第61話 告白は、必然は、偶然で突然だったとしても当然のこと
玉藻が静かになったのを見計らって強は問いかけた。
「落ち着いたか?」
「……うん」
いっぱい泣いて落ち着いた玉藻を前に優しく微笑んで見せる。強自身も玉藻の涙を見て動揺したからこそ、玉藻の泣き止んだ状態を確認してほっとする。
そして、その微笑んだ表情は彼女を安心させるために他ならない。
「なんか俺たちの教室に呪術? ってやつが仕掛けられてたみたいだ」
「呪術……?」
「なんだっけっか……攻撃的な感情になるだか、思ったことが余計に大きくなって感じたりするって言ってた」
「……なにそれ?」
「なんだろうな?」
言っている本人の強も玉藻と同じ向きに首を捻る。櫻井と藤代の説明を聞いていたがいまいちよくわかってなどいない。それでもそういうことにするつもりで強は玉藻へと打ち明けたのだ。
「よくわかんねぇけど、それでみんなオカシクなってたんだとさ」
「……みんなの感情がオカシク?」
「そうらしい。みんな元から頭オカシイ連中でしょうがねぇやつらだからだけど呪いのせいでより一層ぱーぷりんなってたみたいだ」
「ぱーぷりん?」
強は基地外のしょうがねぇクラスメイト達だと言わんばかりに肩をすくめてジェスチャーを入れる。それは皮肉に他ならない。涼宮強の得意技に他ならない。
誰かを揶揄するのが得意だ。
そして、涼宮強の得意なことはそれだけではない。
「だから玉藻も呪いのせいで一時的にオカシクなってただけだから、気にすんな」
屁理屈をつけて事実を捻じ曲げて解釈するのも得意だ。毎度の事だ。自分は悪くないと考える思考は誰よりも優れている。だからこそ、玉藻が悪くない理由を強は探し出した。
「呪いの方も櫻井と白髪変態野郎が解除したから問題ない。櫻井もいつも通りでケロッとしてたしな♪」
強は仕方ねぇことだとにやける。全部呪いのせいだからと。
お前のせいじゃないと――。
「強ちゃん……」
玉藻は笑っている強を見つめた。彼女には分かる、これが強の優しさだということが。強にはそういう優しい部分があるのだと彼女はイヤというほど知っている。
「アイツは想像を絶する不幸に慣れ過ぎてるからあの程度のことじゃ全然きかねぇよ。それでへこたれるような奴が俺と一緒にいれるわけもねぇしな」
ヘラヘラと饒舌に喋る強を玉藻はじっと見つめる。口からペラペラと思い付きを出しまくる強を。それが強だと彼女は知っている。これが自分を気遣ってのことだと分かっている。
「まぁ櫻井が不幸なせいもあるな、うんうん。アイツもいい加減に不幸を卒業したほうがいいと思うんだけど、どうしようもねぇやつだ。だからピエロなんだよ」
——強ちゃん……
トクンと跳ねる鼓動。いつもめんどくさがりで喋らない強が自分の為に無理くり喋っている。それは自分を傷つけないための強なりの優しさ。自分の為に無理して頑張ってる姿を見ている胸は熱くなる。
「何がいいてぇかっていうとだな……あれだ」
そして、じっと見ている自分に気づいて照れくさそうに鼻を掻く姿に見とれる。恥ずかしいことが人一番嫌いな男の見せる純粋さ。ずっと一緒にいたから玉藻には分かっている。
涼宮強の全てが分かっている。
「気にすんな……ってことだ」
——強ちゃん……強ちゃん……
どこまでも不器用な男が見せた優しさ。落ち込んでいた自分の傍に居て頭を撫でてくれて一緒にいてくれた昔からずっと好きな男の子。どんよりとしていた胸がいまは温かいもので苦しくなっていくことに少女は戸惑う。
——何か喋らなきゃ!
「私、あとで櫻井くんにはごめんなさいしなきゃねッ!」
焦って出した言葉。頭の中が強への想いで埋まって彼女はいつも酩酊する。
——強ちゃん……強ちゃん……強ちゃん
考えていることと思っていること、喋っていることが、強を前にすると無茶苦茶になる。全てが涼宮強という存在に取られて自分を見失う。
彼女は恋に溺れている。
「まぁ別に気にしなくてもいいと思うけど……呪いのせいだし」
だが、涼宮強には彼女のそんな戸惑いなど分かるわけもない。
「だめだよ!」
「そうか……まぁ玉藻がそうしたいならそれでいいかもな」
焦っている彼女の姿に原因が自分にあるとは思いもしない。少女の言葉を真に受け櫻井に謝りたいのかと本気で思い込む。それで全てが解決するのだと涼宮強は思うのである。
そして、涼宮強は立ち上がる。
「じゃあ、戻るか」
「待って!」
少女は強のワイシャツの袖を掴んで離さなかった。その場を離れようとする彼を逃がさなかった。少女は不思議そうに見つめられ顔を下に背ける。何かが恥ずかしくもどかしくて頭を垂れる。
——ありがとう……強ちゃん。
「待って、あとね……」
——言わなきゃ……ありがとうって。
それは少女を救ってくれた主人公に贈る言葉。自分がいらない存在だと思ってしまった少女を必要だと言ってくれた主人公に対する言葉。泣き止むまで傍にいてくれた最愛の人に贈るお礼の言葉。
だから玉藻は顔を上げて強の立ち上がった顔を見上げる。
「強ちゃん……」
——傍にいてくれてありがとうって……言わなきゃ。
『ありがとう』という溢れる想いを込めて鈴木玉藻は意を決して真剣な顔で口を開いた。
「スキです」
玉藻は思いの丈を込めていった。
「ん……?」
「ん……?」
遅れて二人して僅かに疑問の声を出す。先程の少女の言葉はなんだったのかと。
「へっ……?」
「…………んっ!」
玉藻が気が付いた時には遅かった。自分が何を言ったのか少女は遅れて理解する。ありがとうと言おうとして出た言葉は違う。
想いの本質は似ているがそれは胸の内に眠っていた駄々洩れの心。
「あっ、あ……あ」
たじろぐ玉藻の顔が急激に赤く染まっていく。それに合わせて、
「えっ、え……え?」
強の顔も紅く染まっていく。少女の反応だけではない。また少年も動揺を抱える。あまりにも真剣な表情で玉藻がいったことに対して鈍感な思考が悟る。
——スキ……って言ったか?
パニックに陥る二人の思考。
——わたし、言っちゃった!?
この世に変わらないものなどないと少年はいった。時間が経てば変わっていってしまうものがあると少年は言った。少女はそうだよねと言った。二人の関係だけが動かないということは世界においてあり得ない。
「玉藻……」
変わってきた強だからこそ感じてしまった。少なからず玉藻以外の人間とも関わるようになった強だからこそ感じ取ってしまった。
その少女が発した『スキ』という言葉はいままでのモノとは違うと。
「いまのは……」
確認をされて玉藻の赤くなった頬から湯気が出そうになる。少女も今回は違うと分かっている。いつもと強の反応が違う。やる気のない返事ではない。『あぁ』という二文字ではない。何より強の顔が紅く染まっている。
——なんで……どうして! わたしはなんだの!??
パニックがパニックを呼ぶ。このタイミングで口にするつもりなど少女には一切ない。想いを伝えるシチュエーションはもっと違う場所とタイミングだったはずだと。自分で事態を起こしておきながらも自分が一番びっくりする他ない。
——どう、どう、どうし!?
どうしようと慌てて左右に顔を動かす。だが、それが彼女を追い詰めることなった。どう顔を激しく動かしてもじっと自分を見つめる視線があったのだから。
「あっ、あぅ、あの」
それがずっと想いを寄せてきた少年の視線であればなおのこと。言葉が出るはずも無く少女は背中に羽織ったブレザーの裾を握って体に強く巻き付ける。
「——っ!」
「玉藻っ!」
少女はその視線から逃れる様に必死に走り出す。強は慌てて手を伸ばす。屋上の扉が音を立てて揺れる。伸ばした手は何も掴めずにその場を漂う。
その想いがどこにあるべきなのかわからないように。
「俺の……ブレザー……」
涼宮強は赤い顔のままブレザーを取られ屋上に立ち尽くす。
少女は彼のブレザーを羽織ったまま階段を駆け抜ける。
「えっ、あぅ、その、でああああ!」
階段を飛び降りたことで弾む胸。胸が鳴りやまない。顔から火が出るほど熱い。行先も分からない足が止まらない。何をどうしたらいいのかもわからない。
「どうしてぇええええええええ!」
少女の想いとはチグハグにそれは動き出してしまった。この世にずっと変わらない関係などない。何かのきっかけで動き出してしまう。十数年人生のほとんどをずっと一緒にいたのに動かなかった二人の関係が少女のバグで静かに動き出す。
思い合う二人がこうなるのは必然で、
少女が告白したのは偶然で突然だったとしても、
そして、いつしかこうなることは当然のこと。
涼宮強と鈴木玉藻という二人の幾重にも通り過ぎてきた青き
《つづく》
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます