第60話 お前は強い子、玉藻だ
「玉藻……お前……」
「……ッ!」
強ちゃんから呼ばれて私は膝から上げた顔を慌てて隠す。こんな私を見られたくなかった。強ちゃんにいまは会いたくなかった。だから隠した。隠れる様に私は顔を背けて塞ぎこんで声を殺す。
「泣いてるのか……?」
心配そうに問いかける声。それでも私は返さない。私がダメな子だから。顔を上げてしまえば、また私は甘えてしまうから。ずっと強ちゃんに寄りかかってきたのは私だ。
「どうしたんだ……よ」
離れて欲しいのに、ほっといて欲しいのに、
——どうして、そんなに優しい声で語り掛けるの……。
「はぁ~……しょっと」
隣からの冷たい風を遮るように静かに座った気配を感じた。顔を下に向けていても近くにいるのが分かる。胸が落ち着かない。どくんどくんと私の意志を無視して脈打つ。隣に強ちゃんがいるのだと。
「…………」
「…………」
強ちゃんが特に何を話すわけでもなく隣で座っている。私は何も言わずに塞ぎこんだまま顔を膝に埋めた。いままで間違えてきたことが恥ずかしい。どうしようもないぐらい長い年月を過ごしてしまった。間違ったまま私達は年を取ってきてしまった。
『それに人は変わるんだよ……時間が経てば。人間ってそんなもんだろう……』
強ちゃんが二子玉川の花火大会で私に言った言葉。人は変わる。
『俺とお前だけが変わらないなんてことはないんだ。それは仕方ねぇことだろう』
気づいたが故に変わってしまった。私は今更気づいてどうしたらいいか分からない。ずっと強ちゃんから奪ってきた。強ちゃんが誰かと笑い合う時間を。強ちゃんが他の誰かと仲良くなる時間も。
私がずっと強ちゃんを奪ってきた……自分の為に。
「今日は天気がいいな……」
強ちゃんが一人で喋りだした。何も言わずに縮こまっている私を心配している。私が話せるようになるを待っていてくれている。それだけでまた甘えてしまいたくなる。
——それじゃあ……いままでと一緒だ……
「こういう日もあるもんだ」
変わっていく強ちゃんに変わらないままの私。だから、強ちゃんについていけなくなってしまった。私だけがずっと私のままで強ちゃんの傍にいたくて甘えていた。私はどこかでずっとこのままでいいと思っていたのかもしれない。
「俺がめずらしく間違えない日だからな」
そうだ。強ちゃんは間違っていなかった。私がずっと過ちを犯していたんだ。甘い生活に甘えて甘えつくしていて見て見ぬ振りをしてきたツケだ。私が異世界にいっていなかった時のほうが強ちゃんは変われたんだ。
私が傍に居ない方が強ちゃんにとっては正解なんだ。
「たまに玉藻が間違えることもあってもいいだろ」
——強ちゃんは……優しい……
優しくしてもらうのは違う。そう思っても、強ちゃんの言葉が耳に届いてしまった。だって、すぐ傍にいて二人しかいない屋上で強ちゃんが話すから。私に向けて声をかけているのがわかるから。
「そんな日があってもいいじゃねぇか。雪が降らないだけマシだ」
——ダメだよ……私に優しくしちゃ……ダメだ……よ……
どうしようもなく胸が切なくなる。こんなに優しい強ちゃんを私はずっと独り占めにしていた。心の奥底で誰かが私から強ちゃんをとりあげる日が来るのが嫌だったに違いない。
だから、私はずっと強ちゃんの邪魔をしていたのかもしれない……。
「いつからこうしてるのかわかんねぇけど……また風邪ひくぞ」
「……?」
そういうと背中に重さを感じた。強ちゃんの匂いを近くに感じた。冷たい風から私を護るように強ちゃんの体温が伝わってくる。男の子なんだとわかる袖の長いブレザー。強ちゃんの抜け殻が私の上に乗っているみたいだった。
「お前がいないと調子が狂うって言っただろう」
強ちゃんが私の横に座った気配がする。私は強ちゃんがかけてくれたブレザーの両袖を掴んで自分を包み込む。寒かった体は自然と温かくなっていく。鼓動がどんどんと大きくなっていく。その音から血流が早くなっているのがわかる。
「俺さ、今日わかったんだ」
「…………」
——私も今日わかったよ……。
私が強ちゃんにとっていらないってことを。私がいないほうが強ちゃんにとっていいことだっていうこと。私は傍にいないべきなんだってこと。だからもう甘えないよ。
私はブレザーの裾を掴んで身を隠す。もう強ちゃんに見られないように。
「玉藻はやっぱり強いんだって」
——私は強くなんかない……
「嫌われる者の櫻井を守る為にみんなの前に立って、こえぇなって思った。力が強くてもさ不思議と手が震えた。足が動かなかった」
——それでも立てた強ちゃんは強いよ。だって強ちゃんは主人公だから。
「みんなから見られて怖かったんだ。自分が間違っているかもしれないって」
そういうと強ちゃんの手がブレザー越しに私の頭に触れた。撫でる様に優しく重さを感じさせないぐらいの加減で私に触れた。
「俺も嫌われ者だった」
——違うよ。強ちゃんにはいっぱい友達が出来たよ。櫻井くんに田中くんに小泉くん。ミカちゃんもクロちゃんも二キルちゃんだっている。いっぱいいるからきらわれものじゃない。
「昔っからみんなの嫌われ者だったよな」
——みんなが強ちゃんを理解出来なかったのは私がいたからだ。だから強ちゃんを嫌われ者にしてたのは私なんだよ。だから強ちゃんは嫌われ者なんかじゃなかったんだよ。
「それでもさ、お前が守ってくれたんだよな」
「ちがっ!」
否定する為に慌てて顔を上げてしまった。目があってしまった。やっと顔を上げたと笑って見せる強ちゃん。頭に手を乗せられたまま私は泣きそうな顔で彼を見る。
「小学校の時も俺がバカにされたから男子相手に玉藻が暴れてさ」
「…………」
——違う……そんなの違う!
私は強ちゃんの言葉に違うと言いたかった。確かに強ちゃんがクラスでバカにされていた時にどうしようも抑えきれなくなって男子に飛び掛かっていった。私を小さい頃に変えてくれた主人公に暴言を吐く輩を許せなかった。
それでも、それは私が強ちゃんの……傍にいたかったからなのかもしれない。
私だけが強ちゃんの味方でいたかったからかもしれない。
それなのに――。
「嫌われ者を守る為に大勢を相手にするのってあんなに勇気がいるってことが分かったいまだから、玉藻が強いってことがわかった」
そんなの逆だよ。私は弱いよ。強ちゃんに甘えていなければダメなぐらい。強ちゃんがいなかったらダメダメだ。強ちゃんが居てくれたから私は変われたんだよ。
「お前は強い子、玉藻だ」
優しく頭を撫でてくる。その優しさに、不甲斐ない自分に、嫌気がさして涙が出てくる。こんなに優しくされたら……ダメになっちゃう自分がいやだ。
涙をポロポロ流しながら私は否定する。
「強くなんか……ないもん……っ」
「強いよ」
——自分が嫌いだ。
「強くなんかないもんッ!」
「強いさ、俺よりもずっと」
——私はダメな奴だ!
だって、こんなに甘えている。話さないつもりだったのに。
「弱いもん! ダメな奴だもんッ!」
「ダメなんかじゃねぇ、俺よりも」
「強ちゃんの邪魔ばかりしてきたもんッ!」
「邪魔なんかしてねぇよ。お前に困ったことはあっても邪魔だと思ったことは一度もねぇよ」
――どうして分かってくれないの。どうして怒ってくれないの。どうして突き離してくれないのッ!
子供のようにグズる私の言葉を強ちゃんは優しく否定してくる。
「強ちゃん……のバカ……ぁああああ」
嫌われたいのにうまくいかない。嫌って欲しいのに、いらないって言われたいのに、全然許してくれない。だから泣くしかなかった。どうしていいかもわからずに私は泣きじゃくる他なかった。
「バカだよ。オール9点の俺を舐めんな」
ただ、強ちゃんは頭を撫でて待ってくれていた――私が泣き止むまでずっと、私が落ち着くまでずっと。
ずっと一緒にいてくれた。
《つづく》
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