第67話 神である僕が見逃すはずもないだろう

「田島所長、コーヒーです」

「ありがとう」


 鈴木総理の会見のあとにくつろぐ田島へと所員からコーヒが差し出される。彼女は自分の頭のリボンを揺らしながら、コーヒにミルクを注いでいく。


 それをスプーンでかき回していく。


「ふぅ……」


 黒色の中で白いミルクが渦の模様をつくりクルクルと回っていく。混ざり合おうとしながらも境界をひくように二つは完全に混ざることはなく、螺旋を描き回転をしていく。


 混じり合うことのない二つの世界のように――。


「お前も……」


 田島はスプーンを回す手を止めて上を見上げた。そこには照明がついた天井が広がる。だが田島みちるが見ているのはそんなものではない。遥か先にある空を、星を、超えた先にあるであろう世界。


「この状況を見ているのか……」


 思い出される人物。それは田島みちるに世界を語った男に他ならない。


【あぁ……見ているとも、見えているとも】


 届かない言葉を答えて、その男は空に浮かぶような部屋で下に映る田島の視線を受け止める。わずかに間を開けてコーヒーを一口だけ飲みカップを置く。


 優雅な空と雲の上に白いテーブルと白いティーカップがある幻想の空間。


 そこに男はいる――田島と二度と交わることのない世界に。


 田島の視線に優雅に微笑んで男は返す。田島はそれに気づくわけもない。一方的に見られているだけなのだから。それでも田島はその視線を逸らさずに届くはずもない言葉を問いかける。





「——ヘルメス」





 その笑みは上から下にある地上を見下ろす様に見開かれた。


 名を呼ばれ男は応える。


【神である僕が見逃すはずもないだろう】


 当然と言わばかりに神は応えたのだ。全てが見えている。その神の目線からは地上の全てが見えている。誰がどこで何をしているかも、情報の神には分かっている。


『何があったの、はじめ!』「銀翔さん!」


 一時中断された電話から声が流れ出る。状況が栃木と京都に広がるほどの事態だと理解したのは櫻井はじめ。だからこそ彼は考える。何を伝えるべきなのか。考えなければいけない。


 ——これほど大規模になる……ケース。


『涼宮くんは!?』


 焦る銀翔の声が電話口で聞こえる。銀髪の男が心配するのは被害の拡大。これ以上の事態が起こり得る可能性を危惧する声。


「強は教室にいます……変わった様子はないです……」


 ——強に大きなストレスがかかったことがあるはずだ……。


 思考を動かしながら返す声は答えを探し彷徨うように揺れた。めぐる走馬灯のような一日の記憶。櫻井は強と過ごした時間を思い出していく。


 ——あやとりをしていたこと。昼ご飯で二人でふざけて一寸先は闇だと言ったこと。強が鈴木玉藻を好きだと認めたこと。


 目まぐるしく頭を駆け巡る記憶。記憶のページを急ぎ捲る。


 ——あった……!


「俺たちの教室に呪術が仕掛けられました……それは人の感情を増幅させる呪術です。人が不安だと思えばそれを増強して攻撃的衝動に変えるような厄介なものでした……」


 櫻井は落ち着いて丁寧に言葉を並べたてながら、思い返す。


 ソレを藤代万理華は何と言っていた。櫻井は思い出せと力を込めて記憶を絞り出す。佐藤に向けて話した言葉があったはずだ。


『私よりレベルが高い者の犯行です』


「マカダミアで一番の呪術使いが自分より高度と言った呪術です」

『それか……オロチさんが言っていたのは』


 銀翔の中で何かが繋がる。マカダミアが襲撃を受けていたこと。オロチが取り逃すほどの相手。異世界エリートたちを凌ぐ使い手。櫻井は銀翔の情報に惑わされそうになる。


 ——今は違う……。


 オロチが何と関係あるか考えるのは違うと思考を途切れさせることを止めた。もっと報告しなければいけないことがあるはずだ。それが何で起こっているのか、その原因になり得る事象を。


 ——強が感じたもの……。


 それは感情に起因すると絞っている。それは特異点がソレを抱えた時に起こる。そういうものだったはずだと櫻井は考える。


「過去の……トラウマ」


 櫻井から自然と出た言葉。自分で言っておきながらも櫻井はハッと気づく。それがストレスの原因になり得ると。あの時に涼宮強は何かを感じていた。そして、その瞬間を自分は見ていたはずだ。


 ——あの時……


 自分を守る為に前に立った背中に何を思った。あの背中はいつもと違って見えたはずだ。『最強』の背中にも関わらずどこか不安になる様な弱さを持っていたことを。

 

 ——そういうことか……ッ!


 櫻井の中で答えが繋がる。今日、強に何があったのかということが。


『過去のトラウマって……』

「強は確かに強いストレスを受けていました……」


 ——変わってきた日々を手放す恐怖、クラスメートたちから向けられた嫌悪の視線。そして、お前は嫌われ者になった俺に……


「クラス中の奴と対立して過去の自分を思い出したんです。幼い頃のひとりぼっちで嫌われ者だった時の記憶を」


 ——重ねていたよな。心が弱弱しくて何もできなかった幼い頃の自分を。


「そのストレスと闘っていました……おまけに」


 ——そう思えば辻褄がすべて合う、そういうことか。


「それが増幅された可能性が高いです」

『そういうことか……』


 櫻井の中で答えがかっちりハマった。強が受けたストレスは手が震えて見える程だった。最強の男が恐怖を露わにしていた。屁理屈を並べ立てる男が何も言えなくなっていた。


 そこに感情を増幅する呪術が発生していたとしたら――。


 それだけの情報が揃っているのでアレば否定のしようがない。


「ただ、今の強は落ち着いてます。平常です」

『なら、よかった……』

 

 それはこれ以上の事態が安易には起きないということに他ならない。


『監視を頼むよ』

「わかりました」


 二人の中で話がついた。状況が整理できた二人はそれぞれに動き出す。一人は黒服の指揮を執る為に。そして一人は特異点に異常がないように監視する為に。


【残念だ、少し……】


 神は嘲笑う。教室に戻る櫻井の姿を見て出した言葉だ。


「強は……?」


 扉を開けると姿が無くなっている。教室で戦闘準備をしている面々のなかで一人の姿がない。監視する対象の姿を探す様に教室の中央へと歩いてく。


【遅かったね】


 その行動を嗤っているのだ。もう遅かったのだと。


「涼宮ならトイレじゃない?」

「すれ違わなかったぞ……」


 メイスを片手に持っているミキフォリオが気軽に答える言葉に事態を把握できないままの櫻井は表情を歪めて答える。戻ってきた道がトイレのある通路だ。


 イヤな予感が櫻井に走っていく。その不安は大きくなっていく。


「いつ……行った?」


 すれ違いなのかと言葉を出すがそうではない予感が付きまとう。


「確か鈴木さんの話をしてたから、ついさっきですわよ」

「強と……何を話した?」

「えっ……」


 櫻井の表情があまりに強張っているのに全員が眉をしかめる。櫻井は状況を確認することでいっぱいになっていた。この状況で監視対象がいないことを危惧しているからだ。


 その真剣な表情に眉を顰めながらも、ミカクロスフォードは答える。


「マカダミアからメールが来て、戦闘準備をして待機するようにと連絡があったんですわ」


 櫻井は静かに耳を傾けて聞く。これだけの規模に発展しているならマカダミアに出動要請が掛かる可能性だってある。その声がかかることを待っている待機命令。


「それで――」


 その先を聞くことで櫻井は悟る。涼宮強はけしてトイレなどに行ったのではないと。わずかに目を離して銀翔と連絡を取ったが故の失態だったと。


「鈴木さんが待機命令を分からないんじゃないかって?」

「……ッ!」


 ——待機命令が分からないって!


 慌てて櫻井は机を確認する。そこにまざまざと残されていた。


 ——鞄が……ッ!


 玉藻の机にかけられた鞄。そこのサイドポケットに見える携帯電話。それだけで状況が分かってしまった。涼宮強はトイレではない。違う場所に行った可能性があるのではないかと。


 ——まさか、鈴木さんのところにッ!!


 どこに行ったかもわからない少女のあとを追うように出ていったに違いないと思考が結論付ける。なぜなら涼宮強にとって、鈴木玉藻という存在が特別に他ならないのだから。


「くそがッ!」


 怒りを露わにして櫻井は走り出す。櫻井ッ!と呼びかける声を無視して走り去っていく。監視対象の行方が分からない。この状況がどれだけ不味いのか櫻井はじめは理解している。


 ——どこに行きやがったんだ……強ッ!


 もし、万が一にでも、これ以上のストレスを強が受けることになればと。


 その時だった――櫻井の体勢が僅かに崩れ落ちた。


「——ッ!」


 ——地震かっ!?


 大きな衝撃音と共に学校の校舎が大きく揺れた。その瞬間に強の居場所を理解する。涼宮強が動き出してしまったのだと。このマカダミアという場所から外へと。


【あぁ……行ってしまったよ、櫻井】


 ヘルメスは床に映る櫻井の行動を嗤いながら笑みを浮かべた。櫻井は急ぎ校舎の上を目指す。階段をいくつも昇り上へ上へと。そして扉を開けて視界に空が広がった。


 何一つの人影もない屋上の景色を彼は見た。


「ちっくしょう……!」


 ——間に合わなかった……ッ!


【君はいつも遅いんだ】

 

 悔しさで歯を噛みしめる櫻井は屋上の床に残った形跡を見つける。そこには確かに浮かび上がっている。尋常ならざる力の持ち主が行方を残したのだと。


「追うしかねぇかッ!」


 屋上に残った足跡。それは涼宮強の力によるものに他らない。慌てて屋上のフェンスを飛び降りて駆け出していく。櫻井は力を隠すことすらもせずに大きく空を跳躍する。空を跳んでいき校庭を飛び越し、一気に公道まで出て着地する。


「確かこっちだったよなッ!」


 急いで涼宮強のあとを追うように櫻井はマカダミアの校舎を飛び出していった。 


 ——鈴木さんのいる場所ッ!

 

【さて、本当に彼を見つけられるのかな……その方向で】


 櫻井の突っ走る姿にヘルメスはくくくといたずらに笑いを漏らす。カレは悪戯好きな神でもある。その方向が本当は正解でないと知っている。涼宮強がどこにいるのかも分かっている。


 だからこそ、嗤う他ない。そして、涼宮強がどこにいるかがヘルメスの床に映し出された。涼宮強が向かう先を指し示す様に。


「チッ……しょうがねぇから……」


 空を跳ぶのではなく駆けていく。何もない空中で足場があるかのようにかけていく最強の男。その男は独り言を呟いた。


「呼ばれる前に――」


 櫻井とは違う方向へと進んでいる。彼女を護るという選択肢は櫻井と一緒だった。それでも鈴木玉藻というヒロインの危機に彼は違う選択をした。


「こっちから行ってやるよッ!」


 向かう先は栃木。マカダミアの待機命令を無視しての先走った行動。強が考えたのは驚異が玉藻に近づく前に終わらせる道。櫻井とは違う道へと進んでいく。


【ああー、実に愉快だ。面白い】


 神は二人の行き違いを楽しむようにケタケタと笑っていた。そして、笑い終えた彼は静かに立ち上がる。彼は楽しくてしょうがないように見える。


【さぁ、見して貰おうか。終焉に続く】


 彼はいつも見ていた。彼ら彼女らが辿り着く結末を待ちわびる様に。


【大きく動き出した君たちの物語を――】


 嗤って見ているのだ。人々が終焉に巻き込まれていくのを。



《つづく》

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