど陳腐な上に愚かだ!】


 ——考エロォオオオオオオオオオオ!


 頭が沸騰するように熱い。目を閉じることも止めて二人の戦いを見ていた。頭の中で今までの経験で補えるものを探した。この二人に届く何かが俺の中にないのかと。


『一番はえてるのがいいんだけどね。目で相手の攻撃を追えるのが一番』


 ——あの時に銀翔さんは……確か……っ!


 過去の記憶。それは銀翔さんというトリプルSランクが口にした戦闘の極意。


『視えてると戦闘はそんなに違うの?』

『違うよ。視えているのといないのじゃ全然違う』


 マカダミアの受験の前に聞いたことだ。


 確かに銀翔さんは大事なことだと言っていた。


『視えていない状態だと相手の動きや技を正確に捉えることが出来ないんだ。能力の発動に対する変化や挙動ひとつの見落としが罠につながっていたりする場合もあるから。何かも分からずに戦うことは戦闘に於いて危険なんだよ』


 確かにヤツの攻撃が視えていない。何をされたかも分からない内に家屋が斬り飛ばされていた。おまけに時さんは何もない所を殴りつけていた。それで家屋が吹っ飛んだ。


『人間って集中して一点を見るときは周辺視野の情報を削除しやすいすんだけど、これを意識的に残して置くのが結構難しかったりするんだよ。だから相手の動きに注目しすぎてもダメなんだよ。全体を視ること』


 大事なことだから二回も言ったはずだ。


『全体を視ることが重要だからね♪』


 なら、俺のやることは何だ……


 俺が今やるべきことはなんだ。


 ——視ることだろッ!


 俺は力強く目を見開いて凝らして二人の戦闘を視ながら、俺がこの状況を打開できるすべを全力で考える。



《つづく》

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