第58話 泣いた赤鬼の正解

「初めましてですわよね……?」

「……えぇ、そうですよ」


 ミカクロスフォードは珍しくもなぜか下級生に対して下手に出る。相手が読めない状況であり涼宮の妹というのが要因がデカい。何をしでかすのか予想を超えてくる一族。その一員であるならば警戒せずにはいられない。


 ——本当は二度目な気がするけどね。


 対して美咲は営業スマイルを浮かべながらも屈辱の敗戦を思い出す。リトルリーグを勧められた記憶は新しい。単なる被害妄想だが禍根だけはしこりとして残っている。


「ミカクロスフォードです、以後お見知りおきを」

「涼宮美咲です。よろしくお願いいたします、ミカ先輩」


 満面の笑みで過去のライバルへ笑顔を贈る。そんな姿に金髪貴族は何を思ったか、よろけた。眩しい笑顔の妹キャラの攻撃。おまけに警戒していたところになんと愛らしいのだろう。


 ——なんていい子なのッ!


 おまけに先輩呼びが効いている。『ミカ先輩』とカワイイ後輩に呼ばれてきゅんとしている。涼宮強に無い愛くるしさにミカ先輩はノックアウト寸前だ。


 それを見てピエロは思う。


 ——いきなり……先輩スタートかよ。これが立場の差か……


「それではワタシ壁の修復がありますので!」

 

 そういうと涼宮美咲は穴が空いた壁の方へとかけていく。その姿に金髪貴族は頬を緩める。身近にいないしっかりした妹キャラ。ミキやクロ、サエとは違う。あんな妹キャラが欲しかったと先輩は思うのである。


 美咲が壁を前に両手を突き出し《復元》を発動する。


 教室で呪術解除をしている藤代ではなく美咲に歓声が上がる。「おぉー」と見る見るうちに穴が段々と小さく元通りになっていく。類を見ない特殊能力に誰もが天使の力を思い知る。


 可愛いだけではないと。


「ふぅー」


「さすが天使様!」「いいもの見たわー!」「天使ちゃん、ちょうかわいい!」「天使様のご加護があらんことを……」「涼宮教への入信申し込みこちらからでふよ!」


「ちょっと騒いでないで私の呪術解除の方も手伝え!」


 一仕事を終えた天使への声援にジェラシーを燃やした藤代万理華は教室で騒ぐ馬鹿共に仕事を押し付け始める。頑張っているのは天使だけではないと。あの素材を作れや純度百パーセントの水が必要など無駄な注文を繰り返し天使への布教を許さなかった。


「お疲れ、美咲ちゃん。助かったよ」


 ピエロが何食わぬ顔で美咲の近くへと合流する。美咲は僅かに動揺しながらもそれを隠す様にいつも通り振る舞うことに努める。


「それにしても強一人でいかせて大丈夫なの?」

「先輩は本当に分かっていないんですね」


 なにがと眉を下に下げるピエロ。その反応を見て美咲は首を振る。全然あなたはわかっていないんですねと。美咲は当然ですといわんばかりに説明をつける。


「玉藻おねいちゃんが誰に見つけて欲しいのかってことですよ」


 それは美咲からすれば当然の答えに他ならない。


「誰でもいいわけではないんです。おねいちゃんにとってはお兄ちゃんじゃなきゃダメなんです」

「うぐっ……」


 櫻井は当然の答えに目を瞑る。それは美咲にとっては容易く出てくるものでピエロにとっては中々に出てこない答え。結果ではなく過程を重視するもの。鈴木玉藻がどうして出ていったかはわからないにしても、悲しい気持ちがあったのであれば誰が見つけるのが最適なのか。


 それを涼宮美咲は当然と言っているのだ。


「その通りかも……」

「そこが先輩のダメなところですよ。以後気を付けてください」

「……」


 涼宮美咲は振られた過去を思い出しながらもしょがない人だなと言わんばかりに櫻井へ言葉を繋げる。


「女の子はそういう生き物なんですから」


 それは必然に等しいもの。誰でもいいわけではない。ただ一人でいいのだ。その一人が自分に取って特別であればあるほど、何かあった時に駆け付けくれるのはその人であって欲しいと願う。


「それが分からない先輩は」


 ヒロインというものは、そうあるものなのだから。


「超がつくほど鈍感です」


 それは涼宮美咲とて同じだと彼女は言葉に込める。誰でもいいわけではないと。それを受けて櫻井は自分の浅慮さにため息をつくことしか出来ない。そういう考えを全然分かっていないのも受け止める他ない。


 それでも頭がいいから分かることは分かる。


「鈴木さんがヒロインなら主人公は強だってことか」

「そうです」


 二人を近くで見て来た二人だから納得する。強も玉藻もお互いしか見ていない。どこかズレているはずなのにどこかで通じてる。他人が踏み込めない二人の関係がある。


「強が主人公か……」


 だから納得せざるえない。


「似合わねぇな」

「その通りです。あのダメな兄が主人公なんて」


 二人はその言葉に微笑む。よく知るからこそ分かっている。とんでもなく涼宮強はダメな奴だと。主人公という枠組みにどこまでも向かない。世界一向かないと言っても過言ではない。特に正義感があるわけでもなく屁理屈ばかりで何もしない男。おまけに堕落を世界一愛する男である。


「けど、どっかで俺は」


 櫻井は過去を思い返して言葉に出した。


「アイツが主人公だと思っちまう」

「なんでですか?」


 ずっと監視の任務で見てきたせいもあった。一番近くでずっと涼宮強という人物を見てきた櫻井。その関係は普通の関係とは違う。だからこそ櫻井にはそう思えてしまう。


「いつもアイツが中心なんだ。アイツほどオカシイやつはいないから、ついつい見ちまうんだ、皆。アイツが動くとみんながつられちまう。アイツという訳の分からなさにいつものまにかみんなが引きづられている」

「……」

「いつも騒ぎの中心にいるから、一番うるさいのがアイツだけどね」

「そうですね」


 二人は変わっていっている強を見て来た。だからこそそう思える。


 ずっと騒がしくて苦労してきた二人だからこそ通じあうものがある。


「俺も美咲ちゃんもアイツを中心に生活させられてるようなものだからなー」

「ホント迷惑な主人公ですね、うちの兄は」


 藤代万理華の横暴で騒がしく呪術解除をしている教室の中で二人は強への皮肉で盛り上がる。それも涼宮強という男の影響のひとつなのかもしれない。


「でもたまにアイツに教えられることもある」

「何をですか?」

「色々だけど……今回は泣いた赤鬼ってことかな」

「泣いた赤鬼?」


 不思議なフレーズに美咲は首を傾げて見せる。


 それに櫻井は優しく笑って自分が思ったことを口にする。


「俺は昔に泣いた赤鬼って物語を聞いてモヤモヤしたんだ」

「なんでですか?」

「だってさ、救いがないじゃん。嫌われ者の赤鬼を人気者にするために青鬼が嫌われ者になるって皮肉がさ」

「確かにそうですね」

「おまけに赤鬼はそれを後悔して泣くんだ。青鬼が嫌われたままいなくなっちまって」

「言われてみれば……確かに悲しいお話でしたよね……」


 嫌われ者を人気者にするために一人が嫌われ者になる。それに幼少期の櫻井はモヤモヤとしていた。だが高校生になったからこそその物語の欠陥が分かる。


「悲しいっていうより愚かなんだよ。結局のところ青鬼も赤鬼にもどっちも救われなかったんだから」

「……」

「両方お互いを大事に思っていたとしても結末は違うものになってしまった。青鬼は赤鬼が人間からの嫌われ者でいることを変えようとした。赤鬼は人間に好かれようと頑張ろうとした」

「……」

「そんな二匹の鬼が最後は一番大事な鬼の親友を失くしたんだ」

「そうですよね……赤鬼さんの願いは叶ったけど青鬼さんがいなくなって悲しくて、青鬼さんも赤鬼さんから離れるのは寂しかったはずですよね……」

「だからモヤっとしたんだ。こんなふざけた話があるのかって」

 

 それは悲しい話でしかない。二匹の鬼が人間から好かれようとしたが為に離れ離れになったというラスト。それを見て悲しいと思う以外にない。


「けど、今日の強を見ていたらあの鬼たちがどうするのかが正解だったのかがわかった気がするよ」

「それは……」


 櫻井のスッキリした顔に美咲は泣いた赤鬼を思い出した悲しい気持ちに染まった顔を向ける。それに櫻井はこうすればよかったと美咲に語る。


「二匹の鬼で人間をぶっとばすのが正解だったんだなって」

「物騒な発想です……!」


 櫻井から良い答えが聞けるのかと思ったが故に美咲はしかめっ面を返す。


「確かに安易な発想だけど。それぐらいでよかったんだと俺は思う」

「どうしてですか……?」

「赤鬼にとって一番は青鬼だった。青鬼とっても一番は赤鬼だった。人間に好かれるよりも大事なものが傍にあったんだったら」


 背中を櫻井に見せた時――嫌われ者になった櫻井を助ける為に涼宮強は嫌われ者になることを選んだ。誰かに嫌われる恐怖よりも櫻井との関係を選んだ。


「二匹はそっちを守るべきだった」

「それは……そうかもしれないですけど」

「自分の知っている赤鬼が本当は優しい奴なのに怖がられて嫌われているのが青鬼は許せなかったから人間の前で暴れたフリをしたのかもしれない。いや本気で暴れるつもりだったのかも」

「……」

「赤鬼がもし一緒に暴れだせば人間たちはひとたまりもなかっただろうな。青鬼は赤鬼に対して本当は自分だけを見ていて欲しかったのかも」

「……ずいぶんと人間臭い鬼さんですね」

「鬼にだって感情があれば人間臭いもんだよ。作ってるのも人間だし」


 たわいもない話に二人は微笑む。そんな結末もあったのかもしれないと。それが友情というものなのかもしれないと。そんな物語だったら笑ってしまったかもしれないと。


「そんな不器用な感じが強に似てると思ってさ」

「確かに赤鬼がお兄ちゃんだったら暴れて終わりでしょうね♪」

「んじゃあ、俺が青鬼か!」

「世界を滅ぼしかねない凶悪な鬼たちです」

「よく二人で話してるからね♪ 世界が早く滅びないかなって!」

「本当に……バカな二人です」


 冗談を言い合いながらクスクスと笑う。確かにこの二人が鬼だったらそうなっていのかもしれないと美咲は本当に思った。どこまでも不器用な二人のコンビなら周りが被害を受けるのだろうと。


「さぁーて、気合をいれてやるか!」

「何をやる気ですか、先輩?」

「赤鬼大作戦!」

「なんですか……それは」


 ふざける櫻井をニヤケテ訝し気に見る美咲。それを前に櫻井は自分が青鬼という立場だと考えたからこそやる気に満ち溢れる。それは泣いた赤鬼とは違う青鬼の物語。それは涼宮強という赤鬼に用意された舞台に他ならない。


「ギルド祭だ!」


 だからこそ、櫻井という青鬼は気合を入れ直すのであった。


《つづく》

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