第56話 マカダミアのジャンヌダルク

 美咲ちゃんの活躍により呪術の場所がわれた。それでもソレを信じるものはそう多くなかった。肉眼で見えないものをどうやって信じるかということ。強が脅していることもあって大きな声にならない。


「あの子のいうことを信じるのかい?」


 俺の顔を見上げる様に藤代万理華が顔を向ける。その顔でわかる。藤代からすれば信じられないのだ。俺には呪力の波長を感じる感覚があるが藤代のそれよりもどうやら俺の感知が上回っているらしい。美咲ちゃんの指した場所から感じるぼやけた感覚がある。


 Sランクまで上げた戦闘的感覚が呪術ギルド長の上をいっている。


「藤代、俺は信じるよ」


 俺は迷いなく藤代に返す。美咲ちゃんがどういうからくりで見つけたのかもわからない。それでも俺は信じられる。彼女を信じている部分を否定はしない。


 ——俺の感覚をな。


 それでも俺の感覚がこれだと告げている。


「はぁ~……分かったよ」


 藤代は俺の言葉にイヤそうにしながらも向かっていく。藤代はこれが嘘だと分かった時の懸念をしているのがわかる。藤代万理華が動くということはそういうことになる。


 これが嘘だった時に教室が一変する。


 それでも俺には数秒先の未来が見える。そんなことは起こりえないと。これが間違うはずがない。彼女が本音という綺麗な音を出す女性だと知っている。


「これは……ッ!」


 驚く藤代の反応を見て俺は歩き出す。涼宮美咲の凄さに自然とにやけつつ。俺は背後から当然の答えを確認しに近づいていった。

 

「どうだった、藤代?」

「間違いない、これだ!」


 俺の声に素早く反応して藤代万理華が声を上げた。それにつられてクラスの空気が和らいでいくのを肌で感じ取る。かく言う俺も彼女の手柄なのにどこか自分のことのように誇らしくて笑っちまう。


 ——俺の感覚が告げていた。これで間違いないと。


「当然の結果だ」


 ——彼女が嘘を言っていないと。


 デスゲームで幾度なく騙し合ってきたから分かる。嘘をつく人間のツラとそうでない人間のツラの違いぐらい。だからこそ俺は心の底から涼宮美咲を信じられた。彼女が見つけた場所が間違いないものだと確信が出来た。


「じゃあ、あとの呪術の解除をお願いするぜ」

「まかせてくれ!」


 藤代が意気揚々と制服のポケットから小瓶を取り出し呪術刻印が刻まれた箇所へとかけていく。謎の煙を発するとソレに向かって何か呪文を唱えるアルビノ。集中しているのが分かる。手順に迷いがない。


 ——これで呪術の解除も終わりか……。


「さすが天使様!」「マカダミアの奇跡!」「これぞ天使の御業みわざよ!」「うちの美咲ちゃんはスゴイだろ、どうだ見たか!」「何を調子にのってますの……」


 誰もが彼女に賞賛を贈る。情けない話でもあるが彼女がすごいだけでしかない。俺たち上級生より下級生の彼女の方が本件に関しては抜群に優れていたというだけ。


 たった、それだけのこと。


「ちょっと、みなさんやめてください!」


 照れているのか両手を振って拒絶している。天使とは言いすぎだと言わんばかりだ。崇められるのに慣れていないのか顔を真っ赤にしている美咲ちゃん。妹の手柄で踏ん反りかえっている兄とは大違いだ。


「これがマカダミアのジャンヌの御業よ!」「あっ、それ!」


 ジャンヌ、ジャンヌと大合唱するクラスメイト達。それは涼宮美咲のマカダミアでの異名。地獄の学園に革命をもたらして聖女につけられたあだ名。


 それがマカダミアのジャンヌダルク。


 正にその通りと思える。普通の女の子だけど、どこか違う。


「壁を直したらすぐに帰りますから!」

「天使様、お待ちください!」

「ん?」


 恥ずかしがる美咲ちゃんの横に滑り込むように一人の女が膝まづく。俺も何事かとその知り合いに目を向ける。三つ編みを下のタイルにつける様に頭を垂れているサエミヤモト。


「私のお話を聞いてください!」

「え……どうぞ」


 懇願するサエミヤモトに優しい美咲ちゃんはたじろぎながらも話を振る。ろくでもないことが起こりそうな気配に俺も気を張り詰める。呪術以外に精霊術の類までトラップが仕掛けられているとかはやめて欲しい。


「鈴木さんが悲しい顔をして教室から一人出て行ってしまったのです!」

「「えっ……?」」


 そう言われて俺たち二人は教室を見渡し遅れて気づいた。


 鈴木玉藻の存在がいないことに。


 ——鈴木さんが出ていったって……


 そして、俺はもっとも重大なことに気づく。


 ——呪術が仕掛けられた教室の外に普通に出られるの?


 今までの茶番だったのではないかということに。


 教室の外に出れば全てが解決していたのではないかと俺の学年一位の頭脳は当然のようにいらん結論を導き出すのであった。



《つづく》

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