第77話 触れなければ分からない能力と見るだけで分かる能力は違いすぎる

 櫻井に襲う緊張感は今までの戦闘と違う。確実にレンは自分を狙いに来るとよんでいる。それは異物であり弱者である自分を排除する意思。息の根を止めようとする殺気。


「ハァ……ハァ……」


 呼吸が戻らない。自然と浅くなる息。視界が肩の上下につられて揺れる。


 ――これが……格上との戦闘……。

 

 消費の激しさは美川との戦闘とは段違いだった。理解しているのはスピードもパワーも技術も二人の領域に遅れているということだけ。攻撃は流され体勢を崩され、時の助言がなければ戦えない。

 

 ——全然ちげぇ……いままでと……


 レンの動きに注視しながらも歯がゆい思いが募る。同ランク同士では一手先をとれればどうにかなる感覚はあった。ランクが一つ違うだけの攻防。黒崎との戦闘では数ランク上との戦いを瀕死でも制した。


 ——勝てる気がしねぇ……!


 櫻井はSランク以上の差の大きさに打ちひしがれる。


 ランクは上に行けば行くほど差がつく。その差が櫻井にとっては遥かに大きく感じた。攻防一つをとっても何一つ上手くなど言っていない。心読術を戦闘以外に使う余裕など微塵もない。確実に迫る死に体が恐怖を覚えている。


 ——来やがったッ!!


 レンの動き出しに構えを強くする。迫ってくるのは死という終わりだ。頭の中がゴチャゴチャする。能力は未来予知でありレンの指の動きだけで死ぬ。切断される未来を見ているかもしれない赤い瞳。櫻井にはそれを超えるイメージが抱けない。


 ——固くなってやがる……。


 レンから見える櫻井は緊張により体を硬直させているようにしか見えない。容易い獲物。くぐり抜けてきた修羅場の質が違う。構えてはいるが地に張り付いたようなベタ足に近い。呼吸は荒く拳を握る手に力が入りすぎている。


 ——そのまま……。


 レンは右手のひとさし指を小さく引いた。それは彼の攻撃。視えない刃。


 ——死んどけ。


 躊躇などない。邪魔なものは殺す。それで残りはハンデを背負ったトキだけ。レンが仕掛けた攻撃に櫻井は気づいてなどいない。硬直したままレンの攻撃を待ち構えている。


「失礼いたします」


 櫻井の制服の襟が急激に引っ張られる。三本の指がマカダミアのブレザーを強く摘み引き寄せる。時にはレンの攻撃が視えていた、そして動きを鈍くする櫻井も。


 今の状態では回避は無理なのだと踏んだ。


 蛇拳に引っ張られるがままに櫻井の視界が高速で回る。共闘になっていない。目の前で住宅が断絶され斜めに動いていく。また助けられたことに不甲斐なさが募る。


 ——何やってんだよ……俺はッ!


 レンはさらに追撃をかける。時の手が片手は塞がれている。櫻井への補助に気を使った戦い。そして、老人がさらに背負うものがある。レンの左手の親指が引かれた。


「チェリヤァアアア!」


 ——何やってんだ……!?


 時は櫻井を持ちながらも気合を入れて空いた片腕を力強く振るう。櫻井には理解できない次元で何かが起きている。時の腕はレンに向けて動いたわけでもない。何もなく空振りのように振るわれた激しい拳。それに呼応して近くの家屋がはじけ飛んで崩壊を始めた。


 ——なんだってんだよッ!?


 櫻井にはまるで分からない。視えない次元とレベルの高さ。住宅街だというのに二人は何一つ気にする様子などない。そこにあるのは命のやり取り。一挙一動を見逃す余裕もない。


 櫻井では先の先を予想してもたどり着けない次元。


「焦ったな……じぃさん」

「しまったッ!」


 櫻井を掴んでいた指を離して時は慌てて走り出す。櫻井はその場に落とされ尻もちをついたような体勢で二人の同行を見ているしかなかった。時の焦る姿、レンの顔が笑みを浮かべて歪む。両手をふさがれた時に生まれたラグ。


 ——俺は何をやっている……何も出来てねぇだろうがッ!


 どうにかしなくてはと思考が働きレンに向かって走っていく。時と距離を離す櫻井。時の顔が後ろを向いて歪む。焦った櫻井の行動が招いたのは最悪の結果でしかない。時が背負うハンデは二つだった。


 ——櫻井さん……っ。


 同時に守りつつ、未来を見るレンと闘うことが時の戦い。老人はレンだけを相手にすればいいだけではない。守りながらの戦闘を強いられていた。櫻井を守り、鈴木玉藻という少女を守ること。


 ——バカだな……。


 レンはその状況に嗤う。時が常に玉藻を奪われないように警戒していた。だからこそ彼女を略奪することが出来なかった。そして、櫻井を殺そうとしたが時が牽制していた。それは時の絶妙な立ち位置によってなされていたに過ぎない。


 ——死にに来てる……。

 

 それを理解せず自ら状況を壊して距離を開けている愚かなピエロに嗤うしかない。


「ダァアアアアアアアアアアアア!」


 叫ぶ櫻井は完全に戦闘の重圧に飲まれて思考が停止している。時の慌て様に何かしなければと考えた時点で状況がまるで見えていない。なぜ慌てていたのか。なぜ時が慌てなければいけなかったのか。何一つ思考などしていない。


 どうにかする為に何をしなければならなかったのか、考えるべきだった。


 ——すみません……ご容赦をッ!


 時は決断を刹那で決める。だからこそ、走り出した脚を止めなかった。ここで救うべきものは二つの内どちらか。考えるまでもない。いま何の為に老人は闘っているのか。これはそういう闘いでしかなかったのだから。


 蛇の腕が動く――空中を泳ぐように少女の方に向かって突き出される奇怪な拳。それは確かに何かを喰いつばむ。強靭な握力と指圧。老いぼれようとも鋼のように固い皮膚。それは喰らい付きながらも少女に向けられたものを捉えて引きちぎる。


 また付近の住宅が崩れ落ちていく――。


「喰らいやがれェエエエエエッ!」


 櫻井の飛び右まわし蹴りが炸裂する。レンはそれを右腕を立てて楽々とガードした。Sランクの攻撃を防御できなくてはダブルSランクなどにはなれない。それが当たり前だと。彼の体が吹き飛ぶことはなかった。


 ——見え見えだ……。


 そして、未来視により視えていた。レンの右手が力強く向けられていく。もう邪魔するものはない。櫻井の姿を赤い瞳が見つめている。空中に浮かんでまだ着地することも出来ていない。


 ——もうすぐ、お前は死ぬ。


 そこへレンの右手の貫き手が向かっていく。櫻井の心臓目掛けて一直線に射抜く槍となりてレンの手が刺し貫きに向かう。櫻井は両腕をクロスさせて降ろす。それは急激に速く力の限り。


 未来が見えていたのはレンだけではない。櫻井とてレンの攻撃をよんでいた。彼に右足が触れた時に次の攻撃の情報を得ていた。それはある意味未来視に通じる――心読術という名の能力。


 ——ここだッ!


 レンの貫き手をクロスした腕で叩き落す様にぶつける。


「ガァッ!」


 空中にいる櫻井の押し殺した悲鳴があがる。貫き手の方向を変えるが精いっぱいだった。脇腹を抉るレンの攻撃。空中にいた態勢が崩れて斜めになる。血が噴き出し空中に漂う。


 だが、同じ未来視でも違った。


 触れなければ分からない能力と見るだけで分かる能力は違いすぎる。


 ——これで終わりだ。


 空中で体勢を崩している櫻井の首を目掛けてレンの右足が鋭き刃のように振るわれる。レンが視ていた未来は二撃目で櫻井が死ぬ未来。一撃目はガードされようとも二撃目はガードなど許さない。


 首の骨を断ち切り櫻井の首を飛ばすレンの強力な攻撃。


地蛇宝塔ちじゃほうとうッ!」


 老人の手が大地を揺らす。それは遠当てという技術。手が届く範囲を超えて衝撃を伝える武術。レンの真下から時の放った大地の蛇が顔を出し喉元を狙う。破裂した真下から急激にせり上がるコンクリート。


「チッ――!」


 大地の揺れと岩盤による攻撃。それにレンの蹴り技は威力を損なう。それでもレンは諦めなかった。櫻井という少年の無力化が彼の狙いだ。イレギュラーな存在への対応を済ますために崩れた体勢からでも櫻井の喉元を潰す様に足先が食い込む。


「グガ――ウッ」


 櫻井の唾液が宙を舞う。体は衝撃に持っていかれ錐揉みしながら地面を転がっていく。呼吸が止まったように息が吸えない。それに意識が朦朧とする。視界が霞む。


「カァッ……ケェッ!」


 時の傍まで転がってやっと止まった。老人のか弱そうな手に背中を抑えられ転がる体勢がやっとのことで止まった。それでも呼吸を上手く出来ないままの口が大きく開く。喉元に受けた蹴りのダメージが尾を引く。


「櫻井さん……ここで玉藻様を見ていて下さい」


 咽込む櫻井に背中を見せて時は立ち上がる。櫻井は待ってくれと手を伸ばしかける。俺も戦うと意志を見せようとした瞬間に理解し手を下げた。この戦闘に自分はついていけないのだと。ここでトキを止めてまで何になるというのかと。


 ——これでじぃさんだけか……。


 レンは目的を達成したと想い気合を入れる。これで邪魔ものは排除できた。一人に集中できる。弱い櫻井がウロチョロするよりも時政宗に二人の存在を守らして戦う方が楽だと考え、ソレを狙っていた。


 時政宗にとってはこれはハンデ戦に他ならない。敵を倒すことよりも守り抜くことを強いられるものの宿命に他ならない。それでも彼は微塵も動揺を見せずに己の構えを取る。


 ——俺は……お荷物かよ……っ。


 自分という存在の在り方を認識するが故に悔しさがこみ上げる。共闘などと言っておきながら実際は守られていただけだ。むしろ時の足を引っ張っていたに近い。顔をしかめながら近くにある鈴木玉藻の姿を見てここで二人の戦いを見る他ないのだと。


 ——クソッ!


 歯がゆさから座った状態のままで地面を殴りつける。強さがまるで足りていない。戦いに参加することもできないお荷物でしかないのかと。


【本当に君はそれでいいのかい?】


 その櫻井を見て神々は嗤う。



《つづく》

  


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