第57話 おねぇちゃんを探して来なさい!

「はぁ~……」


 屋上で膝を抱え込んで座った私は空を見上げて白いため息をついた。教室で見た光景が頭から離れない。強ちゃんの周りにミカちゃん達が集まった教室の風景。


 あの強ちゃんが多くの友達に囲まれた。


 それはとても嬉しいことなはず。


 それを喜ばなければいけないはず。


 ——なのに……なんで。


 膝を抱え込んでいる腕に力が入る。スカートがそれに負けてしわを作ってクシャっと音を立てた。顔を膝で隠す。こんな自分を誰かに見られると恥ずかしいと思ってしまったからかもしれない。


 ——誰よりも一番私が……喜ばなきゃいけないのに……


 悔しくて涙が出た。誰よりも強ちゃんのことを考えてきた。誰よりも強ちゃんの為を思っていた。誰よりも強ちゃんを好きなのは私だ。


 私だったはずだ……。


 ——私じゃなきゃいけなかったのに……なんでッ!


 涙につられて泣き声が出たのを押し殺す。


「うっ……ううぅっ――」


 自然と肩が震える。自分の胸にある感情はなんでいうことを聞いてくれないのだろう。本当は喜びたいのに、嬉しいはずなのに、私は違う。私は泣いている。


 ——私は愚かだ……私は分かっていなかった……

 

 悔しさと悲しみ、妬みにも似た感情が混ざり合ってどす黒いものが胸を重く苦しめる。あの光景を私はそういう目で見てしまった。そういう目で見ていた自分が薄汚れていたのだと気づいた。


『鈴木さんって本当やさしいね♪』『鈴木さんって周りを癒すよね♪』『鈴木さんって可愛いよね♪』『鈴木さんって聖女みたいに心が綺麗だよね♪』


 ——違う……私は醜い……私は……


 みんなが私を評価してくれた。いま分かった、本当の私は周りに見せていた顔とは違うものだ。周りがそういうから私は自分をそういうものだと思い込んでいた。


 私は優しい。私は愛される。私は心が綺麗。幾重にも張られた他人からの自己紹介。


 ——そのどれとも私は違うんだ……本当の私は。


「………………」


 理解して涙が止まったところで顔を上に向けた。胸が苦しいのはどうしようもない。それでも私は呼吸をするために想いの行き場を探すためにただ冬の空を静かに見つめた。




◆ ◆ ◆ ◆




「おねぇちゃんがいない……?」


 涼宮美咲は教室を一通り見渡していないことを確認し終えた。そして驚愕の呪術の外への脱出が可能だということに気づいた櫻井に眼をやる。櫻井はその驚愕の事実を受け止めて美咲へ言葉を贈る。


「鈴木さんはあぁ見えて実はとんでもない人物かもしれない」

「どういう意味ですか……?」


 櫻井の言葉に意味が分からないといったように美咲は目を細める。櫻井は思ったことをそのまま口にする。それは驚愕の事実が導き出した答えに他ならない。


「いち早く呪術に気づいて教室の外に逃げ出した可能性が高い。鈴木さん頭いいし」

「………はぁ~」


 櫻井は本当にそうだと言わんばかりだったのに美咲はため息をついた。この男は何も分かっていない。そういう男だと。


「先輩っておバカですよね?」

「学年一位だよ?」

「そういうところがおバカです」

「……」

「女心が分からない鈍いところも、なお拍車をかけてウルトラおバカです」

「っ……!」


 振った少女にそう言われてはぐぅの音も出ない高校二年男子。けど美咲にバカバカ言われているが内容を理解出来ていない。女心も分からぬピエロには厳しい問題。それを前に美咲は「はぁあああ」とおっさんのように長いため息を返す。


「呪術があると分かってて……おねぇちゃんが兄をほっぽっといて逃げるわけないじゃないですか……」

「あっ!」


 そう言われて櫻井も気づく。一に強、二に強、全ての数字が強。そんな少女が大事な幼馴染を置いて一人逃げるわけもない。なるほどと声を上げる他ない。その横で妹は動き出す。


「お兄ちゃん!」

「ハイ!」


 兄に命令するように呼び掛けると軍人のような返事が返ってくる。デットエンドすら従えるその光景に天使パワー半端ないと思う生徒達。その人目を気にせずに教室の扉を指さす少女。


「おねぇちゃんを探して来なさい!」

「ほい!」

 

 そう言われて動こうとする強の肩を掴む人物が一人いた。


「なんだよ、ホルホル?」

「行くって、涼宮アナタどこを探す気よ? 分担して探したほうが早いでしょ」


 行き場所もわからない人物の捜索。それなら手分けして場所を決めるのが段取りだと魔法ギルド長は言う。全くもってその通りの意見である。だがそれを否定するものが現れる。


「大丈夫ですよ、お兄ちゃんなら」

「どういうことなの……?」

「かくれんぼの鬼なら得意ですから」

「遊びとは違うわよ……」


 美咲が発言することに根拠がないとミカクロスフォードは眉を顰める。それでもどこか天使がいうのであればそうなのかもと思いながらも事実を確認するように美咲へ目を向ける。その心配を受けて美咲は強へ目をやった。


「見つけられるよね、お兄ちゃん?」

「まかして、速攻見つけてくるから! 粗さがしの強ちゃんと呼ばれてたことあるから!」

「粗さがしてどうすんのよ……おまけに結局……どうやるのよ……」

「こまけぇな! 大丈夫だよ、玉藻ぐらい俺一人で!」

「細かいって、こっちは心配して!?」

「お前みたいなのは年取ると小じわが増えるタイプだ。スキンケアに気を使え」

「なんですって!?」


 強の挑発に怒るミカクロスフォードから離れる様に強は扉の方へと走り出す。


「ちょっと待ちなさいよ、涼宮!」

「アイツのいる場所ぐらいなんとなく分かるから大丈夫だ! 心配ありがとな!」

「なっ……」


 珍しくお礼をいう強にミカクロスフォードは面を喰らって止まる。簡単だと言わんばかりにいう強。その姿を見て何となくこれ以上手伝う必要もないことは分かっている。気軽に飛び出していく強に美咲は遠くから声をかける。


「お兄ちゃん、壁の修復はしとくからね!」

「OK、OK! ありがとう、頼んだ美咲ちゃん!!」


 そう言われてやれやれと美咲は腰に手を当てて見送る。そしてミカクロスフォードの方に振り返り彼女を見つめた。


「………」


 この人は兄の友達なのかと不思議そうに見つつも相手はかつて対戦したことがある相手。


「なんですの………?」


 貧乳キャッツの因縁の敵、爆乳バスターズ四番打者ミカクロスフォード。


「くぅ!」


 ——胸が暴力ッ!


「なんですの!?」


 見るのも辛い爆乳。貧乳少女に刺激がお強いHカップ。だからこそ美咲は邪な心で思ったのだ。ミカクロスフォードという女性は損をしているに違いないと。


 ——絶対この人オッパイで体重ニ・三キロ増えてるもんッ!

 

 そんな心を知らぬ金髪貴族は悔しがる後輩に訝し気な視線を送った。


 ——兄が兄なら……妹も妹なのかしら……変わってる?



《つづく》

 

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