第63話 強ちゃんクイズ王 『強ちゃんが一番好きなのは誰でしょうか?』
その男は幼馴染を迎えにいったはず。誰もがそう思って眺めているが誰の視線にも気づかず強は考え込みながら歩いてきた。
もちろん、考え込んでいるのは屋上での出来事に他ならない。
——スキって……どういう……
スキと言われたことはある。強ちゃん大好きに近いものは幾度となく言われてきた。それでもソレとコレを一緒にしていいものなのか、少年は悩む。それは何か答えがあるわけもなく感じ取っただけのもの。
「うーむ………」
——そう……なのか? これは……そういうやつなのか?
次々と仲間が話かけるが考え込んでいるが故に聞こえない。
「ちょっと、アナタ何をしてますのよ……」「涼宮、どうしたの?」
ミカクロスフォードとクロミスコロナが問いかけるが頭を捻って通り過ぎて行く。それどころではない。これは強の人生にとって初に近い。
——俺たちも……高校生になったわけだし……あるのか?
「どこいくでふか?」「涼宮しゃん……?」「おーい、涼宮」
声をかける田中と二キルと小泉の横を過ぎ去っていく。腕を組んで目を瞑って出来るだけ情報を考える。それでも涼宮強に人生経験がないが故に意味がまだ分かりきっていない。
「強ちゃん……鈴木さんはどった?」
——いや、何を考えてるッ!? 俺は!!
自分が何かを期待していることに気づくと慌てて否定に入る。首を横に激しく振って迷いを振り切るようにするが、そう簡単にこれは消せるものでない。この悶々としたものをどう吐き出すかなどと堕落の強が知る由もない。
「おーい、強」
「…………聞き間違いか?」
櫻井が呼びかけるが応答がない。ピエロは目を顰めて歩く強に着いていく。
——冷静に考えればわかること。
「聞こえてるのか?」
「………………言い間違いか?」
——玉藻ならそういうこともあり得るだろう。
「お得意の電波受信か、強ちゃん?」
「………でもな」
——あんなに顔が赤くなる言い間違いってなんだ……?
「顔が赤くなってるぞ?」
「そう………………顔が赤い」
「本当にどうした?」
「うーむ……」
——スがつく………恥ずかしいもの?
涼宮強は立ち止まって腰掛ける。スから始まる恥ずかしい言葉。
「ぐぁああああああ! 重い、重いって!!」
「想いが……重い」
「だから重いってっのッ!」
——スっ……スキ……!
答えは『スキ』。
先程のフラッシュバックを消す様に強は必死に頭を叩く、こうじゃねぇだろうと。恋愛経験値ゼロの男は思考の恋の迷宮を彷徨う。それでも必死に考え続けるあたりは誠実に他ならない。
だが、そんな悩みがあるとも知らないメンバーから見たら奇行に近い。
「涼宮がミキに怒ってる」「まぁ致し方ありませんわね」「ちょっと、マジで! 石の上に乗らないでッ!! 動かないで!!」「強ちゃん……?」
一人で顔を赤くして奇行に走る姿にピエロは異変を感じとる。足を組んで石抱の石板を椅子代わりにする男に櫻井は問いかける。狙って敢えて違う単語に変えて問いかける。
「玉藻さんはどうした?」
「な、なんでいきなり玉藻が出てくんだよッ!」
突然の反応が返ってきた。赤くなり動揺する姿に誰もが何事だと疑問符を頭に浮かべる。明らかに挙動不審な反応。誰もが気になるのは当然のこと。
「涼宮、アナタは鈴木さんを探しにいったのよね?」
「えっ、! あっ、そうだけどもッ!」
「見つかったんでふか?」
「見つかったちゃー見つかったし、見つかんないような見つかんないもんだ!」
意味不明な返答に誰もが眉を下げる。通常の状態ではない男は挙動不審過ぎる。言ってる内容も勢いはあるが意味不明だ。クロスミスコロナが追撃する。
「何を慌ててるの、涼宮?」
「いや、あれだよ! いつも通りの玉藻がアレして消えた……んだ!」
「言葉の歯切れが悪すぎだぞ、強ちゃん……」
「うるせぇ、ピエロ! 黙ってろ!!」
傍若無人は相変わらずだが誰もが異変を感じ取った。これは『ははーん、何かありましたね』と。強の赤く染まった顔がそれを告げている。ピエロは目を細めて見つめた。
「なんだ、その眼は!?」「わりぃ、生まれつきなんだわ」「いつもと明らかに違うだろうがッ!」「涼宮シャンと鈴木シャンで何かあったんですね!」「なんもないわ!」「いや、これは大ありのほうだ」「小泉、お前は存在感が薄いままでいろ!」「動揺し過ぎよ……」「ホルスタインが人語を喋るな!」
全方向からの集中砲火に口汚く返すがニヤニヤとされている。恋愛経験値においては周りの方が断然高い。二人の関係などとうにメンバーには知れている。ひとりのけ者にされないように少女が走り寄ってくる。
「もしかして、二人は……」
少女は満面の笑みを浮かべて三つ編みを揺らして強の元へと走り寄ってきた。サエミヤモトの顔は今までで一番光り輝いて強に向けられる。
なぜなら、この女は恋バナが大好き。
「やっとお付き合いすることになったんですか!?」
「にゃにを言ってる!」
猫語が出てはおしまいだ。みんなが納得したように頷いてニヤニヤと笑みを浮かべる。サエミヤモトはキラキラと眼を輝かせる。ついにかと、仲間達は感慨深くも頷く。
「お前ら、一体なんなんだよッ!」
こんな経験をしてこなかった強は終始赤面しっぱなしで強がる。だが、そんなものは高校生たちには通じなかった。誰もが微笑ましいと言ったように彼の強がりを見守るのである。
「プリティよ、涼宮♪」「プッ!」「強ちゃんもやっとか……長かったわ」「本当ですよ、長いですよ!」「櫻井とサエの言う通り、長い!」「ねえー、クロちゃん♪」「うんだ、うんだ」「田中、無言で拍手してんじゃねぇッ!」「やっと涼宮にも春がきたか」「お似合いですよ、涼宮シャンと鈴木シャンは!」
「おに……って」
完全に仲間達に弄ばれる強は表情を困惑させる。誰もが笑って自分を見ている。それは自分が迷っていた答えのひとつでもあるが故に戸惑う。だからこそ、強は声を張り上げる。
「そういうんじゃねぇよ! 俺と玉藻は単なる幼馴染だ!」
それは全てを否定するような答え。仲間達はその言葉に笑みを消してため息へと変えた。分かってしまっている。そんなものが答えな訳がないと。これが強がりで良くないモノだということは。
ここまで来て素直になれない男に憐れみの視線が降り注ぐ。
「勝手に……決めつけんなよ……」
だからこそ強も赤い顔で目線を下に落として戸惑いを見せる。どこかで否定しつつもどこかで願っている。そうなのかもしれないと。それを全員は見透かしている。
「じゃあ、多数決だな」
「なんだよ、多数決って!?」
ピエロが喋ったことに対して強は食いにかかる。それでも櫻井はしょうがないやつだと言わんばかりに肩をすくめて強に言葉を返す。
「この世は大多数の意見で決まる仕組みだ。だから、多数決で大体が決まる」
「そういう問題じゃねぇだろ!」
「そういう問題だよ。あと、強、お前に回答権はないからな」
「意味わかんねぇし!」
必死に抵抗する強をほっといて櫻井は仲間の方へと体を向ける。ここまでどれほどの苦労をさせられてきたのか。自分がどれだけ二人の被害を受けて来たのか。
それを思い起こしてピエロは決着を求めるように声を上げた。
「第一回ィイイイイイイイイイ!」
櫻井が張り上げた声に強はビックリした。それでもピエロは止まらない。
「強ちゃんクイズ王ぅうううう、開催ッ!」
これはふざけているように見えて真剣なものだ。友を思いやっての櫻井の行動に他らない。それを感じ取ってなのか、ミカクロスフォードたちもノリノリで『おぉおお』と歓声を上げる。
「第一問にして最終問題、デデンッ!」
強はその光景をただ黙って見ているしかなかった。仲間達の勢いが止まらない。
「強ちゃんが一番好きなのは誰でしょうカァッ!!」
今世紀最大のエンターティナーはここぞとばかりにノリに乗る。ここが強たちにとっての分岐点になると勝負所を見極める嗅覚を最大限に活用する。今日という日が大事な日だということは分かっている。
「答えをみなさん一斉に……せぇええええー、ノォオオオオオオオ!」
みんなで声を合わせろと言わんばかりに音頭をとる櫻井。それに誰もがニカッと笑う。やりすぎな演出に他ならない。それでも、それに乗ってしまうのは若さゆえだろう。
気づけと。それがお前だろうと。
涼宮強はそうなはずだと。
口から出るのは満場一致の答え――
純粋に二人の幸せを願うが故にみんなが声を楽しそうに張り上げる。
【スズキ、たまもォオオオオオオオオオオオオオオ!】
当然の答えに他ならない。傍から見てれば丸わかり。
二人の関係はそういう風にしかみえないのだ。
知らず、分からずでいるのは当の本人達以外にいるわけもない。
「………………」
さすがの強も反抗できるわけもない。前から大人数で後ろのミキフォリオでさえ声を上げて答えたのだ。みんなの声が届いているが故に否定は消される。逃げ道がなく、頭を掻きむしって困惑する。
「これがお前の行きつく答えだ、強」
「これは……やりすぎだろ、櫻井」
「エンターティナーだからな、演出はド派手にが、俺の主義だ」
悔しそうに顔を歪める強に櫻井は勝ち誇った笑みをぶつける。
そして、ピエロは静かに指先を高く天井に向けていく、
「幼馴染という」
銃口を作った手は下に降ろされ強へと向けられた。
「お前らの関係はもう」
それがお前らの未来だと。
「デットエンドだ、強」
行き止まりの関係に終止符をと櫻井は言い放つ。撃たれた強は僅かに悩みを見せるがすぐに表情を切り替える。ここまでやったら認めざる得ないのかもしれないと観念する。
——幼馴染はデットエンドか……。
周りからはそういう風に見えちまってるものなのだと。
「降参だぁ……」
舌打ちして撃たれた胸を押さえながら手を上げて後ろにゆっくり倒れる。これ以上ない答えにどうしようもない。いつかは終わる関係に他ならなかった。いつまでも変わらないままでいられるわけもなかった。
——俺は玉藻が……
分かりきっていた答え。夏の日に暴れたのは彼女の、たった一人の為だった。だからこそ自覚している。周りに女性陣もいるから分かっている。その誰とも違う鈴木玉藻という存在が自分に取っては特別なのだと。
——スキだからな……。
二人に残された学園生活は一か月。
終わり間際になって急速に動き始める恋模様。二人の青春は今日この日に止まっていた時間を急速に動かす。前途多難な青き春の風が激しく吹き荒ぶ。
それは二人の必然に他ならない。
そして――
それは世界に過酷な激しい嵐をも連れて来ていたことを二人は知らない。
《つづく》
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます