第59話 私の主人公
私の体は外の風にあたって冷たくなっていく。手が寒さで震えて段々と吐く息は白さを増して大きくなっていく。どんどんとモヤモヤしたものが胸に溜まっていく体が冷めていく。
「私は……」
強ちゃんのことを考えてるフリをしていたのだと気づいた。強ちゃんから友達がいなくなって私は嬉しかったと思ってたのかもしれない。誰も強ちゃんを私から取り上げられないように出来たのだから。
「ひどい……子だ……」
私が強ちゃんをダメにしていたと気づいた。私がずっと傍に居たから強ちゃんに友達が出来なかったと考えた。だって私が異世界に行ってる間に強ちゃんには櫻井君という友人が出来たのだから。
「ダメな……子だ……」
私は強ちゃんの傍にいれたことで浮かれて今まで知らなかった。強ちゃんの家族以外でいつも傍にいれるのは私だけだったから。私だけの強ちゃんだと知らずの内に傲慢になっていたのかもしれないと気づいた。
「私が……強ちゃんから……」
嫉妬だった。櫻井君に対しても嫉妬だった。強ちゃんの周りに並んだ田中君たちを見て感じたのも嫉妬だと思う。みんなが強ちゃんの横に揃って立った時に私が居ない風景が出来上がった。
「奪っていたんだ……」
私がいなければ強ちゃんは違ったのかもしれない。私が居たから強ちゃんはダメだったのかもしれない。私が強ちゃんから機会をずっと奪い続けていたのかもしれない。
「私は……っ」
気づきたくなかった。気が付かなければよかったと思う心がいやだ。それはどこかで未だに自分だけが傍にいることを願うからに違いないから。それは邪だ。強ちゃんの本当の幸せなど考えていない私の薄汚れた心だ。
「だ……」
言葉にすら出来ない自虐。頭を膝に着けて涙が流れる。今までの自分の全てを否定する答えなんてものを受け入れられない弱さ。私は何も知らずに何も分からずに強ちゃんをダメにしていた。
——強ちゃんを本当に騙していたのは……
自分だけが喜んでいた時間。強ちゃんと一緒に居れて嬉しいと思った時間。強ちゃんと過ごした笑って時間。強ちゃんと二人でお話しした時間。
それら全てが残酷にも色あせていく。
——私だッ!
必死に下唇を噛んだ。泣いてすむものでないと分かる。どうして愚かにも気づかずにいたのだろう。今更分かっても遅い。強ちゃんをずっと一人にしていたのは他ならない私という存在なのだと。
どうして早く気づけなかったのだろう。強ちゃんに友達が出来ることを願うフリをしていたことに。私がどうしようもなく自分勝手な存在だったことに。幸せを感じていた自分が強ちゃんから奪っていたことに。
強ちゃんにとって自分がいらないということに……もっと早く。
「……ッ」
一歩も動けない。一ミリだって動けない。心の中にとても重いく大きいものを詰め込まれたように呼吸が苦しくなる。涙が溢れ出て止まらなくなる。幸せだったと思っていた時間の全てが好きな人を苦しめていたのだと思うと——苦しい。
思えばそうだったのだ。
本当の私は嫌われ者だった。
本当の強ちゃんは人気者だった。
『鈴木はあっちで絵でも書いてろよ!』『鈴木はどんさくいから』『鈴木がいるとどうやっても勝てないからなー』『えらーい総理大臣ところの子供だから怪我させると大変だってうちのママが言ってた!』『確かにそうだよな』『じゃあ、鈴木はヌキッてことで!』『そうだな』
幼い頃そうだった。私は言われるがままで何も言えなかった。その子供たちの言う通りだった。どん臭くて何かやれば失敗する。運動も出来ない。大人達に過保護に育てられて同い年との会話が出来ない。
——一緒に……遊びたい
そう思っても勇気がなくて私はスカートの裾を握って口を一瞬だけ開いて閉じる。私がいると邪魔なのだとわかる。私は嫌われているのはわかる。だったらと結論を頭が出す。一人で遊ぶしかないのだと。
——けど……
泣きそうになる。幼くてもわかっている。そうするのがいいのだろうと。総理の孫だから違うのだと。大人しくしているのが正解だと子供の私は分かっていた。
——遊びたいよ……。
けど、違う。本当はみんなと遊びたかった。
心が答えを拒絶する。だって私は思ったのだ。遊びに入れて欲しい。仲間に入れて欲しい。みんなと仲良くしたい。そう純粋に思ってしまった心を子供の私がコントロールなど出来るはずもなかった。
鼻水が出てくるのを堪える。すすって音を出す。
——泣いちゃだめだ……泣いちゃ……。
それでも悲しくて涙が零れそうになった。どうしてこんなに簡単に泣けてしまうのか嫌になる。感情に理性が支配される。正直に感情が爆発してしまう。でも政玄おじいちゃんの孫だからみっともなくしちゃだめだと幼い私は強く強くスカートを握って耐えようとした。
その時だった――。
『じゃあ、コイツは俺のチームな♪』
たった一人の男が私に声をかけた。私は不思議に泣くのをやめてその男の子を見た。誰よりも目立っていたからわかった。いつも遊びの中心にいるのはその子だったから知っていた。
『コイツがいるチームが負けるなんてもんはない! 俺がいるチームが勝つに決まってる!』
どんくさい私を入れても勝てるとその男は自信満々に笑っていた。性別の区別がなかった幼い私は男の子に肩を抱きかかえられるのに身を預けた。
温かい人のぬくもり。
心臓が跳ね上がる音が耳に届いた気がした。
『まじかよ!』『強ちゃんかよ……』『強ちゃんと鈴木だと同じチームってどうなんだ?』『ハッハッハッ、俺が勝つに決まっている!』『じゃあ、今日こそ強ちゃんに勝とうぜ』『おう、これは強ちゃんを倒すチャンスだ』
『かかってきんしゃい、かかってきんしゃい、ものどもよ♪』
強ちゃんがいるだけでみんなが私を受け入れる。強ちゃんが誰よりも強かった時。強ちゃんが誰よりも輝いていた時。強ちゃんが私達の中心だった時。
強ちゃんをじっと見つめる私に強ちゃんは微笑んでくれた。
『みんなで遊んだほうが楽しいもんな♪』
『……うん!』
強ちゃんは私をのけ者にしなかった。
それから私はどんくさい動きをすることになる。鬼ごっこでもすぐに転んでつかまったり、高鬼でも高い所に登れなくてオロオロして捕まったり、ドロケイでも、缶蹴りでもたくさん心配した。
それでも――
『やっほー、俺のかち!』
強ちゃんがどうにかしてくれた。強ちゃんが一人で何人分もの動きをしていた。私がダメでも強ちゃんがどうにかしてくれる。強ちゃんがいれば大丈夫。強ちゃんがいれば私も遊べる。
『鈴木、こっちこっち!』
『うん、待って強ちゃん!』
『早くしろよ、また捕まっちまうぞ♪』
『うん♪』
頼もしくてしょうがない。強ちゃんの傍に居れると安心する。強ちゃんは私を特別に扱わない。みんなと同じように扱ってくれる。強ちゃんがいると楽しい。
『ここに隠れてろよ……行ってくる!』
強ちゃんの一挙一動に私は目を輝かせる。他の子なんかめじゃない勢いで走り抜けていく。気づいたときには誰も追いつけない。風のように過ぎ去っていく姿。それに私は瞳を奪われる。
——強ちゃんは……
どんどんと胸が高鳴る。期待と興奮を乗せて私の心臓は激しく脈打つ。
——
誰よりも輝いて見える存在に、誰よりも輝く存在に、誰よりも強い存在に、その日一日で私は心を奪われた。それからはずっと強ちゃんと一緒のチームだった。強ちゃんが必ず私を誘ってくれたから。
強ちゃんが私の傍にいてくれたから――私は変われた。
笑ってみんなと遊べるようになった。私がドジをしてもみんなが笑ってくれた。誰も私に気を遣わずに怪我をしながらも遊んでいれた。自然と楽しくて笑顔で入れた。
——強ちゃんが……いてくれたから。
そんな強ちゃんを私が苦しめていたと知った。私はダメなままだった。私は強ちゃんのように救えなかった、強ちゃんが私を守ってくれたように。
――私はッ!
「玉藻……?」
「ふぇ……?」
扉を開けていつのまにかそこに居た。座り込んだ私を不思議そうにのぞき込むように
《つづく》
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