第66話 国民の皆さん、これから総理による緊急放送が流れます

 その終焉へと誘う時の砂の経過を知らせる様に警報が伝染していく。


「なんだ……!」


 櫻井がその異常に気づき咄嗟に携帯を取り出した。教室で鳴り始める警報音。それは次第に大きさを増していく。手に持った携帯が激しく震える。


「おい、これ……って」


 次から次へと終わりがない緊急を知らせる音が大きくなっていく。


「魔物が来る……ってことか!」「デカいのが来るぞ!」


 教室に広がる不穏な空気。誰もがお互いに異常を確かめ合う。


 誰もがその音に心を揺さぶられた。甲高い警報音とカタカタと揺れてぶつかる音が鳴る。広がる音はどこまでも大きくなっていく。携帯が揺れて情報を知らせる。


 それがマカダミアの教室だけに収まるわけもなく、


 駒沢一体を覆いつくし、さらに東京都という都を覆いつくし、


 日本中へと広がっていく――。


 誰もが携帯に目を向ける。この異常事態は何かと。


 櫻井が眉を顰める。携帯に通知される情報欄。そこに事の大きさが流れてくる。


「鈴木総理の緊急放送って……!」


 自国の代表が出てくるなど基本あることではない。あの夏の戦いでもそうだった。そして、草薙総司が命を落とした年末の時ですらそんなことは起こりえなかった。


 ——どうなってやがるッ!


 櫻井は急いで教室を後にする。廊下を走り抜ける。誰もが止まって携帯を眼にしているの通り過ぎて行く。一刻も早く誰もが居ない場所を探して止まる生徒達の間を駆け抜けていく。


「クソがッ!」


 苛立ちは募る。この異常事態に早くしなければと身を隠す様にして携帯ですぐさまに連絡をかけた。すぐさま耳に当てて早く出てくれと相手が出るのを焦りを前面に出す。


『はじめ!』

「銀翔さん!」 


 お互い求めていたように呼び合う。この一大事に二人で確認しなければいけない仕事がある。そういう契約だったはずなのだから。


『涼宮くんは!?』

「強なら特に大きな異変は……ッ!?」


 教室で警報が鳴っていた際にぼぉーとしていた強の姿を思い出し、言いかけた言葉が止まる。これがストレスによるものだと知っているからこそ、今日の出来事を思い出して報告を修正しなければと思考が働く。


 ——違うだろ……何もないわけないだろッ!


 今日、そういうことがあったはずだと――。


 櫻井が思い出そうと躍起になる中でそれを嘲笑うように耳元へと別の音声が流れ始めた。苛立ちで激しく舌を撃つ。思考の最中に邪魔なノイズが流れ込むが耳を傾けざる得なかった。


『国民の皆さん、これから総理による緊急放送が流れます』


 それはジャックだった。通話の最中であろうが自動的に動画が流れる。それは誰の携帯電話にも流れ出る。そして、渋谷にあるビルのモニターも一斉に切り替わる。すべてのテレビ局の放送が一斉に中断され、異常事態を告げる動画が流れ始めた。


『まず、みんなには落ち着いて聞いて欲しい。こういう時こそ冷静になって欲しいんだ、諸君』


 落ち着いた声に誰もが耳を傾ける。清潔に身なりを整え、その男は神妙な顔をして僅かに下を向いて演説を始める。自分の声を聞かせるために演じる。


 それを見た、強は不思議そうに頭を傾ける。


「政玄のじっちゃん……?」


 見知った顔が自分の五月蠅く騒いでいた携帯に映し出される。多くの人間の眼にもその男が映し出される。それは国立第六研究所の中央モニターにもデカデカと映し出される。


「さぁ、お手並み拝見と行こうか……鈴木総理」


 田島みちるはその姿に嗤いを浮かべる。


 多くの視線をカメラ越しに受ける男はそれでも一切動揺を見せない。ただ自分の仕事を淡々とこなすことだけを考える。どうすれば国民を誘導できるのか。どうすれば、人を扇動できるのか。

 

『驚かせてしまったのは他でもない私なのだがね』


 緊張をほぐれ指す様に涼し気に笑って見せる。


『どうしても私の口から、みなに聞いて欲しいことがあったんだ』


 偉い地位にいながらも国民に手を差し伸べるような温かい声色に誰もがふと緊急事態という概念を捨て去った。それが政玄の狙いだとしても、その表情の動かし方、その声に耳を自然と貸してしまう。


『これから一時間後に栃木と京都で大規模な奈落の門アビスゲートが開く。でも、心配しないでくれ』


 異常な情報はさらりと流すように彼は付け加えた。心配はいらないと動揺をする暇すら国民に与えなかった。そして、動揺が彼の表情に一切ない。にこやかに笑って大丈夫だと微笑みかけている。


『対策はもう済んでいるから、不安に脅えないでくれ』

  

 出来る手は先に打っているという言葉に誰もが疑念を抱かない。それは彼の実績がそう錯覚させるに他ならない。歴代最高の総理大臣――常勝無敗の男。彼がいうならばと妄信的にほっと安堵を得る。


 まだ何ひとつ異常事態は起こってもいないというのに――


 これからが異常事態になるというのに誰もが安心を先に覚えてしまう。


『対象地区の国民は自衛隊の避難誘導に従って移動を開始してくれ。もし近くに逃げられないような、か弱い老人や子供がいれば手を繋いで上げて欲しい』


 優しい声色と幻想のような言葉。誰もが彼を尊敬する。この異常事態にも落ちついて、弱き者の目線に立ち彼は言葉を選び取る。政治とは虚構の理想の上にある。そうなればいいと誰もが抱く幻想を叶える言葉を吐けばいい。


『政府は誰一人として我々は見捨てはしない。もし、何かあればここにある緊急電話番号のどれでもいいから電話をかけて欲しい。助けを求める貴方の居場所を携帯のGPS機能で我々が確認して助けに行く』


 十を超える数の電話番号が用意されている。誰もが逃げる手段を持ち合わせている。誰でも政府は助けると甘い答弁を囁きかける。あまりに用意が周到過ぎる。たった五分足らずの時間でこれだけの準備をしてきた。


 それが鈴木政玄という男の政界での地位に他ならない。


『さらに魔物の出現に備えて航空自衛隊が対魔物兵器を積んで出動準備を整えている。こちらで魔物も迎撃する手筈は整っているから大丈夫』


 彼が大丈夫だというなら大丈夫なのだろうと心の隙間が埋まり不安が取り覗かれる感覚に皆は希望を頂く。先導者とはそうあるものだと彼は自分で体現している。


 誰もを妄信的に信じ込ませ、言葉巧みに大衆を誘導するのが常であると。


『それに安心材料はまだある……私からもう彼らには依頼を出した』


 大多数の心を揺さぶれば、それで自分の勝ちなのだと。


『この日本国には彼らがいる!』


 大げさに手を広げて神を称える様に上を向く。パファーマンス効果、それは動きで人々の視線と心情を揺さぶる。だからこそ、これが最良の手段であると総理は高らかに声を上げる。


 これは自分たちに与えられた神の奇跡だと。


『この国が世界改変によって幾多の危機に遭遇しようとも、彼らが幾重にも退けてきたッ!』


 これは我が国におけるアドバンテージだと。


竜殺しドラゴンスレイヤーと呼ばれる始まりの英雄が作りし――』


 数々の絶望を打ち砕いてきた黒き英雄たちがいる。その黒い制服を着ることを許されたものは最強に他ならない。自警団という国家直属である団体でもないのに多くの支援者を集める義賊たち。





『最強の集団、ブラックユーモラスがッ!』





 誰もが憧れる黒い制服。それは絶望を塗りつぶす黒。六体神獣という災害ですら退けてきた誰もが認める最強の軍団。魔物討伐のスペシャリスト。それに総理の白熱した演説が混じり合い誰しもに興奮を与える。


 盲目的な国民は信じる他ない。弱いからこそ信じる他ない。


 最高の総理がいうのなら自分たちは何の問題もないのだと――。


 完璧な演説とパフォーマンスにより国民たちは笑顔を浮かべる。総理の指示に従うように栃木と京都では防災放送が流れ始める。国民たちは言われた通りに避難を始める。我が家をあとにして去る中でも誰もが安心して避難をしていく。


「つまらないもんだな……」

「所長……お言葉が過ぎますよ」


 あまりに完璧にこなしすぎる総理の演説に田島みちるはイヤそうな顔を浮かべる他ない。失敗のひとつでも期待していたのだが、申し分ない程に彼は仕事をこなしてみせてしまった。


 それを面白くないと思う者は少数ながらも他にもいる。


「なんだ……俺たちをテメェの駒みたいに勝手にいいやがって……!」


 グラサンの奥に苛立ちを募らせる火神という男の眼光。ブラックユーモラスは政府に組していない。それをあたかも自分のものであるかのように演説した総理が気に食わない。その横で田岡は拍手をして、うんうんと満足げに頷いていた。


「いやー、鈴木総理はスゴイなー。やる気出てきましたね、火神さん!」

「テメェはッ――!」


 火神は怒りを爆発させるように荒々しく席を立ちあがり、田岡に向けて拳を振るう。


「手柄を横取りされてんのに喜ぶバカかッ!」

「イタイっっす!」


 不機嫌な火神に胸を思いっきり殴られた田岡は酷いことするなーと言わんばかりに胸を押さえて一歩引いて見せる。火神は冷静に理解していた。これでブラックユーモラスが功績を残したとしても総理の手柄の一部にされる演説だったのだと。


 だからこそ、火神は怒りを露わにする。


「やられたぜッ……くそがァ!」


 全てが鈴木政玄の功績。彼が動いたからこそブラックユーモラスが動き出したのだと。その前から三傑会議を開いて対応をしていようともソレすらも霞め取られていったのだと。


「総理、完璧な演説でございました」

「あぁ、これでひと段落つくだろう」


 放送場所から立ち去る二人は当たり前の事と言わんばかりに廊下を歩いていく。異常事態はもう収束を迎えるに違いないと。これから起こる事態などどうにもでもなると。


「本件で大量の死者が出た場合はどうなさりますか?」

「いつも通りで構わない……」


 六体神獣の時もそうだった。魔物が来れば刈り取られるものもある。


 それは国民の命に他ならない。それでも彼は無表情に冷たく答える。


「適当に数字の処理をして置いてくれ」

「かしこまりました、総理」


 そんなものは鈴木政玄にとってどうでもいいのだ。何千人・何万人の死者が出ようとも国の一部でしかないからどうにでもなるのだから。


 この国を維持するのが政治であり、


 国民の命を数えるのがこの国の政治ではない。


 国の事を考えるのが政治であり、国民の為のものではない。


 だからこそ、鈴木政玄は無表情に感情をただ動かさない。


「総理、はどうなさるおつもりですか?」

「それは私の方でもう手を打ったよ……彼らには」


 ただ、そんな男でも気に食わないことはある。自分の思い描いたシナリオを邪魔されること。描くべき理想を追求するが故に彼は怒りを露わにする。これは邪魔が入ったが故の想定外の事態。


「少し、躾が必要だからね――」


 肌を刺すような総理の怒りを間近で感じた秘書はにこやかに笑った。

 

「総理、またお顔がくずれていますよ、ふふ」



《つづく》

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