第62話 日本の時代劇を参考にしておりますの

 屋上で謎の告白があり青い春が吹き荒れている中、教室では賑やかに――


「ちょっと、ミカ! ホントにギブだから!!」


 が繰り広げられていた。


「ミキさん、アナタちゃんと反省していますの?」

「してる! 反省してます!!」


 正座させられたエセ僧侶は苦痛の表情を浮かべ金髪貴族に力強く言い放つ。それを見てミカクロスフォードはため息をひとついれて微笑みを浮かべる。


「言葉が軽いわね」

「ちょ!」

「サエ、一枚追加しなさい」


 三つ編みメガネはちょっと戸惑いながらも自分の膝下より小さい小人の老人にお願いするように話しかける。


「ノーム、もう一枚だって……」

「ちょっと、サエ! ホント限界、限界!!」

「この女の言葉は薄っぺらいから大丈夫よ。限界なわけないわ」

「ちょ、ひどくなーい!」


 小人は僧侶の言葉を無視してサエに頷き一枚の石板を作成。トコトコ僧侶に向かって歩き出す。


「ほいですじゃ!」

「ぎゃああああああああああああ!」


 叫ぶ悲鳴。小人の身の丈の何十倍・何百倍あるかもわからない重量のある石板がミキフォリオの足の上にどかんとのせられた。それにクロミスコロナはミカすごい!と眼を輝かせる。ミキフォリオの苦悶の表情に金髪貴族は薄ら笑いを浮かべる。


「ミカ、これテレビで見たことあるやつ!」

「クロさん、これは日本の時代劇を参考にしておりますからね」

「確かオクラの紋所が目に入らぬか! って、やつだ!」

「桜ですわよ、クロさん」


 それは江戸時代の拷問――石抱いしいだき


「あ、足が死ぬって!!」

「大丈夫よ、ミキさん。貴方なら足が潰れても回復できるから」

「この鎖がなければだよッ!」


 必死な僧侶は身動きが取れない。後ろ手で縛る鎖。それは魔法で作られたもの。魔法ギルド長お手製の拷問兵器。それを問われてミカクロスフォードは上品に口元を手で覆い隠した。


「あら、たいへんですわね」

「マナが使えないんだけど! 何コレぇえええ!」


 石抱とは罪人を白状させるための拷問。本来は三角板といわれるものの上に座らせて石を追加させていきその圧力によって激痛を与える拷問。ミキフォリオの唯一の救いは教室のタイルの上ということだけ。


「本当に足がやばいって……これ足が使い物にならなくなって歩けなくなるから!」


 四枚の石板の重量は計り知れない。おまけに異世界人に慣れない正座。


 僧侶にとってはこの上ない拷問に他ならない。


「回復すればいいでしょ?」

「この鎖で出来なくされてるんだって!!」

「あら、たいへんですわね」

「さっきも聞いたヤツ! っていうか、何コレ!?」


 それは僧侶が未体験の魔法。金髪貴族が首を傾げる。分かっていながら相手をいたぶる様に冷静に彼女は答えるのである。僧侶の腐った性根を叩き直すために。


「鎖ですわ?」

「それは知ってるよ! これのせいでマナが使えないのはなんでって!?」

「だって、それはそういう魔法ですもの」

「なにソレ、わたし初耳なんですけど!?」

「そうね、だってミキさんにお見せするの初めてですもの」


 わざと相手をいたぶる様に上品に返す金髪貴族。それは一度使われた魔法。櫻井と美川の戦いの時に藤崎に使われた半強制的に魔法を使えなくする拘束魔法。


「足がぁ……足が……ッ!」


 僧侶の足が限界で震えだす。長時間の責め苦。以下に僧侶と言えども限界はある。魔法が使える状態なら平気だったがそれを禁じられているのがキヅイ。


「たなかさん……たす……けて」


 救いを求める様に田中へと潤んだ瞳を向けるミキフォリオ。それを追うようにミカクロスフォードのキツイ視線が田中に突き刺さるものだから、田中は気まずそうに眼を逸らす。


「田中さんッ!」

「今回はミキたんが悪いでふよ……」

「そんなッ!」

「ほら見なさい、その発言が反省などしていない証拠ですわね。サエ、もう一枚追加よ」

「は、ハイ!」


 笑点の座布団もう一枚ぐらいのノリで指示を出すミカクロスフォード。せっせとノームは石板を作る。脅えるミキフォリオ。ニコニコしているクロミスコロナはスタスタと罪人の近くに座り込む。


「クロ……助けて」

「だめだよ」


 あっさり笑顔で却下。


「そんなー!」

「人格を殺すところを見てみたいし、新しいミキになって帰ってくるんだよ……」

「クロはいままで私を嫌いだったのッ?!」


 肩に手をポンと置く慰めの言葉がなかなかにエグイ。僧侶の味方は誰一人として教室にいなかった。石板がほいですじゃと運ばれてくる光景に恐怖しかない。


「ギャアアアアア!」


 石板の五枚目が追加され顎の下まで石が積もった。限界の重量。ポロポロと涙を流し僧侶は苦痛に頭を下げる。


「ごめんなさい……反省しております! 神に誓います!」


 泣きながら罪人は許しを乞う。それにあらあらと金髪貴族は首を傾げる。


「神に誓う前にすることがあるんじゃなくって?」

「私は何すればいいの……?」

「だめ、ね……自分で考えるか神に聞きなさい。もう一枚追加よ」

「これで追加は厳しいって!?」


 若干、拷問を楽しんでる節がある金髪貴族。僧侶は地獄を見ている。これがミカクロスフォードの本気で怒った時の対応。彼女は姫様の傍若無人な振る舞いを知っている。


「ちょっと、ちょっと! ホントに反省しているのに!!」


 遠くでサエが自分の様子を見ながらノームに話しかけているところを止めにかかる。その視線の間を遮るようにミカクロスフォードは凛と間に立つ。


「反省している人間が逃げるのかしら?」

「あれは……っ」

「どうして、逃げたのかしら?」

「そ……っ」

「逃げて私の怒りから逃れようと、罪から逃れようとするなんて、」


 それはつい今しがたの話。それを出されて僧侶は口を尖らせる。事実そうだったのだから何も言えない。それを分かっている金髪貴族はニコッと笑った。


「聖職者にあるまじきよね」

「…………」

「サエ、さらにもう一枚追加よー」

「勘弁してください!!」


 その聖職者は呪術が解除された後に逃げようとしたのだ。教室がパニックから解放された時に何食わぬ顔で、どこかへ雲隠れしようと画策した。


『呪術は完璧に解除した。それじゃあ、私は隣の教室に戻るよ』


 藤代万理華が解除を成功させて教室に戻ろうとした時だった。


『私が隣の教室まで送っていくよ』

『えっ……別にいらないけど』


 僧侶は気さくにアルビノに話しかけたのだ。藤代は困惑した表情で拒絶した。


『いいや、呪術を解除した恩人をこのまま見送るなんて出来ないからさ』

『隣の教室だよ……?』

『いいって、いいって♪ ほら、行こう!!』

『あっ、ちょっと!!』


 無理やりに藤代万理華の手をひいて自分の教室を後にしようとした。それは僧侶の悪い心。みんなが敵に回ってしまった状況から逃れるためにアルビノを餌に教室を後にしようとしたのだ。


『ちょっとお待ちなさい……ミキさん』


 それを扉の前で仁王立ちした金髪貴族に阻止されたのだ。


『ミキは逃げちゃダメだよ』


 その後ろから黒い影が近づいてくる。藤代万理華の上に影が出来た。


『ナイスですわ、クロさん』

『エヘヘ』

『いきなり何を!?』

『………………』


 腕をキメられている僧侶を前にアルビノは不思議な顔で見る。いきなりの捕り物が始まったのだ。おまけにそれは他クラスの痴話げんか。これ以上は関わる必要ないかと藤代はにっこり笑う。


『それではこれで失礼するよ。櫻井くん、またね』『おう、もう俺に二度と近づくなよ。藤代』『ひどいよ!』『ちょっと、藤代ちゃん私を置いてかないで!』『ミキさんはこれから裁判ですわよ♪』『人格の殺し方をみてみたーい!』


 騒がしい教室。それがつい今しがたのこと。僧侶の浅ましき行いの全容である。


 そして、いま拷問中。


「神様、私をお助けくださいッ!」


 そう願うどうしようもない僧侶。その時に教室の扉があいた。それを見た僧侶は顔を喜びに染める。帰ってきたのだと思ったのだ。


「涼宮!」

「………………」


 涼宮強が自分のクラスに帰ってきた。だが呼びかけに応じずに強は何かを考え込んでいた。そして、僧侶は喜びの顔を歪めた。彼女が期待したものがそこになかったのだから。


「あれ……タマは?」



《つづく》

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